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第三話「偽りの依頼者」

暗い部屋に射し込む月光が、床に歪な影を描いていた。


「依頼、入ったわ」


その一言で咲は目を覚ました。声の主は詩音。朝も夜もない彼女の口調は、常に平坦だが、それが逆に緊張を呼ぶ。


咲はベッドの縁に座り、息を整えながら詩音の手元にある端末を覗き込む。画面には一人の中年女性の顔が映し出されていた。依頼内容はこうだ――


「息子が攫われた。犯人は金を要求している。だが、あの子は心臓に持病があり、衝撃にも弱い。警察には頼れない。どうか、無事に連れ戻して」


その声は震え、目には涙がにじんでいた。


「報酬は前払い。詳細は現地で、ってさ」


詩音は短く言い、いつものように銃器ケースを持ち上げた。今回は遠距離戦の想定は低く、P90とCZ75が選ばれた。

咲も気配を研ぎ澄ませる。何かが引っかかる――が、それが何かはわからなかった。


現場は東京の外れ、郊外の工業地帯。かつての倉庫群の一角に設けられたプレハブ事務所。そこに、少年が監禁されているという。


「詩音、周囲の状況は?」


無線での問いに、近くの鉄塔から双眼鏡をのぞいていた詩音が答える。


「見張り2人。携帯型無線と拳銃持ち。倉庫裏に車両。搬送用か、逃走用かは不明」


「了解。外のふたりは私が処理する」


咲は闇に溶け込むように動いた。足音ひとつ立てず、背後から近づき、合気道の体捌きで見張りの一人を地面に投げ倒す。続けてもう一人を肘で無音気絶させた。


「外、クリア。詩音、扉の裏の反応は?」


「心拍確認。一人、年齢推定10代。拘束は緩い。監視カメラ1台、目標の奥に配置」


詩音の分析は的確だった。咲は小型のEMP発生装置で電源を切り、静かに扉を開ける。すると、薄暗い部屋の奥に小柄な少年が一人、椅子に縛られていた。


咲が駆け寄ると、少年が顔を上げた。


「……誰?」


「助けに来た。もう大丈夫。動ける?」


「……うん、でも……お母さんが……」


その言葉に、咲は警戒心を強めた。


「どういう意味?」


「母さん……僕を売ったんだよ」


その瞬間、爆音が鳴った。


建物が爆発し、鉄骨が軋む音と共に吹き飛ばされた壁が崩れる。咲は少年を庇いながら床を転がる。天井が落ちてくる寸前、詩音の声が無線から飛び込んできた。


「罠だ、咲! すぐ脱出を!」


爆煙の中を咲は少年を抱えながら脱出した。咳き込みながら外に出ると、詩音がCZ75を構えて周囲を制圧していた。


「生きてる?」


「何とか」


「その子は?」


「大丈夫……なはず」


数分後、依頼人の中年女性――少年の母親が黒塗りの高級車で現れた。その背後には、私設兵のような男たちが数人。


「返してちょうだい、私の息子を」


「お前……爆弾を仕掛けたな」


咲は低く言い放つ。母親はふっと笑った。


「そうよ。あの子には“価値”があるの。生きてさえいれば、ね。あなたたちみたいな奪還屋に拾わせれば、爆発で死んだことにできる。保険も下りるし、遺伝子データも売れる。あとは病気の記録も操作してあるから、他人に売っても問題ないのよ」


言葉を失うほどの冷酷さだった。咲の拳が震える。


「人を、モノみたいに……!」


「お説教かしら? なら、ここで終わってくれていいわ」


兵たちが一斉に銃を構える。詩音がすでにP90を腰だめに構え、引き金に指をかけていた。


「撃てるよ。けど、殺したくないんでしょ?」


詩音が小さく息を吐いた。


「殺す必要はない。無力化すれば十分」


次の瞬間、銃撃戦が始まった。


詩音のゴム弾が兵たちの肩、腹、腿を次々に撃ち抜いていく。咲は少年を安全な位置に移動させた後、合気道の呼吸投げで一人、背負い投げで一人と次々に制圧していく。


銃を向ける相手の腕をひねり、腋の下に入り込むようにして締め技を決める。

一発の殺傷弾も放たれることなく、すべての敵が無力化された。


全てが終わった後、母親は車のそばで震えていた。


「私の人生は、金がすべてだったのよ……っ。あの子の存在も、“投資”だったの……!」


咲は答えない。ただ、少年を見つめていた。少年は黙って、母親を見下ろしていた。


「……あなた、これでいいと思ってたの?」


「……っ」


母親は咲の足元に崩れ落ちた。


事件後、少年は然るべき保護施設へと引き渡された。詩音が用意した身元保護のネットワークを通じ、もう母親の元へ戻ることはない。


「……こんな仕事ばっかりだと、心が削れるな」

咲がぽつりと呟く。


詩音は黙ってP90の整備をしている。咲が続けた。


「それでも……殺さず、取り戻す。それが、私たちのやり方だ」


詩音は一瞬、顔を上げ、静かに微笑んだ。


「そう。だから私は、あなたと組んでる」


風がビルの隙間を吹き抜ける。

都市の闇に、二人の影は音もなく消えていった。

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