第二十九話「追跡者の罠、深まる闇の核心」
ナイトレイダーの襲撃から数日後。丹波篠山のバー『RETRIEVER』は、応急処置が施され、かろうじて営業を再開していた。しかし、店内の空気は、以前のような穏やかさを失い、張り詰めた緊張感が漂っている。咲の肩の傷はまだ完全に癒えておらず、鳴瀬詩音の表情にも、疲労の色が濃く浮かんでいた。
地下室では、如月結人が、復旧したばかりのメインシステムを前に、必死に情報収集を続けていた。
「ナイトレイダーの痕跡は、徹底的に消されています。まるで、最初から存在しなかったかのように……。しかし、一つだけ、奇妙なデータが残っていました」
結人は、ホログラムで、複雑な暗号が羅列されたファイルを映し出した。
「これは……?」
詩音が眉をひそめる。
「彼らが、襲撃の際に残していった電磁波の残滓から復元したデータです。通常の暗号とは異なり、まるで**『思考の痕跡』**のような……。解析には時間がかかりますが、どうやら彼らは、特定の『情報』を追っているようです」
結人の言葉に、咲は光の心臓の件を思い出す。彼らは、ただの財宝ではなく、「情報」を求めているのか?
「その『情報』とは、具体的に何を指す?」
咲が問う。
「それが不明なんです。ただ、この暗号のパターンから推測するに、彼らが狙っているのは、『特定の人物の記憶』、あるいは**『過去の出来事に関する極秘データ』**の可能性が高い」
結人の分析に、咲と詩音は互いに顔を見合わせた。
その時、結人のPCから警告音が鳴り響いた。
「まずい! 外部からのハッキング! しかも、前回よりも強力です! このパターンは……ナイトレイダー!」
結人の声が緊迫感を帯びる。
「彼らは、私たちがこのデータにアクセスすることを予測していたのか……!」
詩音がCZ75を構える。
「彼らの目的は、このデータを消去すること、あるいは、私たちが解析していることを確認することだ! この場所が、再び特定される!」
結人が叫ぶ。
「逃げるぞ、詩音!」
咲が立ち上がる。
しかし、時すでに遅し。バーの周囲から、複数の車両のエンジン音が聞こえてきた。そして、上空からは、小型のドローンが飛来する音がする。
「囲まれた……!」
詩音が呟く。
バーの周囲には、漆黒の戦闘服に身を包んだナイトレイダーの兵士たちが、夜闇に溶け込むように展開していた。彼らの手には、前回よりも大型の、電磁波を放出すると思われる特殊な銃器が握られている。
「ターゲット、確認。排除を開始する」
ナイトレイダーの指揮官らしき男の声が、スピーカー越しに響き渡る。その声には、一切の感情が感じられない。
咲と詩音は、バーの裏口から脱出し、山中へと逃げ込んだ。しかし、ナイトレイダーの追跡は、これまで経験したことのないほど執拗だった。
「咲、敵の追跡が速すぎる! まるで、私たちの動きを先読みしているかのように!」
詩音が叫ぶ。彼女はレミントンM700を構え、背後から迫る兵士たちに正確な射撃を浴びせるが、彼らは特殊な装甲で身を守り、なかなか倒れない。
「彼らは、**『予測分析異能者』**を投入している可能性がある! 私たちの行動パターンを瞬時に分析し、最適な追跡ルートを割り出しているんだ!」
結人の声がインカム越しに響く。
山中の木々は、夜闇に紛れて咲と詩音の視界を遮る。しかし、ナイトレイダーの兵士たちは、暗視ゴーグルと、特殊な熱源探知機を併用し、二人の位置を正確に特定していた。
咲は、自身のCQCと合気道の技術を駆使し、追跡してくる兵士たちを次々と無力化していく。しかし、彼らは倒れてもすぐに別の兵士が補充され、まるで無限に湧いてくるかのように思えた。
「きりがない……!」
咲が歯を食いしばる。肩の傷が、再び痛み始める。
その時、詩音の耳に、微かな電子音が聞こえてきた。それは、ドローンが発する音とは異なる、特定の周波数を持つ音だった。
「結人、この音は?」
詩音が問う。
「詩音さん、それは……! **『精神干渉型追跡装置』**です! 対象の脳波を捕捉し、その位置情報をリアルタイムで共有する! おそらく、あなたたちの体に、前回の襲撃で仕込まれた!」
結人の言葉に、咲と詩音は愕然とした。彼らは、前回の襲撃で、知らず知らずのうちに追跡装置を仕込まれていたのだ。
「どうする、詩音! これでは、どこへ逃げても無駄だ!」
咲が焦る。
詩音は、冷静に周囲を見渡した。そして、ある場所へと視線を固定した。
「咲、あそこだ!」
詩音が指差したのは、山中にある、小さな廃屋だった。そこは、かつて山伏の修行場として使われていたとされる場所で、周囲には結界のようなものが張られていた。
「廃屋? まさか、そこに逃げ込むのか?」
咲が問う。
「あの廃屋は、特殊な磁場を持つ鉱石で建てられている。一時的だが、電磁波や精神波を遮断する効果があるはずだ!」
詩音は、レミントンM700を構え、廃屋へと向かって走り出した。
二人は、廃屋へと飛び込んだ。その瞬間、外からの追跡装置の信号が途絶えた。
「よし……一時的にだが、追跡を振り切った」
詩音が息を整える。
しかし、廃屋の中も安全ではなかった。ナイトレイダーの兵士たちが、既に廃屋の周囲を取り囲んでいた。彼らは、廃屋の入り口を塞ぎ、二人の逃げ道を完全に断つ。
「ターゲット、確認。廃屋内部に閉じ込めた。これより、制圧を開始する」
外から、指揮官の声が響く。
廃屋の壁面が、特殊な爆薬によって破壊され始めた。
咲と詩音は、廃屋の奥へと追い詰められる。
「詩音、どうする! このままでは、袋の鼠だ!」
咲がP90を構える。
詩音は、レミントンM700のスコープ越しに、廃屋の壁面を解析していた。
「この廃屋の磁場は、確かに彼らの追跡装置を無効化する。だが、同時に、私たちの通信も遮断されている」
結人との連絡も途絶え、二人は完全に孤立無援の状態に陥っていた。
「彼らは、なぜそこまでして、私たちを捕らえようとする?」
咲が問う。
詩音は、ナイトレイダーが残していった「思考の痕跡」の暗号を思い出した。
「彼らが狙っているのは、私たち自身だ。あるいは、私たちの『記憶』の中に、彼らが求める『情報』があるのかもしれない」
咲と詩音は、互いに視線を交わした。
ナイトレイダーの真の目的は、彼らの「奪還屋」としての能力、そして、彼らが光の心臓を巡る戦いで得た「情報」そのものだったのだ。
廃屋の壁が、完全に崩れ落ちた。ナイトレイダーの兵士たちが、一斉に廃屋内部へと突入してくる。
咲と詩音は、絶望的な状況の中、P90とレミントンM700を構え、最後の抵抗を試みる。
「来い……!」
咲が呟いた。
ナイトレイダーの闇が、二人の「奪還屋」に、容赦なく迫っていた。




