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第二十五話「希望の封印、未来への託宣」

丹波篠山の山中に広がる古代の洞窟。ミダス・グループの総力を挙げた襲撃を退け、咲と詩音の目の前には、**伝説の財宝『光の心臓』**が、静かに、そして力強く輝いていた。その光は、これまで感じたどの力とも異なり、温かく、そしてどこか懐かしさを覚えるような輝きを放っていた。


「これが、『光の心臓』の真の姿……」


咲が呟く。その表情には、安堵と、そして深い思索の色が浮かんでいた。


詩音は、光の心臓から放たれる微かな波動を解析していた。


「結人の言った通りだ。これは、悪意を増幅させるだけでなく、その根本的な『負の感情』を中和し、そして善なる『希望』の感情を拡散させる特性を持っている」


詩音の目には、解析されたデータが映し出されていた。それは、単なるエネルギーの数値ではなく、生命の鼓動のような、複雑な波形を示していた。


その時、インカムから如月結人の声が響いた。


「咲さん、詩音さん! ミダス・グループの残党が、この洞窟の自爆を試みているようです! 『光の心臓』を、道連れにするつもりだ!」


結人の声には、焦りが混じっていた。洞窟の天井から、微かな振動が伝わってくる。


「このままでは、『光の心臓』は失われる。そして、その情報は、再び裏社会に流出し、永遠に争いの種となる」


詩音は、光の心臓に手をかざす。


「これを、誰の手に渡ることもなく、安全に隠匿する方法を探るしかない」


咲は、光の心臓を見つめていた。その光は、彼女の心の奥底に、ある確信をもたらしていた。


「詩音。破壊も、隠匿も、違う」


詩音は、咲の言葉に驚いたように顔を上げた。


「では、どうするつもりだ?」


咲は、光の心臓に、そっと掌を伸ばした。


「この光は、誰かのものじゃない。世界のものだ。そして、それを守るのは、私たちの役目だ」


彼女の指先が、光の心臓に触れる。その瞬間、温かな光が、咲の全身を包み込んだ。彼女の心の中に、今まで感じたことのない、澄み切った「希望」の感情が満ち溢れる。それは、単なる個人的な感情ではなく、人類全体の、未来への可能性を信じるような、壮大な感情だった。


「この光の心臓は、悪しき者の手に渡れば、確かに災厄となる。でも、それは、人の心が負の感情に囚われた時にのみ発動する性質を持っている」


咲は、詩音に向き直った。


「もし、この光の心臓が、本当に**世界のバランスを保つための『調律器』**だとしたら?」


詩音は、咲の言葉を即座に理解した。


「つまり、これは『封印』するためのものではなく、『覚醒』させるためのものだと……?」


「そうだ。真の持ち主、真の『光の守護者』が、これに触れた時、初めてその力が世界に解き放たれる。そして、その力が、全ての負の感情を中和し、世界を調和へと導く」


だが、自爆装置の作動音が、さらに大きくなってきた。洞窟の崩壊が迫っている。


「咲、時間がない! どうする!」


咲は、光の心臓を抱きかかえた。それは、彼女の腕の中に、まるで赤子のように収まった。


「この場所ごと、光の心臓を封印する」


「しかし、それでは……あなた自身の身が危険になる!」


詩音が躊躇する。


「違う。永続的な封印ではない。未来への『託宣』だ」


咲は、洞窟の壁面に目をやった。そこには、古文書に描かれていたものと同じ、古代の紋様が刻まれていた。


「結人! この紋様は、どういう意味!?」


結人の声が、インカムから響いた。


「それは、『封印の鍵』を意味する紋様です! 特定の周波数の精神波を流し込めば、一時的に空間を閉じることが可能だと……しかし、それは、非常に危険な試みです!」


「詩音!」


咲は、詩音に視線を送った。


「私が光の心臓と共に、この空間の『核』となる。君の狙撃で、この紋様に、私の精神波を流し込んでくれ!」


詩音は、咲の意図を瞬時に理解した。それは、咲自身を光の心臓と共に封印し、そしてその封印を解くための「鍵」を、未来へと託すという、あまりにも危険で、そして壮大な計画だった。


「無茶だ! 咲、それは、あなた自身の意識が、この場所に永遠に囚われる可能性も……!」


「私が『奪還屋』として得た力は、誰かを救うためだ。この光の心臓が、真の希望となるなら、私がその礎となろう」


咲の表情は、これまでにないほど穏やかで、そして決意に満ちていた。


詩音は、迷わずレミントンM700を構えた。彼女の心臓は激しく高鳴っていたが、その手は微動だにしなかった。彼女が信じるのは、咲の言葉と、そして二人の絆だけだ。


「咲、必ず、あなたを連れ戻す。そして、その光を、世界に解き放つ」


詩音は、レミントンM700のスコープ越しに、洞窟の壁面に刻まれた紋様を正確に捉えた。そして、咲の精神波に同調するよう、特別な波動を込めたゴム弾を装填した。


ドスッ!


レミントンM700から放たれたゴム弾は、紋様の中央を正確に撃ち抜いた。同時に、咲の体から、澄み切った精神波が放たれ、紋様へと吸い込まれていく。


洞窟全体が、眩い光に包まれた。そして、光と共に、咲と『光の心臓』が、空間の彼方へと消え去っていく。


洞窟の入り口が、轟音と共に崩れ落ちた。


詩音は、崩れ落ちる洞窟の入り口を、ただ見つめていた。その瞳には、一筋の涙が流れ落ちる。


「咲……」


数日後、丹波篠山。


バー『RETRIEVER』のカウンターで、詩音は静かにグラスを磨いていた。隣には、憔悴した様子の如月結人が座っている。


「洞窟の崩壊は、ミダス・グループの自爆によるものとして処理されました。彼らも、壊滅的な打撃を受けたようです。しばらくは、裏社会の大きな動きはないでしょう」


結人の報告は、事実を告げているが、その声には、以前のような活気がない。


「咲は……必ず戻る」


詩音は、強く言い切った。


「彼女は、私が連れ戻す。そして、『光の心臓』と共に、世界に希望をもたらす」


結人は、詩音の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


「ええ。私も、全力でサポートします。この場所から、咲さんの帰還を待ちます」


詩音は、カウンターの奥に置かれた咲のP90に目をやった。それは、まるで、いつか咲が再びそれを手に取る日を待っているかのように、静かに佇んでいた。


丹波篠山の空には、再び穏やかな陽光が降り注いでいた。


『光の心臓』を巡る壮絶な争奪戦は、一旦の幕を閉じた。


しかし、『Silent Trigger』の物語は、まだ終わらない。


「奪還屋」として、最も大切なものを奪還するために。


詩音は、新たな決意を胸に、静かにその時を待つ。


未来への希望は、闇の中に封じられた光と共に、新たな「奪還」の時を待っている。


ナイトレイダーの闇の核心が、ついにその姿を現したのだ。

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