第二十四話「光の守護者、闇の侵食」
谷の最深部、古文書に記された「心の深淵の聖域」の奥。エモーショナルを無力化した咲と詩音の目の前には、巨大な洞窟の入り口が広がっていた。その奥からは、ただならぬ「力」の波動が脈打っているのが感じられる。
「この先に、『光の心臓』がある」
詩音の声が、わずかに震えていた。それは恐怖からではなく、未知の力への警戒と、長きにわたる旅の終着点への予感からくるものだった。
「気をつけろ、詩音。ミダス・グループが、ここへ到達するまでの全てを予期していたなら、最後の抵抗は、これまでで最も苛烈なものになる」
咲は、P90を構え直し、静かに洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟内部は、人工的な光で満たされていた。そこは、まるで古代の遺跡と最新の科学技術が融合したような空間だった。壁面には意味不明な文字が刻まれ、中央には巨大な円形の祭壇がある。その祭壇の中央で、淡い光を放つクリスタルのような物体が、ゆっくりと回転していた。
それこそが、伝説の財宝『光の心臓』。
しかし、その「光の心臓」を守るように、ミダス・グループの総力を挙げた精鋭部隊が待ち構えていた。彼らは最新鋭の武装を施し、これまで対峙してきた異能者たち――ファントム、サイレンサー、エモーショナル――の強化版とも呼べる、複数の異能を同時に操る能力者が、部隊の前面に立っていた。
その中心にいるのは、ミダス・グループの最高幹部の一人であり、彼らが「最終兵器」と呼ぶ異能者、『カタストロフ』だった。彼の周囲には、目に見えない「負の感情」が渦巻いているのが感じられる。
「ようこそ、愚かなる奪還屋。よくここまで辿り着いた。だが、この『光の心臓』は、我々ミダス・グループが手に入れる」
カタストロフの声は、洞窟全体に響き渡り、咲と詩音の心を直接揺さぶる。
「カタストロフ……彼は、これまでの全ての異能を同時に使用できる。幻影、無音、感情操作、全てだ」
如月結人の声が、インカム越しに響く。彼の声には、かつてないほどの焦燥感が混じっていた。
「彼が『光の心臓』を手に入れれば、世界は破滅に向かうだろう」
その瞬間、洞窟内部の光が歪み、空間が歪む。無数の幻影が現れ、耳には悲鳴と怒号が響き渡り、心には後悔と絶望の感情が押し寄せてきた。
(全てが、同時に来る……!こんなの、無理だ!)
咲は、全身でその攻撃を受け止める。彼女の肉体も精神も、極限の状態に追い込まれていく。
「咲、落ち着いて! 諦めないで! 私が全てを解析する!」
詩音は、レミントンM700を構え、そのスコープを洞窟全体へと向ける。熱源感知、超音波振動探知、精神波解析、全ての機能を最大出力で稼働させる。
「カタストロフの本体は、祭壇の右側、光の心臓のすぐ傍! 残りの兵士は、幻影と重なっている!」
詩音の指示に従い、咲は自身の視覚と聴覚を完全に遮断し、体で感じる微細な振動と、詩音の声だけを頼りに動き出す。
ミダス・グループの精鋭兵が、幻影に隠れて咲に迫る。彼らの銃口から、麻酔弾が放たれる。
咲は、**CQCの「予測回避」**で弾丸を紙一重でかわし、兵士の懐へと潜り込む。幻影と本物の区別がつかない状況で、彼女は「当たるはずのない場所」に拳を叩き込み、実体のある兵士を次々と無力化していく。
**合気道の「円転換」**で相手の力を流し、**CQCの「ピンポイント打撃」**で急所を狙う。彼女の動きは、まるで闇の中を舞う蝶のようだった。
詩音は、レミントンM700のトリガーに指をかけた。
「P90、広範囲制圧。CZ75、精密射撃。レミントンM700、カタストロフの排除」
詩音は、冷静に武器を切り替えながら指示を出す。
彼女はまず、P90で兵士たちの足元を狙い、指向性音波弾を連射する。
ダダダダッ!
音波によって脳を揺さぶられた兵士たちは、幻影から切り離され、次々と倒れ伏す。
その隙に、カタストロフが「光の心臓」へと手を伸ばそうとした。彼の周囲の「負の感情」が増幅され、洞窟内部の構造物すらも崩壊させようとする。
「させない!」
詩音は、P90を背負い、CZ75へと持ち替える。そして、カタストロフに向けて、精神波収束弾を連続で放つ。
パンッ!パンッ!パンッ!
正確な連射が、カタストロフの手首、肩、そして太ももを撃ち抜き、彼の動きを止める。
だが、カタストロフは怯まない。彼の目から、黒い光が放たれ、詩音を直接襲う。それは、彼の「絶望」の感情を具現化した、精神攻撃だった。
詩音は、一瞬、心が折れそうになる。彼女の脳裏には、過去の任務で、救えなかった人々の顔が次々と浮かび上がった。
「……詩音!」
咲の叫びが、詩音の耳に届く。その声は、全てのノイズを打ち破り、彼女を現実に引き戻した。
詩音は、レミントンM700を構え直した。彼女のスコープは、カタストロフの「核」となる部位を捉えていた。
ドスッ!
レミントンM700から放たれたゴム弾は、弾頭部に複合精神波遮断装置を内蔵していた。弾丸は、カタストロフの眉間を正確に撃ち抜き、彼の異能の源を直接叩いた。
カタストロフは、激しい衝撃に目を見開いた。彼の周囲から、負の感情の波動が急速に収束し、漆黒の光が消失する。
その隙を突き、咲は祭壇へと跳躍した。
カタストロフは最後の力を振り絞り、咲に最後の攻撃を仕掛けようとする。彼の周囲に、鋭利な「絶望の刃」が形成された。
「咲、危ない!」
詩音が叫んだ。
だが、咲の**CQCの「高速接近」**は、その刃よりも速かった。
彼女は、カタストロフの懐に一瞬で潜り込み、彼の腕を掴む。そして、合気道の「投げ」で彼の体を祭壇から引き剥がし、そのまま地面に叩きつけた。
そして、咲は彼の首筋に手刀を叩き込み、彼を完全に無力化した。
「ターゲット、無力化」
咲の報告と共に、洞窟内部は静寂を取り戻した。歪んだ光も、不快な音も、負の感情も、全てが消え去った。
祭壇の中央で、『光の心臓』が、静かに、そして穏やかに輝いている。
それは、これまで感じていた「力」とは異なり、まるで生命を宿したかのような温かい光だった。
「……これが、『光の心臓』」
咲が呟いた。
「ええ。結人の言った通り、悪しき心を持つ者が触れれば、その感情を増幅させ、世界を破滅させる力になる。だが、善なる心を持つ者が触れれば、それは、希望の光となる」
詩音は、レミントンM700を背負い、祭壇へと歩み寄る。
その時、洞窟の入り口から、ミダス・グループの残党がなだれ込んできた。彼らの顔には、怒りと焦燥が浮かんでいる。
「奪還屋! そこを動くな! 『光の心臓』は、我々のものだ!」
咲は、祭壇の前に立ち、『光の心臓』を背に庇うように構えた。詩音も、咲の隣に立ち、CZ75を構える。
「渡さない」
二人の声が、洞窟の中に響き渡った。
「ここは、お前たちの侵す場所ではない」
ミダス・グループの兵士たちが、一斉に発砲する。
だが、その瞬間、『光の心臓』から、優しい光が放たれた。それは、兵士たちの銃弾を弾き返すような物理的な力ではなく、彼らの心の奥底に眠る「良心」に語りかけるような、穏やかな光だった。
兵士たちは、戸惑い、銃を下ろした。彼らの顔には、これまで見せたことのない、困惑と、そして微かな安堵の表情が浮かんでいた。
『光の心臓』は、悪意を打ち消し、善意を呼び覚ます。それが、この伝説の財宝の真の力だったのだ。
咲と詩音は、ミダス・グループの兵士たちを拘束し、この場所から撤退させた。
そして、『光の心臓』をどうするべきか、二人は話し合った。
「これは、あまりにも危険なものだ。誰の手に渡るべきでもない」
咲が言った。
「ええ。ですが、破壊することもできない。それは、この世界から『希望』を奪うことにもなりかねない」
詩音は、静かに答えた。
二人の目は、『光の心臓』の輝きを見つめていた。その光は、まるで二人の進むべき道を照らしているかのようだった。




