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第二話「潜入の刃」

東京・湾岸の再開発エリア。まだ工事途中の高層ビル群の影に、今は廃墟と化した旧データセンターがあった。見た目は荒れ果てた施設。しかし、その地下には情報を隠し持つ“もうひとつの心臓”が存在していた。


咲は、まるで夜のしじまに紛れる影のように建物の壁を這っていた。身長147cmというその小さな体格は、侵入者としての理想だった。通風口、ケーブルダクト、狭いサービスホール。あらゆる隙間を彼女は無音で通過していく。


一方、鳴瀬詩音は隣接する建物の屋上から、レミントンM700を三脚に固定し、スコープ越しに全域を監視していた。ボルトアクションのその銃は、命中精度を最優先に設計され、今日の任務でも通常弾ではなく、特殊調合の麻酔弾が装填されている。


「咲、敵哨戒1名、左翼の通路を巡回中。射線に入ったら沈める」

詩音の声がインカム越しに静かに届く。


「任せた」

咲は最小限の言葉で返すと、次の動きに備えて呼吸を整えた。


数秒後、詩音が引き金を絞る。

「……撃つ」


無音に近い“カシュッ”という音だけが鳴り、弾丸が滑るように放たれる。麻酔弾は哨戒兵の首筋に吸い込まれ、彼は静かにその場に崩れ落ちた。詩音の狙撃精度は常にミリ単位だった。


建物内部に潜入した咲は、まず右手の小部屋にいた敵を制圧する。

彼女のスタイルは、**合気道とCQC(近接格闘術)**の複合。敵の動きを見極め、その力を利用して投げ、関節を極める。


室内に入った瞬間、警備兵が反応し銃を向けてきた。だが、咲はその一瞬の“前兆”を見逃さなかった。


敵の右腕が動き、銃が構えられる――その前に、咲の体は滑り込むように前へ。


肘で相手の腕の内側を弾き、即座に手首を取る。

敵のバランスが崩れる。咲は**軸足を斜めに滑らせて腰を入れ、合気道の「呼吸投げ」**をかけた。

敵の巨体が静かに床に叩きつけられ、落ちた銃を足で蹴り飛ばす。


その一連の動きには、一切の無駄も音もなかった。


詩音は咲の前進にあわせて、屋上から狙撃支援を継続する。中距離に差しかかった際、彼女はM700からP90へと切り替える。


P90はFN社製のPDWパーソナル・ディフェンス・ウェポンで、50発の装弾数を持ち、トップマウントマガジンから弾を供給する特徴的なモデルだ。使用しているのはゴム弾仕様の特殊カートリッジ。


「複数目標、東側通路へ向かっている。2名、非殺傷で沈める」

詩音は静かに口にしながら、P90のセミオートモードで2発、連続で撃ち込む。


高速で飛翔したゴム弾が敵の腹部と膝を的確に叩き、二人は声を上げる間もなく地面へ崩れる。


やがて咲はデータセンターの中核である地下フロアに到達した。

そこには、極秘情報を盗み出したスパイが拘束されているとされる一室があった。


扉を開けると同時に、重装備の兵士が数名、遮蔽物の陰から突入してきた。


銃口が一斉に向けられるが、咲はすぐさまCQC特有の“内側に入り込む”動きでカウンターを取る。


1人目の敵が発砲するより早く、咲は手刀で銃の排莢口を叩いて故障を誘発し、肘で顔面を抑えつける。


別の敵が背後から襲いかかるが、咲は腰を落とし、重心を後方に流して体重を利用した背負い投げを決める。床に倒れた相手の腕を取り、三角締めからの腕ひしぎ逆十字。圧力は致命的なレベル寸前で止めている。


彼女の戦闘スタイルには、殺意ではなく“制圧する意志”があった。


詩音はこの混戦に対応するため、近距離用のCZ75を抜いた。チェコ製のこのハンドガンは精度とリコイル制御に優れ、発射音も小さい。詩音はゴム弾で額、肩、股関節といった神経集中部位を正確に撃ち抜いていく。


「これ以上は撃たせない」

その一言とともに最後の敵が崩れ落ちた。


無事、スパイの男性を保護し、外部へと脱出する準備を整える。


「誰も殺してない。あんたも救った。よかったな」

咲はスパイに微笑みながら、左肩の傷に手をやった。接近戦でナイフを掠めた傷が、ジャケット越しにじわじわと沁みていた。


詩音はそれを無言で見つめ、無線で脱出ルートの確認を始めた。


ビルを出たとき、東の空はわずかに明るくなっていた。始発の時間が近づいていた。


咲は立ち止まり、静かに呟く。


「この街はまた、何かを奪って、何かを戻していく」

詩音が言葉なく隣に立つ。


彼女たちは夜の奥へと姿を消していった。

沈黙を貫いたまま、ひとつの任務を終え、また次の奪還へと歩き出す――。

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