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第十四話「幻影の標的」

東京の薄暗い裏通り。ネオンの光が雨に濡れた路面に反射し、まるで幻影のように揺らめいていた。そんな中で、さき詩音しおんは、新たな依頼人を待っていた。


依頼人は、一流の詐欺師として名を馳せていた男だった。彼の顔には深い疲労と困惑が刻まれている。

「……何者かに、私自身の『幻影』を造り出され、人生を壊されている」

男は震える声で告げた。彼の名前は佐伯さえき。裏社会では「影使い」の異名で知られていたが、今はその影に怯えているようだった。


佐伯の話はこうだ。ここ数週間、彼は自分の幻影に悩まされているという。街の至る所で、自分と瓜二つの姿が犯罪を犯したり、無関係な人間に危害を加えたりする。警察からは追われ、裏社会の人間からは恨みを買い、彼の生活は完全に破綻していた。

「私は、何もしていない。だが、誰も信じてくれない。私を、この悪夢から解放してほしい」

佐伯の目は、真剣な光を宿していた。


如月結人きさらぎ・ゆいとが、端末のホログラムで情報を提示する。

「犯人は、視覚を操作する異能者、『イリュージョン』。彼の幻影は実体を持たないが、見る者に『本物』だと信じ込ませる。特に視覚情報に頼る人間には厄介な相手だ」

「視覚……か。咲には不利ね」詩音が呟いた。咲のCQCや合気道は、相手の動きを目で捉え、予測する能力に大きく依存するからだ。

「だが、非殺傷でいく。幻影に惑わされず、本体だけを無力化する」

咲は静かに言い放った。彼女の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


イリュージョンのアジトは、廃墟と化した旧国立劇場だった。広大な空間と複雑な構造が、彼の異能を最大限に活かす場となる。


「咲、劇場内部は完全にイリュージョンのテリトリーだ。複数の幻影を確認。数は正確に把握できない」詩音の声がインカム越しに響く。彼女は隣のビルの屋上から、レミントンM700のスコープ越しに劇場内部を監視していた。

「見えるものが全てではない。それだけだ」

咲はそう返すと、劇場の正面扉を静かに開けた。


内部は薄暗く、埃っぽい空気が満ちている。天井からは、朽ちかけたシャンデリアがぶら下がっていた。その瞬間、ステージの上に佐伯の幻影が現れた。それは、佐伯がナイフを振り回し、無関係な人を襲っているように見えた。


(あれは、本物じゃない)

咲は冷静に判断する。だが、その幻影が本当に実体を持たないのか、それとも実体のある別の人間が操られているのか、視覚だけでは判断できない。

咲は、自身の視覚をあえて「信頼しすぎない」ことを選択した。

合気道の研ぎ澄まされた「間合い」の感覚と、**CQCの「危機察知」**を最大限に活用する。


その時、背後から複数の足音がした。振り返ると、佐伯の幻影が三体、咲に襲いかかってくる。

咲は、まずは最も近い幻影に対し、右足を一歩引き、腰を落とす。合気道の「体捌き」で間合いを取りつつ、左手の掌底で突き出した幻影の腕を「受け流す」。掌には何も触れない。やはり幻影だ。

だが、その一瞬の隙を突き、別の幻影が咲の死角から飛びかかってきた。咲は寸前で身を捻り、紙一重でかわす。

「咲! その幻影には、隠れて別の実体がある! 右前方!」

詩音の声がインカム越しに鋭く響く。詩音は、レミントンM700の熱源センサーと音波探知機能を併用し、幻影の奥に隠された「本物の敵」を捕捉していた。

詩音の指示に従い、咲は右前方へ素早く踏み込む。そこには、幻影に隠れて、ナイフを構えた敵兵がいた。

咲は**CQCの「ディスアーム(武装解除)」の動きで、敵兵のナイフを持つ腕を捕らえ、手首を極める。敵兵は激痛に顔を歪ませ、ナイフを落とした。

その隙に、咲は彼の脇腹にCQCの「サイドキック」**を叩き込み、無力化した。

「一人、制圧」


劇場内部は、幻影の嵐だった。


佐伯の幻影が、時に苦しげに、時に凶悪な表情で咲を挑発する。だが、咲は決して視覚情報に惑わされなかった。彼女が信じるのは、肌で感じる空気の振動、足元のわずかな揺らぎ、そして詩音の言葉だけだ。


「咲、上! バルコニー、三体! 真ん中の奴が本体!」

詩音の声が響く。咲は迷わずステージ上から跳躍し、壁を蹴ってバルコニーへと駆け上がる。

バルコニーには三体の佐伯の幻影。真ん中の一体が銃を構えていた。

咲は着地と同時に、**合気道の「転換」**で体勢を崩さず、銃を構えた幻影へと一直線に突進する。

幻影が発砲。だが、それは詩音の放ったゴム弾が、寸前に銃身を叩いて弾道を逸らしていた。

詩音は、P90のドットサイトを三体の幻影の間に固定し、精密に本体を狙い撃つ。

ダダダダッ!

高速で連射されたゴム弾が、一瞬で三体の幻影を貫通し、真ん中にいた傭兵の肩と腹部を撃ち抜いた。彼は悶絶し、床に倒れ伏す。

「二体目の傭兵、無力化」

詩音は冷静に報告する。P90の残弾を素早く確認し、新しいマガジンへと交換する。その動作には、一切の迷いも無駄もない。


最上階にある制御室。イリュージョンはそこにいた。

部屋の中は、無数の小型プロジェクターと、視覚を混乱させる特殊なライトで満たされている。イリュージョンは、その中で自身の姿を何度も複製し、咲を待ち構えていた。

「ようこそ、奪還屋。さあ、私を撃ってみろ。どれが本物か、お前には見抜けないだろう!」

イリュージョンが笑う。彼の周りには、数十体の彼自身の幻影が踊っていた。どの幻影も彼と同じように動く。

咲は静かに、深呼吸をした。

「私は、目が見えなくとも戦える。そして、私の相棒は、影をも撃ち抜く」

その言葉と共に、詩音のCZ75が火を吹いた。

パン、パンッ!

二発のゴム弾が、プロジェクターのレンズを正確に破壊する。部屋の光が一瞬にして消え、幻影が消滅した。

そして、闇の中で、詩音はイリュージョンの放つ微かな体温と、足元のわずかな振動を捉えた。

「咲! 右前方、足音!」

その瞬間、咲は闇の中を跳躍する。

イリュージョンは、光の幻影が消えたことに焦り、咄嗟に後方へ飛び退こうとした。

だが、咲の**CQCの「不意打ち」**は、闇の中でこそ真価を発揮する。

彼女は敵の懐に一瞬で潜り込み、合気道の「体落とし」で重心を奪う。そのまま、イリュージョンの首筋に手刀を叩き込み、意識を刈り取った。

「ターゲット、無力化」

静寂が部屋に訪れた。


佐伯は、解放された後、すぐに自分の幻影が消え去ったことを実感した。街で自分を非難していた人々は、まるで何かの呪縛から解放されたかのように、彼を見る目が変わっていった。

バー『RETRIEVER』に戻った佐伯は、深く頭を下げた。

「本当に……本当にありがとうございます。あなたたちは、私自身を取り戻してくれた」

「私たちの仕事だ」咲は淡々と答えた。

詩音は、佐伯の手元にある端末を見た。そこには、彼が家族と写った写真が表示されていた。

「幻影に惑わされても、あなたが本物だという事実は変わらない。それを忘れないで」

詩音の言葉は、佐伯の心に深く響いた。


東京の夜は、再び静けさを取り戻していた。

「見えるものが全てじゃない。それを改めて実感したな」咲が呟いた。

「そうね。だが、見えないものも、存在を否定する理由にはならない」詩音は、淡い月光を見上げて言った。

二人の「奪還屋」は、今日もまた、静かに、そして確実に、失われたものを取り戻していく。

『Silent Trigger』――その引き金は、真実を撃ち抜くために、決して殺さない。

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