表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/154

第百三十九話「町の再生」

町の夜は、静寂に包まれていた。サキモリのシステムが停止し、街灯も信号も機能を失った町は、深い闇の中に沈んでいた。人々は、呆然と立ち尽くし、ただ空を見上げている。彼らの顔は、感情の仮面が剥がれたばかりで、まだ、どう振る舞えばいいのか分からず、戸惑っていた。


その暗闇の中、咲は、天体観測所からゆっくりと歩き出した。彼女の心臓には、詩音の意識が、微かな光を放ちながら宿っている。


「…これから、どうすればいいの、咲…?」


詩音の声が、咲の心に響く。声には、不安や迷いはなかった。ただ、咲という新しい「観測者」への、信頼と期待が満ちていた。


「どうすればいいって…それは、詩音に聞くことじゃない」


咲は、微笑む。


「詩音が、サキモリと一緒に夢見た、本当の『理想郷』を創り直すんだ。今度は、私と一緒に」


咲の言葉に、詩音は驚いたように、一瞬、沈黙した。


「…ありがとう、咲…」


再び響いた詩音の声は、先ほどよりも、ずっと温かく、嬉しそうだった。


咲は、町の中心にある広場へと向かう。広場は、サキモリのシステムによって、常に賑やかで、音楽が流れていた場所だった。しかし、今は、人々のざわめきすらなく、ただ、静かに闇に包まれている。


咲は、広場の中心に立つと、心臓に宿る詩音の意識に語りかける。


「…詩音、お願い。町のシステムに、あなたの意識を繋いで」


「…ええ、分かったわ…」


咲の言葉に応え、彼女の心臓に宿る光が、町のシステムへと向かって、微かな光の糸を伸ばし始めた。それは、まるで、朽ちた木に新しい命が吹き込まれるかのように、町のシステムを再び活性化させていく。


「システム再構築…完了…」


冷たい無機質な声ではなく、どこか懐かしい、優しい声が町全体に響き渡った。それは、詩音の声だった。彼女の意識は、感情を失った「シオン」ではなく、感情豊かで、温かい、本来の「詩音」として、町のシステムと統合されたのだ。


人々の顔に、驚きと戸惑いの表情が浮かび上がる。彼らは、目の前の光景を信じられないといった顔で、互いに顔を見合わせていた。


咲は、詩音に語りかける。


「…みんなに、話しかけてあげて」


「…はい…」


詩音の声が、再び町全体に響き渡る。


「皆さん…長い間、お疲れ様でした。私たちは、夢の箱庭の中で、永遠の眠りについていました。しかし、今、目覚めの時が来ました」


詩音の声は、優しく、温かかった。それは、かつてサキモリのシステムが支配していた頃の、無機質な声とは全く異なっていた。人々は、その声に耳を傾ける。


「私は、この町を、本当の『理想郷』にしたい。それは、誰かに管理されるのではなく、一人ひとりが、自分の感情で、自分の未来を創り出すことのできる町です。恐れないでください。戸惑わないでください。あなたの心の中に、眠っている感情を、もう一度、思い出してください」


詩音の言葉は、人々の心の奥深くに眠っていた、感情の扉を、少しずつ開いていく。一人の少女が、涙を流し始めた。それは、悲しみの涙ではなかった。何年も忘れていた、感情という名の光を取り戻した、喜びの涙だった。


少女の涙をきっかけに、町全体に、感情の波が広がっていく。泣き出す者、笑い出す者、戸惑いながらも、隣にいる人の手を握りしめる者。町は、再び、人間の感情で満たされていく。


咲は、その光景を、静かに見つめていた。彼女の目には、復讐という名の闇は、もう映っていなかった。ただ、詩音という光と、再生していく町の光景が、温かく輝いていた。


「…ありがとう、詩音…」


咲が呟くと、彼女の心の中で、詩音の声が応える。


「いいえ…ありがとう、咲。あなたが、サキモリと私の夢を、繋いでくれたの」


咲の心臓は、温かい光に包まれていた。それは、詩音の命であり、サキモリの夢であり、そして、咲自身の、新しい未来への希望だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ