第百弐拾九話「地下深く、鉄の音」
咲と詩音は、旧市街の地下へと続く、錆びた鉄製の階段を降りていた。地下の空気は冷たく、湿った土の匂いがする。懐中電灯の光が、階段の壁にへばりついたカビを照らし出す。
「咲、ここだ」
詩音が、懐中電灯の光を、分厚い鋼鉄製の扉に向けた。扉には、無数の鍵穴がついており、普通の鍵では開けられそうもない。
「詩音、君の出番だ」
咲がそう言って、扉から少し下がった。詩音は頷き、ソニックライフルを構える。彼女は、ライフルに装着された照準器を覗き込み、鍵穴の一つを正確に捉えた。
「バァン!」
発射された不可視の音波が、鍵穴に命中する。金属が悲鳴を上げ、鍵穴の内部構造が、振動によって破壊されていく。詩音は、全ての鍵穴に向けて、連続で発砲した。
「パァン!パァン!パァン!」
全ての鍵穴が破壊されると、扉はゆっくりと内側へと開いた。中からは、機械の轟音と、金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
二人が足を踏み入れたのは、巨大な地下工場だった。天井は高く、無数のクレーンが、巨大な鉄の塊を運んでいる。作業台の上には、無数の銃器や、戦闘ドローンが、組み立て途中の状態で並んでいた。
「くそっ、こんなものを…」
詩音が、息をのんだ。しかし、咲は冷静に周囲を観察している。
「詩音、警戒しろ。熱源反応は?」
「…ない。作業員もいない。罠かもしれない」
詩音は、サーモグラフィーで周囲をスキャンしながら警戒を続けた。その時、天井から、小型のドローンが、無音で降りてきた。
「咲、上だ!」
咲が振り返ると同時に、ドローンが、閃光弾を放った。強烈な光が、地下工場全体を包み込む。
「っ!」
咲は、反射的に目を閉じ、ポケットから取り出したフラッシュバンを床に投げつけた。フラッシュバンが爆発し、ドローンのセンサーを狂わせる。
「詩音、破壊しろ!」
咲の指示に、詩音は素早く反応し、目を開けていた。
「バァン!」
ソニックライフルから放たれた衝撃波が、ドローンを直撃し、ドローンは火花を散らしながら地面に落下した。
「クソ…」
咲が、壁に身を隠しながら、小さく呟いた。
「ここは敵の本拠地だ。油断するな」
彼女はそう言って、再び周囲を警戒し始めた。その時、工場内に、警告音が鳴り響いた。
「侵入者を確認。排除を開始する」
機械音声が、地下工場全体に響き渡る。すると、組み立て途中の銃器やドローンが、まるで意思を持ったかのように、動き出した。
「まさか…」
詩音は、目を丸くした。
「これが…サキモリの狙いか。兵器を大量生産し、街を完全に支配するつもりだ」
咲は、歯を食いしばりながら言った。彼女の瞳には、怒りの炎が宿っていた。
「詩音、私たちはここで奴らを食い止める。コアは後だ」
「わかった!」
二人は、それぞれの銃を構え、襲い来るドローンや、武装した機械と対峙した。咲は、拳銃のトリガーを連続で引き、正確にドローンのカメラや関節を撃ち抜いていく。しかし、ドローンは次から次へと現れ、その数は減ることがない。
「キリがないわ!」
詩音が叫んだ。彼女のソニックライフルも、次々とドローンを撃ち落としていくが、全く追いつかない。
「詩音、私の後を追って。この工場を破壊する」
咲は、そう言って、ドローンの群れをすり抜けながら、工場の奥へと走り出した。彼女の目的地は、工場の中心部にある、巨大な制御盤だった。
「待って、咲!一人じゃ危ない!」
詩音が叫ぶが、咲は振り返ることなく走り続けた。彼女の心には、もはや詩音の心配は届かなかった。ただ、この戦いを終わらせるという、ただ一つの目的だけが、彼女を駆り立てていた。
「もう…誰にも頼らない。私の手で、全てを終わらせる」
咲は、心の中で呟いた。彼女は、かつて、他者との「つながり」を求めていた。しかし、今、彼女の手に握られているのは、冷たい鉄の銃だけだ。その銃が、彼女の「孤独」を証明しているかのようだった。
詩音は、必死に咲の背中を追いかけた。彼女の手に握られたソニックライフルは、まるで彼女の「不安」を象徴しているかのようだった。
二人は、巨大な制御盤の前にたどり着いた。しかし、その前には、サキモリの幹部である、重武装したエージェントが待ち構えていた。彼は、二丁の拳銃を構え、不気味な笑みを浮かべていた。
「ようこそ。お前たちが、ノイズを破壊した子供たちか」
エージェントが、そう言って、ゆっくりと銃口を向けた。咲は、無言で自身の拳銃を構え、彼の銃口に照準を合わせた。
「…無駄だ。お前たちの力は、もう通用しない」
エージェントが、そう言い放った。その言葉は、まるで彼女の心を貫くかのようだった。しかし、咲は、動揺することなく、トリガーに指をかけた。
「…さあ、来い。最強の兵器を、見せてやる」
エージェントが、そう言って、二丁の拳銃を同時に発砲した。
咲と詩音は、彼の放つ鉛の雨に、どう立ち向かうのか。




