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第百弐拾四話「光の再構築、再びの鼓動」

『静寂』の光を打ち破った後も、街の空気は重く沈んでいた。五人の『ノイズ』が放った光は、街を覆う厚い雲に一筋の亀裂を入れたに過ぎず、人々の心に深く刻まれた不安は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。アジトのスタジオには、張り詰めたような静けさが満ちていた。嵐太は、マイクを前に腕を組み、深く考え込んでいた。彼の横では、リノがタブレットの解析データを食い入るように見つめ、詩音は指でギターの弦を静かになぞり、悠真は新しいスケッチブックを広げたまま動かずにいた。咲は、そんな皆の間に立ち、彼らの間に流れる目に見えない溝を感じ取っていた。


「…ダメだ。一時的に光を届けられても、街の『静寂』は根深い。電波はまた、すぐに吸収されちまう。俺たちのラジオじゃ、この状況を根本から変えることはできない…」


嵐太は、自分の言葉に苛立ちを覚えながら呟いた。彼の熱意は尽きていない。しかし、一過性の熱情が勝利を収めた後、彼らが直面したのは、持続的な闘いという現実だった。


「わかってる。この光は、私たちを完全に消すことはできなかった。でも、人々の心の『ノイズ』を、まるで砂のようにサラサラとこぼれさせて、無力化しようとしている。光を放ち続けるには、私たちの『ノイズ』を絶えず供給し続けなきゃいけないのよ」


リノが、解析結果を指しながら言った。彼女のタブレットには、街中に張り巡らされたネットワークのマップが映し出されており、点滅する光の点が、いかに不安定であるかを物語っていた。


「でも…どうやって? 私の歌は、一瞬は届いても、すぐに街の雑音に紛れちゃう。まるで、歌が空気中に霧散してしまうみたいに…」


詩音は、寂しそうに言った。彼女の力は、人々を一時的に鼓舞するものであっても、彼らの心を永続的に繋ぎとめる力にはなり得なかった。


悠真は、スケッチブックに視線を落とした。そこには、第百弐拾参話で彼が描いた、希望に満ちたスケッチが残されていた。しかし、今はその絵を見ても、以前のような情熱が湧いてこない。彼の描く絵は、その場限りの光を放つだけで、街の暗闇を永久に照らし続けるほどの力をまだ持っていなかった。


「俺の絵も…ただ、その場に描かれた線でしかない」


悠真がそう言うと、咲は皆を見つめた。


「皆…大丈夫。私たちの『ノイズ』は、それぞれの役割があるの。嵐太くんのラジオは、メッセージを届けるための『声』。悠真くんの絵は、その『声』を視覚化する『光』。詩音の歌は、心の奥深くに響く『共鳴』。そして、リノのプログラムは、それら全てを繋ぐ『道』。でも…」


咲は言葉を区切り、皆の目を見つめた。


「…それだけじゃ足りないんだ。街の『静寂』は、個々の『ノイズ』を孤立させようとする。私たちは、もっと強く、深く『つながる』必要がある」


その時、アジトの扉がノックされた。戸惑いながら扉を開けると、そこには、嵐太たちのラジオを聴いていたという、見慣れない顔の青年が立っていた。彼の表情は、希望に満ちているというよりは、どこか怯えを隠しきれていないように見えた。


「あ…あの…! あなたたちのラジオ、聞きました…! あの時、一瞬だけ、胸の奥が熱くなったんです…!」


青年は、震える声で言った。


「俺は…街のシステムエンジニアをしていて…この街のネットワークが、ここ数日、異常な光の信号を発しているのに気づきました。その光が、俺たちの心を…蝕んでいるんです…」


青年の言葉に、リノの目が鋭く光った。


「やっぱり…! 街のシステムそのものが、サキモリの『静寂』に侵食されてる…! これは、ただの物理的な波長じゃない。データに偽装した、精神的な攻撃だ…!」


青年は、怯えながらも、一枚の設計図を取り出した。


「これ…街の主要なネットワークをコントロールするサーバーの設計図です。もし…もし、このサーバーに、あなたたちの『ノイズ』を直接流し込めば…もしかしたら…」


「直接…サーバーに?」


嵐太は、その言葉に、新たな可能性を見出した。ラジオの電波が届かないなら、物理的なネットワークを利用すればいい。


「みんな…! 街の『静寂』は、私たちの『ノイズ』を孤立させようとしている。でも、逆に言えば、バラバラになった『ノイズ』を一つに束ねて、街のシステムに直接流し込めば、街全体に、もう一度光を届けることができるんじゃないか?」


嵐太は、皆の顔を見回した。彼の熱意は、再び彼らの心を一つにしようとしていた。


「悠真! お前の壁画を、ただの絵じゃなく、街のシステムに流し込める『データ』にしてくれ! 色や形を、プログラムが読み込める情報に変換するんだ!」


「詩音! お前の歌を、ただのメロディじゃなく、心の『周波数』として、サーバーに直接流し込むんだ! 人々の心に共鳴するような、データに変換するんだ!」


「リノ! 青年からもらった設計図を元に、街のネットワークをハッキングするプログラムを組んでくれ! 街の隅々まで、俺たちの『ノイズ』を届けるための、光のパイプラインを作るんだ!」


そして、咲に。


「咲! お前は、街の人々の心の『ノイズ』の欠片を探し出して、それを俺たちの『ノイズ』と繋げてくれ! サーバーに流し込む、一番の『エネルギー』を、お前が見つけ出してくれ!」


五人の顔に、再び、強い決意が宿った。


「…わかったわ。私の絵、ただの絵じゃない…」


悠真は、スケッチブックを手に取り、無数の線と形を、まるで暗号を書き込むかのように描き始めた。それは、彼がこれまでに描いてきた絵の、全てを内包するような、複雑で美しい『データ』だった。


詩音は、ギターを手に、新しいメロディを奏で始めた。それは、これまでの力強い歌とは違い、静かで、しかし、心の奥深くに染み渡るような、優しい旋律だった。その音は、まるで、人々の心の奥底に眠る『ノイズ』の欠片を探し出すかのように、響き続けた。


リノは、青年の設計図と自身のタブレットを使い、一心不乱にプログラミングを始めた。キーボードを叩く音は、まるで、新たな『光の道』を切り拓くための、勇ましい軍隊の行進曲のようだった。


そして、咲は目を閉じ、街全体の『つながり』を感じ取ろうとした。彼女の心には、無数の『ノイズ』の光が、遠くで瞬いているのが見えた。一つひとつは小さく、頼りない光だったが、それらは確かに存在していた。


嵐太は、再びマイクを握りしめた。今、彼の声は、熱意だけではない。仲間たちとの信頼、そして、街の人々の小さな『ノイズ』の光が、その声に宿っていた。


五人の物語は、今、新たな『光』を創造するための、第一歩を踏み出した。彼らは、個々の『ノイズ』を『データ』として統合し、街のシステムという巨大な壁に挑もうとしていた。それは、ラジオから流れるメッセージだけではない、真の『光』を街にもたらすための、壮大な試みだった。

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