第十二話「記憶の断片と影」
新宿の地下シェルターは、薄暗く冷たい空気に満ちていた。
咲と詩音は、身を隠すようにシェルター入口の監視モニターを凝視している。
レンはシェルターの中央部にある簡易ベッドに横たわり、眠りの中で脳波が微かに波打っていた。
「脳波が安定してきたわ。記憶の断片が徐々に解析できそう」
詩音が静かに告げる。端末には複雑な脳波パターンが映し出されていた。
咲は腰に差したCZ75の銃口を確かめつつ、視線をレンに戻した。
「何が出てくるか……気を抜けないわね」
レンは夢の中で、ぼんやりとした記憶に囚われていた。
灰色の廃墟、冷たい蛍光灯の下で腕に刺さる痛み。
声なき声が耳元で囁く。
「君は特別だ。脳内に封印されたAI暗号鍵を守る唯一の存在」
彼は逃げ惑い、追手の足音が近づく。
それでも、必死に走った。
「目覚めろ……君の中に未来がある」
夢の中で何度も繰り返されるその言葉が、レンの意識を揺らしていた。
突然、シェルターの警報がけたたましく鳴り響く。
「敵の侵入!複数の接近を感知!」
詩音が無線で叫んだ。
「咲、すぐに準備を!」
咲はすぐさまレンを抱き起こし、戦闘準備に入った。
「ここで守りきるわ」
地下通路に響く足音。
重装備の敵が静かに、しかし確実に近づいてくる。
敵の一団は、GREY FANGのエリート工作員「フェンリル」とその部隊。
サイバー強化された肉体と高度な格闘技術を持ち、Silent Triggerの二人を狙う。
咲はレンを背にし、体を低く構える。
詩音は通路の奥からP90を構え、狙撃体勢に入った。
フェンリルのリーダー格が前へ出る。
「君たちのような奴らは邪魔だ。記憶も命も奪い取るまでだ」
咲が静かに返す。
「奪うなら、私たちを越えてみせなさい」
激しい格闘戦が始まる。
フェンリルの攻撃は鋭く、電磁ナイフが咲の防御をかいくぐる。
だが咲は合気道の体捌きで攻撃を受け流し、的確に反撃を繰り出す。
詩音の援護射撃がタイミングよく入り、敵の動きを封じる。
ゴム弾が相手の関節を狙い、確実に制圧する。
咲は何度もフェンリルの攻撃を受けながらも、倒れない。
記憶を守るため、命を懸けて戦う覚悟が彼女の体に力を与えていた。
フェンリルが電磁ナイフの一閃で咲の足元を狙う。
咲はとっさに片膝をつき、ナイフをかわしつつ肘を逆襲の一撃に変えた。
激闘の末、咲は合気道の呼吸投げを決め、フェンリルを壁に叩きつける。
詩音も巧みに狙撃し、部隊を殲滅した。
フェンリルは動きを封じられたが、咲は止めを刺さず、静かに言った。
「覚悟しなさい。私たちは殺さない。でも、未来は守る」
戦闘後、レンの記憶は少しずつ戻り始める。
彼の脳内に封じられた秘密は、GREY FANGが追い求める鍵であることが確信された。
咲と詩音は新たな覚悟を胸に、次の戦いに備える。
Silent Triggerの闘いは、まだ始まったばかりだった。
レンの記憶はまだ曖昧で、シェルターの薄暗い部屋で意識が揺れ動いていた。
咲と詩音は彼の傍らに寄り添いながら、細心の注意を払って周囲の警戒を続けている。
「レン、ゆっくりでいい。思い出せるところから話して」
咲の声は優しくも芯が強い。
レンは薄く目を開け、ぼんやりとした視線で答えた。
「研究所……爆発が起きて……逃げてた。でも誰かが、俺のことを追ってた……」
「誰だと思う?」
詩音が静かに問う。
レンは首を振る。
「わからない。でも……俺の脳の中に何かが埋まってる。それが狙われてる」
「脳内に埋め込まれたAI暗号鍵、だな」
咲が頷く。
詩音が小型端末を操作しながら言った。
「それがこの世界の軍事・情報戦の命運を左右する鍵になる。GREY FANGはそれを手に入れようとしている。だから、君は標的になった」
レンは不安げに息を吐いた。
「俺は普通の青年じゃないのか?」
咲は目を細めて言った。
「普通じゃないから、私たちが守る。どんな敵が来ても、あんたを護る」
その時、シェルターの外から低い振動が伝わった。
詩音がセンサーに目を向け、すぐに言った。
「大型ドローンが周囲を包囲し始めた。EMP兵器の配備も確認」
咲は即座に立ち上がり、レンの手を掴む。
「ここにいては危険。早く移動するわよ」
レンは体の震えをこらえ、ついていく。
移動中、詩音は狭い通路の壁に設置された小型のモニターを通じて敵の動きを解析していた。
「彼らの狙いは明確。君の脳内データを奪い取る。物理的な接触を狙い、直接的な強襲を仕掛けてくるわ」
咲は鋭い眼光で答える。
「なら、物理と情報の両面で攻撃してくるわね。私たちの戦いはまだ続く」
途中、別の追跡者と遭遇した。
それはGREY FANGのハッカー部隊、侵入型電子戦兵器を装備し、情報遮断と撹乱を狙う。
詩音はすぐさまCZ75を取り出し、非殺傷のゴム弾で相手の電子装置を破壊。
「これで敵の電子妨害を減らせる。銃の弾道と無線が少し楽になるわ」
咲は合気道の動きで、ハッカーの一人を拘束し、動きを止めた。
「逃がさない。情報は私たちが守る」
数時間に及ぶ移動の末、三人は安全な拠点へと辿り着く。
そこはSilent Triggerの秘密基地の一つで、最新鋭のセキュリティと装備が整っていた。
レンは疲労の色を見せながらも、決意を固める。
「この鍵が何なのか、そして俺が何者か、はっきりさせたい」
詩音は手元のデータを解析しつつ言った。
「君の記憶の断片はこれからもっと明らかになる。GREY FANGも必死に追ってくるだろう」
咲が腕を組み、視線を二人に向ける。
「私たちは“奪還屋”。依頼を遂行し、守ることに命をかける。これからも命がけよ」
レンは小さく頷いた。
「ありがとう……Silent Triggerのみんな」
その夜、基地の窓から遠くの街灯りが揺れて見えた。
三人はそれぞれの想いを胸に、未来の戦いへと備えていた。
Silent Triggerの戦いは、まだ終わらない。




