第百十四話「最後の約束」
五人の『つながり』の力が、空の『最後の観測』の力と再び激しく衝突する。今度は、五人の力が空を押し返し、空の『観測』の力が、少しずつ弱まっていく。世界を覆っていた灰色の靄が晴れ、失われかけていた色彩が戻り始める。五人の身体から放たれる温かな光と、空の冷たい青い光がせめぎ合い、空には虹色のオーロラが生まれては消えていく。
「馬鹿な……! なぜだ……!? なぜ、君たちの『つながり』が、私の『観測』に打ち勝てるんだ……!? ありえない……! これは観測の法則に反している!」
空は、そう言って、信じられないといった表情を浮かべた。その顔には、今まで見せたことのない、動揺と焦りの色が浮かんでいる。冷酷な無感情の仮面が剥がれ落ち、そこにはただ、戸惑う少女の顔があった。詩音は、その空の姿を見て、静かに語りかけた。
「空、お前の観測は、あたしたちの『未来』を予測することはできても、『今』のあたしたちの『心』を読み取ることはできない。あたしたちの『つながり』は、誰にも観測されることのない、あたしたちだけのものなんだ」
咲もまた、力を込めて叫ぶ。
「そうだ! 空! あたしたちの『つながり』は、お前の『観測』の『中』にあるんじゃない! あたしたちの『心』の『中』にあるんだ! だから、お前の『観測』が、どんなに強大でも、あたしたちの『つながり』は、絶対に壊せない!」
咲の言葉は、空の心を貫いた。嵐太は、拳を握りしめ、リノは、悠真は、そして詩音も、それぞれの決意を込めて空を見つめる。彼らの心と力が一つとなり、強大な光となって空へと向かっていく。空の青い光は、その圧倒的な光に呑み込まれ、ついに消滅した。空は、その場に力なく崩れ落ち、五人は、張り詰めていた緊張が解け、安堵の表情を浮かべた。
「終わったのか……?」
嵐太が、そう呟く。リノは、涙を流しながら、悠真に抱きついた。しかし、その安堵も束の間、空の身体から、再び黒い光が放たれ、その光が、世界全体を包み込もうとした。それは、観測でも、予測でもない、純粋な『消滅』の力。万物を無に還す、虚無の光だった。
「フフフ……。そうか……。私の『観測』の『中』には、君たちの『つながり』はなかったか……。ならば……。君たちの『つながり』を、この世界から、完全に『消滅』させてやろう……!」
空は、最後の力を振り絞る。その声には、もはや理性はなかった。ただ、自らの敗北を認められない、子供のような癇瀦が込められていた。五人の身体が、徐々に黒い光に侵食され、まるで砂のように崩れていく。咲は、必死に手を伸ばし、仲間の手を掴もうとしたが、その手もまた、虚しくすり抜けていく。
「くっ……! この力は、観測じゃない……! あたしたちの存在そのものを、消そうとしている……!」
絶望が五人を襲う。これまで繋いできた絆が、今、まさにこの瞬間に、永遠に失われようとしていた。しかし、その時、五人の目の前に、眩い光が放たれた。その光は、空の身体、ちょうど胸元から発せられていた。それは、以前、五人が空を救うために託した、彼らの『心』の光だった。
「これは……! 君たちが、私に託した……『心』……」
空は、そう言って、胸元から放たれている光を見つめた。その光は、空の身体を侵食する黒い光を押し返し、空の心を温かく包み込んでいく。空の目から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、喜びでも悲しみでもない、ただ純粋な感情の涙だった。初めて知る温かさに、空は、静かに心を震わせた。
「そうか……。君たちは……、私を……救ってくれたのか……。ありがとう……。そして……、さようなら……」
空は、そう言って、微笑みを浮かべた。その笑顔は、かつての観測者としての無機質なものではなく、確かに『感情』を宿したものだった。そして、空の身体は、眩い光となって、世界全体に広がっていった。空の『心』の光は、世界全体を温かく包み込み、黒い光に侵食されていた五人の身体も元に戻っていく。世界は、再び、穏やかな光に満ち溢れた。
五人は、空の『心』の光を見つめながら、静かに涙を流した。空との別れは、悲しいものではなかった。むしろ、温かく、希望に満ちた別れだった。
「空……。ありがとう……」
咲は、そう言って、空の『心』の光に、そっと手を伸ばした。光は、咲の手のひらを優しく包み込み、消えゆく空の存在が、五人一人一人の心に、深く刻み込まれた。
「あたしたち、ちゃんと、空を救えたんだな……」
悠真の言葉に、誰もが深く頷いた。嵐太は、涙を拭い、リノは、微笑みを浮かべ、詩音は、静かに空の光を見つめていた。五人は、空との『最後の約束』を交わした。それは、もう二度と、誰かが孤独に苦しむことがないように、そして、自分たちの『つながり』を、これからも大切にしていくという、未来への約束だった。
空の消滅と共に、世界は、再び、穏やかな日常を取り戻していく。彼らの物語は、終わりを迎えた。しかし、その心に刻まれた『つながり』は、これからも、彼らの未来を照らし続けるだろう。




