第十一話「狙われた記憶」
「――護衛対象の名は、橘レン。22歳。昨晩、新宿の路地裏で保護された。
だが本人は記憶喪失で、しかも“脳に特殊なデータ構造が埋め込まれている”」
詩音の声が、咲のイヤーピースに届く。
咲は高層ビルの屋上で風を読みながら、無線を繋ぎ返す。
「記憶を奪われたのか、あるいは……封印されたのか」
「どちらにしても、“その中身”を狙ってGREY FANGが動き出してる。今朝、保護施設が襲撃されたわ。警察も沈黙してる」
咲は軽く息を吸う。
「都市での追跡戦か……了解。私はレンを確保して街を抜ける。援護、頼むわ」
正午、新宿副都心。
人混みの中、レンはひとり、保護施設の裏手で待っていた。
記憶はない。ただ、右側頭部に微かな違和感が残る。
そこへ咲が現れた。
黒のジャケットに、動きやすいワイドパンツ。
少女のような体格だが、歩く姿勢は“殺気”を感じさせる。
「レン・タチバナ?」
「……はい」
「私たちはSilent Trigger。あなたの脳にあるものを、“連中に奪わせない”のが任務よ」
「脳に……?」
咲が言葉を継ぐ間もなく、爆音が鳴った。
街頭ビジョンが爆破され、上空にドローンが飛び交う。
詩音の声が響いた。
「咲、包囲されてる!5名。建物内部と歩道橋上、連動して動いてる。プロの諜報部隊!」
咲が即座にレンの手を掴む。
「走って!ついてきて!」
ビル群を駆け抜ける。
レンは咲の背中に息を切らしながらついていく。
その間も、咲は周囲を確認し、敵の視線や配置を計算していた。
角を曲がると、前方に黒装束の敵が一人、遮るように立つ。
肩にはタブレット端末、手にはペン型の神経催眠装置。
「静かに。抵抗すれば、“記憶”を壊すだけだ」
「……あんたがそれを使う前に、私が動く」
咲は一瞬で距離を詰め、敵の手首を逆に折り上げるように合気道で崩す。
装置を地面に落とさせた瞬間――
肩への裏拳、膝への蹴り、最後に喉を軽く抑えて気絶させた。
「レン、こっち!」
屋上への階段を駆け上がると、別の敵が待ち構えていた。
詩音のスコープに捉えられている。
「射線、通った。……撃つ!」
P90の非殺傷弾が、敵の右肩を正確に打ち抜いた。
反動で敵が壁にもたれかかる。
咲とレンはその隙を突いて屋上へ。
眼下には、都市の騒音と喧騒が渦巻いていた。
「……なぜ、俺が狙われるんです?」
レンが問う。
咲はしばらく沈黙し、それから言った。
「あなたの脳には、**“AI兵器の封印鍵”**が埋め込まれている。
それを奪えば、“情報戦を制する力”を得られる。……人間の頭脳にしか認識できない鍵よ」
レンは自分の頭に手を当てた。
「……思い出せそうな気がする。でも、誰かが“思い出させないように”してる感じがする」
詩音の無線が入った。
「咲、急いで。敵の支援チームがビルに侵入してきた。大型ドローンとEMP兵器が確認された」
「了解。次は……戦うわ」
屋上に現れたのは、GREY FANGの新メンバー。
名は“サマエル”。
無機質なマスクに、電磁ショックナイフを二本携えた男。
咲と同じく、“殺さずの格闘”を極めた対Silent Trigger用の切り札。
「こんにちは、咲。会いたかったよ。君の“足捌き”と“肘技”……ずっと研究してた」
咲が構え直す。
「それなら……どれだけ本気か、試してあげる」
戦闘開始。
サマエルは無言で踏み込む。
ナイフを斜めに滑らせる軌道、電流による麻痺狙い。
咲は逆に間合いを詰め、肘でナイフを滑らせて逸らし、脇腹に掌底を叩き込む。
だが男は微動だにせず、左手のナイフで咲の足を絡めとるように動く――!
咲が転倒しそうになった瞬間、背後から詩音のCZ75の射撃音。
男の足元をゴム弾が打ち抜く!
サマエルが一瞬だけバランスを崩したその隙を――
咲は反転して起き上がり、**合気道の「呼吸投げ」**で相手の勢いを逆利用、遠くへ吹き飛ばした!
レンを守り、無事に新宿駅地下の転送車へと乗り込む。
詩音も合流し、ビルの屋上から撤退。
「GREY FANGの“実験体”……サマエル」
詩音がつぶやく。「あれは、ただの兵士じゃない。“対・Silent Trigger用”に育てられた存在」
咲が静かに答えた。
「……次は、私たちの記憶も狙ってくるかもね。けど大丈夫」
「私たちは、忘れない。何を守るために、銃を持ったか」
Silent Trigger――
記憶も、命も、想いも、決して奪わせない。