第十話「照準の向こうへ」
「ターゲットは、ある企業スパイが奪った極秘データ。
依頼人は、奪われた側じゃない。“間に挟まれた弱者”よ」
東京湾岸の廃棄ドック。夜の海風が、錆びたコンテナを鳴らしていた。
咲は膝をついて、双眼鏡越しに施設を観察していた。
「……ターゲットは無関係な中間業者。利用されて、捨てられかけてる」
「放っておけないね」
詩音がP90にゴム弾マガジンを装填する。スコープのキャップを外し、冷たい金属に指を滑らせる。
「今回の敵、少し違う。プロ中のプロ。殺すためじゃなく、“奪うために動く”連中」
咲が小さくうなずく。
「鏡を見るようね。だけど、私たちは“心”を殺さない」
標的の名は相良トオル。某大手企業の技術顧問だったが、機密情報を盗み、裏で売却しようとしていた。
だが本当の標的は、彼を囲っている「GREY FANG」という傭兵部隊。
殺しを生業とせず、“情報・人・機密”だけを奪い、生かして転売する。
――Silent Triggerと“構造が同じ”奪還屋集団。
ただし、彼らに“非殺傷”の誓いはない。
ドック中央の倉庫に詩音が陣取る。
銃器は中距離用にP90、予備にCZ75。
ナイトスコープを装着し、風速と距離を計算。
一方、咲はドック裏から単独潜入。
体術の達人・ミラという女傭兵が、相良の護衛に就いていると聞いていた。
詩音の無線が入る。
「警告:敵スナイパー確認。遮蔽強くて位置割れない。距離80m、ドッククレーン付近」
「先に私が囮になるわ。詩音はそいつを撃ち抜いて」
咲の声は落ち着いていた。
「無茶しないで」
「大丈夫。あんたの弾は、私の命より速いから」
咲がドックの影から飛び出した。
その瞬間――
パンッ。
詩音のP90が、敵スナイパーの照準装置に命中。
敵の肩が跳ね、スコープがズレた。
「やった――!」
だが敵もすぐさま応戦。
サプレッサー付きの弾丸が、詩音のいたコンテナを貫く。
(数センチずれてたら当たってた……!)
詩音は別のコンテナに身を移し、再びP90を構え直す。
一方、咲の目前に現れたのは――
黒いレザーの戦闘服に身を包んだ女、ミラ。
細身ながら隙のない体躯。武器は持たず、構えだけでわかる――
“間合い”を読める格闘家。
「Silent Trigger……あなたたちのやり方、正義ぶってて反吐が出るわ」
咲は構えを解かず、冷静に言う。
「正義なんて信じてない。ただ、“誰かが奪われるのを放っておけない”だけ」
「なら、奪われてみなさい!」
ミラが飛び込んできた。
咲も同時に踏み込み、**相手の腕の回転を利用して内へ入る――合気道の「入身投げ」**を狙う。
が、ミラは力を流される前に軸足を切り替え、咲の足首を内側から払う!
「……速い!」
咲は一瞬で反転し、回避。
ミラの蹴りがかすめた場所に、コンクリ片が飛ぶ。
攻防が続く。
咲はCQCの体捌きで敵の攻撃を流しながら、逆に肘で反撃、胸元を一瞬抑える――しかし、その手首をミラに取られる。
「甘い!」
ミラが絞め技に移ろうとする瞬間――
咲は床に体を落とし、ミラの膝裏を蹴り崩して体勢を反転、逆に背後を取る!
「もらった……!」
だがミラは咲の足を絡めとり、両者とも地面に倒れ込む。
すぐさま咲は上体を起こし、合気道の**「三角固め」**を半分だけかけ、首を極めかける。
詩音が叫ぶ。
「咲!横からもう一人来る!“相方の男”、カイト!」
その男――カイトはMP5を構え、撃とうとする。
だが――
パスッ!
詩音のCZ75から発射されたゴム弾が、カイトの頬を掠め、照準がズレた。
咲が反応。
「遅いっ!」
後ろ回し蹴りでミラを吹き飛ばし、立ち上がって即座にカイトの懐へ――
銃を持つ右手を合気道で極め、真下へ叩き込む!
ミラとカイト、ほぼ同時に倒れる。
咲が息を整え、手元の無線に囁いた。
「相良の確保に向かう」
詩音が、すでに監視室の制圧を終えていた。
倉庫裏で怯える相良を、詩音がP90を持ったまま睨みつける。
「生きてるってことは、まだ償えるってことよ。……選びなさい。逃げ続けるか、戻るか」
男は、しばらく黙った後、うなずいた。
朝。ドックには朝焼けが差し込んでいた。
「GREY FANG……」
咲が呟く。「あの動き、ただの雇われじゃない。“誰かに命じられていた”」
詩音が言う。
「これは始まり。向こうは“私たち”を完全に認識してる」
「……次は、こっちが攻める番ね」
Silent Trigger。
彼女たちは“誰かのために銃を撃ち、誰かのために血を流す”。
ただし、命は奪わない。
照準の向こうにあるのは、誰かの笑顔だ。




