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冒険したくない冒険者の冒険  作者: 0
1章 暁に輝く星々
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009話 まだ知らぬ過去、まだ知らぬ未来


「えー!? コラの冒険迷宮(ダンジョン)の踏破が目標なん!?」


 闇金業者への報復を終え、頭取からカナリアの借金を帳消しにさせた俺たちは、ミルクを買い込んで家へと戻っていた。


 俺が作った夕食を三人で囲み、食後のひととき――その流れで俺たちの最終目標を告げると、カナリアは目を丸くした。


 仲間になったとはいえ、事前の了承は大切だ。いざ潜ってから「聞いてない!」なんて言われたら、やってられない。


 カナリアは、驚いたまま両手で口元を押さえた。

 ……その反応自体は、まあ予想どおりだったのだが。


 なにせ、コラの冒険迷宮は大陸で最も深いとされる迷宮だ。

 魔素中毒の流行以前は、幾度となく挑戦の波が押し寄せた。騎士、冒険者、英雄――それでも踏破した者はいない。


 だから、カナリアの次の一言は、ある意味で裏切りだった。


「むーっちゃええやん! うち、そういうのに憧れて村から出てきてんッ! これはきましたわーーッ!」

「えぇ……」


 うん、違う。思ってた反応とちょっと違う。


「本人がやる気なら、いいんじゃない?」

 隣のクロウェアが、やけに無邪気な笑みを浮かべる。


「いや、それは……うん、まあ、そうだけど……」


 なんというか、解せぬ。


「じゃあ明日からさっそく迷宮に潜る。カナリア、お前の得意なことを簡単に教えてくれるか?」


「なんや、改まって言われると照れるな……あんま期待せんといてな? えっとな――」


 そう言って彼女が語ったのは、信じがたい戦歴だった。


 四属性の魔法がすべて使え、故郷の村を襲った翼竜ワイバーンを単騎で撃退したという。

 しかも、魔法は独学。すべて見よう見まねで覚えたらしい。


 実際、あの闇金事務所を吹き飛ばした時点で、彼女のポテンシャルは計り知れなかったが――

 控えめに言って、化け物だ。上級冒険者でも簡単に届かない域。


「――ぐらいなもんやで?」


 あんま期待せんといてな、じゃねぇよ。


「それだけの実力があれば、まともな依頼でいくらでも稼げたんじゃないか?」

「それがなー……うち、採集系の依頼とかぜーんぜんでけへんのよ。で、討伐系を受けてたんやけど、加減がでけへんくて……魔石ごと魔物を吹き飛ばしちゃうんよ」


「あー……」

 つまり、器用さが死んでる、と。

 いや、カナリアはこの街で生きるには強すぎたのかもしれない。


 まあ、それがなければ俺たちがこうして出会うこともなかったわけだ。

 文句はない――ないけど、俺にまでその不器用さが向けられたらたまらんので、あとで教育しよう。


「了解。細かい動きは明日、実地で確認する。連携もな」

「わかったー。で、クロは何するん?」

「クロウェアは荷物持ちと魔石回収だ。倒した魔物から魔石を取り出すのは任せていい」


 クロウェアは静かに頷き、果実汁のグラスを口に運ぶ。


 俺はというと、終始ニコニコしているカナリアの顔を見て、つい一言こぼした。


「……なんか、やけに楽しそうだな」

「これが“パーティー”ってやつやろ!? うち、パーティーに入るの、ずっと夢やってん!」


 ――まるで大きな子どもだ。


 身体は妙に育ってるし、魔法の実力も規格外。それなのに、言動はどう見ても無垢すぎる。


「……それは、よかったな?」


 けど、俺たちが向かうのは、絆や夢が報われる優しい舞台じゃない。

 甘いお菓子でも、愉快なごっこ遊びでもない。そこにあるのは、絶望と、希望だけだ。


 俺は、それをわざわざ口に出すつもりはなかった。

 どうせ、彼女もすぐに知ることになるのだから。

 

 §

 

 カナリアを仲間に加えた翌日、俺たちは予定通り、コラの冒険迷宮(ダンジョン)へと向かっていた。


 浅層の本道はいつも通り、松明の明かりに照らされていて穏やかだった。

 出てくる魔物も地上と大差なく、多少の腕があれば冒険者でなくとも問題はない。


 まずはカナリアを前衛に立たせ、実地でその実力を測ってみることにした。

 彼女ほどの魔力があれば、この階層では魔物に接近されることすらないだろう──そう見込んだのだ。


 そして、その見込みはあっさりと現実になった。


「わーぉ」

「これは楽ね。グリン、うかうかしてられないんじゃない?」


 カナリアは一人で魔物を薙ぎ払い、俺たちはその後ろをついて歩くだけ。

 申告通り、彼女の魔法は敵を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。

 そのため魔石が残らないのが惜しいが、中層以降で回収すればいい。


 中層に入っても、その快進撃は続いた。

 カナリアが使う<照明(ライト)>の魔法のおかげで、暗視魔法なしでも広範囲が明るく照らされる。

 これもまた、彼女と同行することの大きな利点の一つだった。


 ただし、魔物は相変わらず粉砕されるばかりで、魔石の回収はやはり見送りとなった。

 下層に入るまでは、それもお預けだろう。


 中層のちょうど半ば、安全圏セーフティゾーンと呼ばれる魔物の寄りつかない開けた空間に到着する。

 足元には冒険者たちの踏みしめた跡が残り、磨り減った岩壁には簡易なメモや注意書きが彫られていた。

 岩壁には誰かが刻んだ注意書きや、簡素な祈りの言葉が並んでいる。

 長い時間をかけて、“ここが一時の安息を許す場である”ことが刻み込まれた空間だった。


「俺たちも少し休もう」

「ふぅー、ちょっと緊張したわ」

「ここまで来ると、ほんとに散歩みたいね」


 腰を下ろして息を整えていると、後から別の冒険者たちが安全圏に入ってきた。


 ゆったりとした衣装に、身の丈ほどの杖を携えた三人組。どこか中性的な雰囲気を漂わせていた。

 笹のように尖った耳。妖精族エルフの冒険者たちだ。


 彼らが通り過ぎようとしたとき、カナリアが軽く会釈をする。

「こんちゃ」

「どうも」

 妖精族たちも、同じように軽く頭を下げて返してきた。


 俺はつい、彼らの性別に思考を巡らせてしまう。

 髪は長すぎず短すぎず、声も高くも低くもない。

 男か女かの判断がまるでつかない。だが、だからこそ、彼らは妖精族らしいとも言えた。


 無粋に見つめすぎるのも良くない。俺は視線を逸らすことにした。


 だがそのうちの一人──先頭に立つ者が、俺の顔を見てぴたりと足を止める。


「……貴様は、“紫電”か?」


 その懐かしい二つ名を聞いた瞬間、思わず動きを止めてしまった。

 七年前、俺がまだ現役だった頃の呼び名。


 相手は、その反応で俺が俺だと確信したのだろう。肩をわななかせながら、険しい目で俺を睨んだ。


探索者シーカーの、恥さらしめ……!」


 カナリアとクロウェアが、無言でこちらを見る。その視線が刺さる。


 俺が無視を決め込んで口を開かずにいると、相手は声を荒げた。

「また……また逃げるのかッ!」


 その怒声を、背後の二人がやんわりと制した。

 一人はすっと前に出てリーダーの肩に静かに手を添え、もう一人は無言のまま周囲に視線を走らせた。

 無駄のない動きだった。そしてなにより、どこか慣れた手つきだ。

「落ち着いてください」

「申し訳ありません。お騒がせして」


 彼らの声もまた、男性とも女性ともつかず、どこか品を感じさせた。

 言葉遣いも柔らかく、年若いリーダー格の者よりもずっと大人びて見える。


 ただ、何より痛かったのは、左右から注がれるカナリアとクロウェアの視線だった。


 妖精族の後ろ姿が安全圏の闇に消えても、左右からじりじりと視線が突き刺さってくる。痛いほどに。俺は肩を竦めて、気まずさをごまかすようにため息をついた。


 しばらくの沈黙ののち、

「……あの人たちとなんかあったん?」

 カナリアが切り出した。


 我慢していたのだろう。妖精族が立ち去ってからも、彼女がそわそわしているのは、隣に座っていて手に取るように分かった。


 反対側に視線を送ると、クロウェアが「さあ、話してごらん」とでも言いたげな顔をしていた。じつにわかりやすい。


 観念して口を開く。

「いや……あいつらと何かあったわけじゃない。そこは安心してくれ」

「そっか。ならええけど……あれ? じゃあなんであんなに怒ってたんや?」


 俺の二つ名を知っていたということは、過去の栄光も、そこからの転落も、酒に溺れていた日々のことも耳にしていたのだろう。


 あの時代、冒険迷宮ブームの最中、俺は最前線で仲間と戦い、名を上げた。だが、魔素中毒が広まり、ブームが終焉を迎えると、パーティーは解散。唯一病に罹った俺だけが時代に取り残された。


 恐怖に飲まれ、酒に逃げ、気づけば七年。冒険者として過ごした年月より、酔い潰れていた時間のほうが長くなっていた。


 罵声を浴び、唾を吐かれ、殴られ、時に留置場の世話にもなった。それが、俺が“紫電”と呼ばれた男の現在だった。


 その過去を、どう穏やかに語るべきか迷っていると――


「あの子たちには(・・)ないだけだものね」

 クロウェアが、静かに言った。


 よく見ている女だ。

 俺が地上に戻ってから、最初の宿で見つけた酒瓶の山。発作が起きるまでに語ったくだらない昔話。そして、さきほどのやり取り。そこから察したのだろう。


「邪推はよせ。なんだ、冒険が嫌になって長いこと酒に逃げていた。そのせいで同業者の反感を買った。それだけだ」

「そっか。じゃあ改心したんやな。やっぱ、冒険者の血ってやつやね!」


 満面の笑みで頷くカナリアに、俺は肩をすくめる。

「逆だよ。俺は冒険をやめるために、最後の冒険に出たんだ」

「え? 冒険したないのに冒険しとるん? けったいな人やなあ……」


 素直すぎるその感想に、俺は少しうんざりした。

 ……お前にだけは言われたくない。


 と、今度は背後から、押し殺した笑い声が漏れた。

「何がおかしい?」

 振り返ると、クロウェアが拳で口を押さえながら、目尻を緩ませていた。


 こいつ……。


「馬鹿にしたわけじゃないの。ただ――」

 クロウェアが言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

「生き急いでるなって思って」


 その言葉に、少しだけ胸が詰まった。

 気づけば、俺は“あの頃”ばかり振り返る人間になっていた。戻れもしないのに、そこにだけしがみついて。

 

 高い魔力は老いを遅らせる。

 俺も、魔法学園に入れるほどの魔力保持者であり、容姿も大きくは変わっていない。


 魔力保持者(ホルダー)と呼ばれる者たちは、百五十年から二百年を生きる。

 ただし、命が惜しければの話だ。


 カナリアはその中でも特に強い魔力を持っているし、クロウェアに至っては、人の寿命の尺度では測れない存在だ。


 ――魔法使いと魔法使いは引かれ合う。


 そんな言葉が、ふと頭をよぎった。

 現に、俺たちはこうして出会い、今ここにいる。


 もしボタンを掛け違えていたら、この巡り合わせもなかっただろう。


「……ほっとけ」


 短く吐き捨て、俺は立ち上がった。

「行くぞ。休憩は終わりだ」


 カナリアとクロウェアが顔を見合わせたあと、後ろから静かに俺についてきた。

 

 俺たちはまだ、お互いの過去も、これからの未来も知らない。



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それが、明日も物語を書き続ける力になります。

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