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冒険したくない冒険者の冒険  作者: 0
1章 暁に輝く星々
8/24

008話 たった今、生まれた関係


 はあ……。


 深く息を吐いた俺の胸の中に、後悔がじわりと広がっていく。


 昨日――俺は、てっきり正義感に駆られて美人を助けたつもりだった。

 街で男たちに絡まれていたカナリア。鮮やかな髪、整った顔立ち、目立つ服装。

 ……誰がどう見ても「絡まれそう」な風貌だったし、実際そう思った。


 だが、真実は違った。

 あの二人はただの取り立て屋で、カナリアは金を借りて返せなかった借主だった。


 つまり、俺は――

 借金を踏み倒した女を庇い、取り立て屋を追い払ったお人好しというわけだ。


 ……最悪だ。


 頭がずんと重くなる。


 俺は、もう少し冷静になったと思っていた。余計なことに首を突っ込む癖も、幾分かマシになったはずだったのに。


「……グリン?」


 不安げな声がかかる。

 見ると、カナリアが申し訳なさそうに立っていた。


 その顔を見た瞬間、俺は思わず視線を逸らした。


「最初から言えよ。俺が助けに入ったとき、お前は何も言わなかった」

「言えへんかったんや……あの場では……。あの二人、怖かって……」


 小さく震えながら俯くカナリア。


 ――俺は人助けがしたかったんじゃない。ただ、目の前の美人が困っていたから手を出した。それだけだ。


 結果、家にひとり女が増えて、生活はまた一段と複雑になった。


 ……俺は、何をやってるんだろうな。


 冷めたコーヒーをひと口すする。

 言葉は交わさずとも、沈黙がすべてを語っていた。


 だが、今さら後悔しても始まらない。


 カナリアの置かれた状況を改めて見直した結果――思っていたよりも、遥かに詰んでいた。


 のんきに朝コーヒーなんて飲んでる場合じゃねぇ。


「よし、クロウェア。こいつ、追い出すぞ」

「堪忍、堪忍してやぁ!」


 カナリアは懇願するように俺の腕をつかむ。

 だが、その表情には恐怖というより――焦燥があった。


「ほんま、ここしかあらへんねん……!」

「ここしかって……実家でも帰ればいいだろ」

「ないんや。そういう場所も、人も、ひとつも……」


 俺は眉をひそめる。

 逃げ場のない目をしていた。

 根っからの嘘つきの目じゃない。どこかで本当に、誰かの手を欲しがっている――そんな瞳だった。


「うち、ちゃんと働くし……ご飯も作るし、掃除も洗濯もするから……ここに居させて……お願い……っ」


 必死に言葉を重ねながら、カナリアは俺の前で小さくなった。

 その様子は、どこか“家”というものを初めて目にした子どものようにも見えた。


 ――そんな顔をするなよ。


 言いかけて、飲み込んだ。

 情で拾えるほど、俺はもう若くも未熟でもない。

 自分一人でさえまともに抱えきれず、クロウェアとの共存ですら試行錯誤の最中だ。

 そこにさらにひとり――それも、借金を背負ったまま、問題を引き寄せる女を加えるなんて。

 生活が壊れる。命だって危うくなる。わかりきってる。


「……ダメだ、ダメだ。こっちはもう十分面倒背負ってんだ。ミルクを買い足すのとはわけが違う」


 と、そこへクロウェアが首をかしげながら口を挟む。

「グリン。何をそんなに慌てているの? 冒険者からお金を借りたからって、そんなに大ごとなの?」


 まるで他人事のような口ぶりだが、それも仕方がない。浮世離れした彼女には、この事態の深刻さがわかるはずもない。


 俺はコーヒーを置いて、できるだけ冷静に説明を始めた。


「俺たち冒険者の間で“同業者から借金する”ってのは、最後の最後の手段なんだよ。普通は銀行とか、街金とか、ちゃんとした組織を頼る」

「たしかにそうね……じゃあ、カナリア。なぜあんな品のない連中にお金を借りたの?」


 カナリアは目を泳がせ、言いにくそうに口をつぐむ。


 仕方ない。俺が代わりに言ってやる。


「街金にも銀行にも、すでに借りてるんだろう? だから最後に、冒険者から借りるしかなかった。借金で借金を返す……負のスパイラルだ」

「うっ……はぃ……」


 とうとう利息すら返せなくなり、最後には同業者にまで手を出した。

 その末路が、これだ。


「カナリア。お前はもう、詰んでる」

「そんな……」


 ぼたぼたと涙を流し始めるカナリアをよそに、俺は立ち上がる。


「ほら、行くぞ。奴ら(・・)が来る前に」

「えっ……誰が?」


 そのとき――


「グリン」

 クロウェアが、ふと部屋の一点を見つめて口を開く。


「もう来てるわよ」


 その直後――


 轟音。


 衝撃が家を揺らした。

 窓ガラスが割れ、棚のグラスが落ちて砕ける音が、家中に響き渡る。


「……っ!」


 俺は慌てて廊下を駆け抜けて、音の聞こえてきた玄関へ向かう。


 たどり着いた先で目にしたのは、瓦礫と化した玄関だった。

 正面の扉は跡形もなく吹き飛び、門までまとめて更地になっている。


 俺の家の――玄関が、消えた。


 その瓦礫の向こうから、徒党を組んだ連中が現れる。

 カナリアを絡んでいた、あの冒険者二人組が先頭だ。後ろにはその仲間らしき男たち。


「おいおい、ずいぶんと風通しが良くなったじゃねぇか?」

「さっさとあの女を出せよ。俺たち、遠慮なく家ごと吹き飛ばすつもりだからよ」


 背後でクロウェアが感心したように口を開く。


「……随分と派手にやったね」

「ああ。魔素抜きで時間がかかるって言ってたが……一日で十分だったな」


 壊されたのは家だけじゃない。

 昔の記憶と、少しだけ落ち着きかけていた暮らし。

 全部、まとめて踏みにじられた気がした。

 

 怒りが爆発する。血が沸騰し、思考が冴え渡る。

 理性がぎりぎりで鎖を握っている――が、もう限界だ。


「人の家、壊しといて――」


 俺は飛び出した。


 先頭の男に一気に間合いを詰め、拳を振り抜く。

 顎が砕け、歯が宙に飛び散る。そのまま奴の身体は地面に叩きつけられた。


「っぶ……へぇっ!?」


 倒れ伏す相棒を見て、もう一人が青ざめた顔で叫ぶ。


「あ、相棒!? て、てめぇ何しやが――」

「うるせぇッ!」


 続く一撃は鳩尾に突き刺さる。息が漏れ、地面を転げ回る。


「俺は一方的にふるまう連中が、一番嫌いなんだよ……!」


 取り巻きの連中は動けずに立ち尽くしている。何が起こったのか、まだ理解できていない。

 いいぜ――このまま全部ぶっ飛ばしてやる。


 ――結果、連中は全員、地面に沈んだ。


 何人かは手足が明後日の方向に曲がっていたが、仕方ない。

 人の家を壊しておいて、無傷で帰れると思うなよ。


「派手にやったね」

 クロウェアが背後からひょっこり顔を出す。


「あぁ、悪い。気が立ってんだ」


 怒りの余韻を吐き出すように、大きく息をつく。


「なかなか速かったよ、グリン。でも――」

「うるせぇよ。お前と比べんな、バケモン」


 クロウェアは楽しげに肩をすくめると、すぐに真面目な顔になる。


「で、どうするの? この先」

「奴らの口から、裏に闇金がいたって聞いた。こいつらはただの用心棒だ」


「……闇金」

「ああ。書類も契約もない。代わりにあるのは“口約束”と暴力。利息は日ごとに膨れあがり、返済が遅れればまずは脅し、それでもダメなら……“家族や居場所”に手を出す。カナリアは、そんな連中と取引してたんだ。」」


 だが、これで状況が変わった。

 裏稼業の連中には、話し合いなんて通じない。なら――こちらも、手段を選ぶ必要はない。


「やるしかねぇだろ。俺ん家の修理代も回収せにゃ割に合わん」

「ふふっ。いいじゃない。楽しそう」


 人の家を吹き飛ばしたんだ。

 報いを受ける覚悟ぐらい、当然あるよな?


「わ、わぁぁ……!」


 騒ぎが収まり始めた頃、カナリアが様子を見にやってきて、玄関の跡地を見て絶句した。


「二人とも、街へ行くぞ」

 そう告げて振り返ると、カナリアが控えめに手を上げる。


「あのー……履いていく靴が、ないんやけど……」


 ――そうだった。


 うちの玄関、吹き飛ばされてたんだったな……。


 §


 闇金業者には敵が多い。

 銀行や街金と違い、正式な金融機関ではない彼らは、表立って集金の催促すらできない。


 ――では、どうするのか?


 力だ。暴力でねじ伏せる。


 俺が殴り込んだそのとき、アジトの奥から怒号が飛ぶ。

「やっちまえッ!」


 クロウェアとカナリアには、事務所の前で人払いを頼んである。

 通行人だけでなく、あのふたりを巻き込まないためでもあった。だが――


 次々と扉から飛び出してくるのは、いかにも荒事慣れした用心棒たち。


「どいつもこいつも中級冒険者クラスかよ……。金持ってやがんな」


 闇金業者とは、人の皮を被った悪魔だ。

 払える者からは絞り、払えない者からは命ごと吸い取る。

 そうして築いた金の力で、奴らは軍隊を養っている。


 ……俺たちの家を襲ったのは、そのほんの一部だったというわけだ。


 感情に任せて突っ込んだが、戦力差は明らか。

 家具の陰に身を隠しつつ、なんとか防戦に回る。幸いにも、混成部隊らしく“本物”はいない。


 だが、どれほど耐えられるか――そう思った矢先、


「なんかよーわからへんけど、うちが突破口開けるわ!」


 背後から、聞き慣れた関西弁が飛び出してきた。


「カナリア!? バカ、下がれッ!」


 その警告も虚しく、カナリアは物陰から姿を現す。


 敵の動きが一瞬止まる。


 その隙を逃さず、彼女は深く息を吸い――


「<偽・竜の咆哮ザ・ハウル>!!」

 

 彼女らしからぬ咆哮が響いた瞬間、世界が震えた。


 肌にまとわりつくような粘ついた感触――いや、違う。

 魔素だ。空気中の魔素が急激に震え、共鳴しながら一斉に爆ぜた。


 それは、音というよりも圧だった。


 咆哮が響いた瞬間、アジト全体が揺れた。

 建物の骨組みがきしみを上げ、窓という窓が割れ、壁がねじれて砕けていく。

 圧縮された空気が広がる衝撃に変わり、全方位を薙ぎ払っていく――そんな魔法だった。


「ぶへぇッ!?」

 衝撃波の中心にいた用心棒たちは、立つことすらできず吹き飛び、数秒後にはアジト全体が瓦礫の山と化していた。

 

 その中心にいたはずのカナリアの足元を境に、コンクリートの壁がめくれ、用心棒たちが一網打尽に転がっている。


「お、お前……」

 俺は声を失った。

 

 さっきまで立っていた建物の半分が、今や瓦礫の山。

 ……いや、これ事務所だけで済んでるか? 隣の建物まで巻き込んでないか?


 何より――

 

「強すぎるだろ、お前!!」


 中級冒険者級がゴロゴロいた連中を、たった一発で。


 なんでこんな奴が、借金漬けなんかになってるんだ……?


「あかん。うち、ちょっとやりすぎてもたか?」


「いや……ちょうどいいくらいだ」

 俺は周囲を見渡しつつ答える。「頭取も冒険者あがりのようだったから、たぶん死んでない。と信じたい」


 死んでたら少し面倒だが――別に困らん。


 すると、事務所の入り口からクロウェアがひょこっと顔を覗かせた。


「終わった? ずいぶんと派手だったね」

「ああ。てか、もう俺の出番なかったな」


 俺は瓦礫の山へと足を踏み入れる。

 カナリアも一緒にがれきをどけてくれる。クロウェア? 唯一残ったソファにふんぞり返ってこっち見てる。


 数分後、ようやく頭取らしき男を発見した。

 ボロボロではあるが、生きてる。ラッキーだな。


「いたいた。悪運は強いみたいだな……」


 倒れた男の襟をつかみ、無理やり引き起こす。息はある。目も開いた。


「……聞こえるか? お前が頭取か」

「っ……ああ……誰だてめぇ……」


「この家を壊した件、忘れるなよ」

 俺は冷たく言い放つ。「お前が雇った用心棒、今じゃ全員、瓦礫の下だ」


 頭取が顔をしかめる。痛みと恐怖とで、抵抗する余裕はない。


「カナリア」

 振り返って、彼女に言う。

「お前の借金、こいつから直接話をつけられそうだ」

「えっ!? ほんま!? ほんまに言うてん!?」


 カナリアの顔が一気に明るくなる。


「――もちろん無料ってわけにはいかないがな」


 ニッと笑い返すと、後ろから声が飛んできた。


「グリンのえっち」

 クロウェアがジト目でにやけながら茶化してくる。


 それを聞いたカナリアは、

「うぅ……ぐすん。こんなところで、うちは純潔を……」

 よよよと目じりを抑えて泣き崩れる。


「大丈夫、カナリア。私が守ってあげるから……!」


 クロウェアが芝居がかった口調で手を差し伸べる。


「クロ……!」

「カナリア……!」


 抱き合う二人。


 ――何この茶番。


「おい、ムッツリすけべ。勝手に話を進めるな。クロウェアもふざけんな」


 俺の言葉に、カナリアが自分を指さし、「……うち?」と驚く。


「ああ。お前以外に誰がいるんだよ」


 衝撃を受けたような顔をするカナリアに、少し笑ってしまいそうになる。


 感情表現が豊かで、人間らしい。

 友達にいたらきっと楽しいだろう。恋人には……少し慎重になるが。


 そして俺は、彼女に向かって手を差し出す。


「――俺の仲間になれ」


 怪物には、怪物をぶつける。

 カナリアは、俺たちがこれから挑む“あの迷宮”に必要な存在だ。


「仲間って……性的な関係含むん?」

「お前ほんとに娼婦じゃないよな?」


 ――顔を赤くするな! こっちが恥ずかしい!


 クロウェアはくすくすと笑い、俺を見てからカナリアに向き直る。


「カナリア、これはあなたにとっても悪くない話よ。借金は消えるし、住むところがなければうちに住めばいい。ご飯にも困らないし、ミルク入りの珈琲も毎朝飲めるわ――ね、グリン?」


 ――わかっててやってるな、こいつ。


 それを口に出そうとした瞬間――

「なる! うち、仲間になる!」


 ――話、早っ。

 

「……もう少し悩むと思ってたぞ」

「うち、もう悩む余裕ないねん」


 それにしても、目的も聞かずに仲間になって大丈夫か?――一瞬だけ、そう思った。


 だが、そんな俺の疑問を見透かしたかのように、カナリアがぽつりと呟いた。

「……目的とか、聞いても多分、うちには関係ないねん。ここで生きられるなら、それでええから」


 その投げやりにも聞こえる声に、どこか切実さが滲んでいた。


 ――それはそれとして、これから毎日ミルクが必要になるのか。

 まあ、実力者を仲間にするには安い買い物だ。

 とりあえず――冷蔵庫を直すところから始めるか……。

 

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