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冒険したくない冒険者の冒険  作者: 0
1章 暁に輝く星々
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007話 誰かに似た笑顔


 二人の男に絡まれていた女性を、そのまま俺たちの乗合馬車に乗せ、自宅へと連れて帰ることになった。

 郵便物が溢れかえるポストを横目に、三人で玄関をくぐる。


「ごめんな、お邪魔するわ」

「気にしないで。自分の家だと思ってくつろいで。私はクロウェア」


 ――お前が言うな。お前も居候だろ。


 だがまあ、こういう状況で男一人じゃなかったのは不幸中の幸いか。

 他人に見られたとき、誤解されずに済む。クロウェアの存在がいい緩衝材になってくれた。

 ……もっとも、そのクロウェアが俺を巻き込んだ張本人であることを思えば、どっこいどっこいだが。


「俺はグリン。乗りかかった船ってやつだ。言える範囲で、何があったか話してくれるか?」

「えっと――」


 女性はカナリアと名乗った。

 吟遊詩人のような活動で生計を立てていたらしいが、ある日を境にあの二人組に付きまとわれるようになったという。


 ドア越しの薄明かりの中でも、鮮やかな黄色い髪と透き通った瞳はやけに印象に残った。

 細身の体だが、出るところはしっかり出ていて、服装もそれを強調するような露出の多いものだった。

 丈の短いホルターネックは下着に近く、腰に巻いたパレオの下からは素足が透けて見える。さらに、浅めのローライズパンツまで履いていて、どう見ても下着にしか見えない。


 男たちの肩を持つ気はない。ないが……あの格好で通りを歩けば、誤解されても仕方がないとも思ってしまう。

 失礼を承知で言えば、娼婦と間違われても不思議ではない。


「うちは、そういう仕事してへんし……。経験もないし……」

「大丈夫よ、カナリア。悪いのは男の方だから」


 クロウェアが成長途上の美少女だとすれば、カナリアは完成された美女といったところか。


「ねえ、グリンもそう思うでしょ?」

「え、あ、あぁ……そうだな」


 ――ぜんっぜん聞いてなかった。

 とりあえず背筋を伸ばして頷くが、なぜかクロウェアの目が冷たい。視線が痛い。


 気づかないふりをして話題を変える。

「カナリアは、この町に来たばかりか?」

「あ、やっぱわかる?」

「その喋り方じゃな。かなり強い訛りだ」


 この地方の人間ではないのは一目瞭然だ。

 むしろ、かなり遠くの出身なのではないか。


「そうなん? うち、クロウェアみたいに上品に喋れたらええのになぁ」


 思わず吹き出しそうになる。


「上品? こいつが?」

「ぶっ飛ばされたいの?」

「うん最高。クロウェア、まじ素敵」


 やばい、目がマジだ。

 俺は即座に手のひらを返した。


 前回からかいすぎてドロップキックされた前科がある。次は何が飛んでくるか分かったもんじゃない。


「いいじゃない、個性があって。私は好きよ、カナリアの喋り方」

「ほんまに?」

「本当よ。ほら、こっちおいで」


 立ち上がったクロウェアは、カナリアが座るソファの背後に回り、優しく彼女を抱きしめた。

 こうして見ると、クロウェアは見た目以上に落ち着いていて、大人びているように見える。


「なあ、クロウェアの――あ、クロって呼んでええ?」

「もちろん」

「クロって、大人っぽいなあ」


 どうやら、カナリアも俺と同じことを思っていたらしい。


 クロウェアは人差し指を唇に当て、しなやかに言う。

「大人っぽいんじゃなくて、私は大人なの」


 流し目を俺とカナリアに向けてくる。


「そ、そそそれって……!」

 カナリアは顔を真っ赤に染めて、たじたじになっていた。


「あら、グリンももう大人になったの?」

「想像にお任せするよ」


 肩をすくめてお茶を濁す。

 この手の話題には深入りしないのが得策だ。


 ……のに、カナリアはというと、

「そ、想像に任せるやなんて……」

 顔を両手で覆って一人で赤面している。


 ――こいつ、経験がないだけで、けっこうムッツリなんじゃないか……?


 そんなことを思っていた矢先、カナリアがふと思い出したように言った。


「そういやな、うち、見たことあるかもしれん。グリンとクロ、前に魔法協会で」

「……魔法協会?」


 俺とクロウェアは視線を交わす。


「うん。たしかちょっと前。うち、仕事探しに協会行ったときや。共有部でえらい騒ぎが起きててな……」


 言いながら、じっと俺の顔を覗き込む。

 ――思い出したかのように、ぱっと目を見開く。


「あれって、グリンやったんちゃう? 誰かと怒鳴り合いしてて、最後殴り合いになってた……」

「あー……ああ、あれか」


 あの日のことが思い返される。

 俺の病気――探索病を揶揄してきたクソ禿げた冒険者にカチンときた……いや、正確には、クロウェアが言い返したのが火種だった。


『ハゲは髪もなければ、忍耐力もないの?』


 完全に喧嘩を売ってた。

 その後、顔を真っ赤に染めた禿頭の冒険者がクロウェアに手をあげ、それを遮る形で殴り合いになったわけだ。


「そうそう、なんか、横にいた女の子がハゲって言って、それで大騒ぎに……」

「なにかしら? 私は事実を述べただけよ?」


 こいつ、ぜんっぜん反省してねぇ。


 カナリアはというと、苦笑まじりに俺とクロウェアを交互に見ている。


「そんとき、うちは窓口で手続き待っててんけどな。あんまりにも目立つ喧嘩やったから、よう覚えとるんよ。クロの見た目も派手やし、グリンの喧嘩相手も怒鳴っとったし」

「いや、俺は巻き込まれただけだ」

「……でも、グリンもいっぱい殴り返してたやんな?」

「……ああ、まあ、そうだったな」


 結局、止めに入るギルド職員たちに説教されて、その場はおさまったが……今思い返しても、ろくな記憶じゃない。


「でもな、今日声かけてもろて、ちょっと安心したんよ。あのときの人やし、逆に変な人ではないんかなって思って」

「変な人じゃない……か?」

「いや、だいぶ変よ」

 すかさずクロウェアがぶった切る。

「いやいや、それお前のせいだろ!? あのハゲいじりがなけりゃ、そもそも――」

「だって、ハゲてたもの」


 俺が無言でクロウェアの口を押さえにかかると、カナリアがくすくす笑い出す。


「……あかん、クロってええキャラしてるわ。うち、好きかも」

「光栄だわ。あなたの喋り方も、私はけっこう好きよ?」


 ――なんだか、どっちも自由すぎる。


「とりあえず、今日はゆっくりしてくれ。明日以降のことは、また考えよう」

「うん、ありがとう、グリン。クロも……ほんま、助かったわ」


 そう言って深く頭を下げたカナリアは、見た目よりもずっと素直で、人懐っこい性格をしているようだった。

 面倒な出会いではあったが――悪い出会いじゃなかった、のかもしれない。


 ソファに沈み込むカナリアの横で、クロウェアが小さく笑った。

 少しだけ、部屋があたたかくなった気がした。


 §


 カナリアを保護した翌朝。


 早起きした俺は、ひとり珈琲を片手に、久々に穏やかな朝を迎えていた。

 クロウェアのキスによって発作の心配がなくなり、自然と酒を控えるようになってから、目覚めが良くなった気がする。


 だが、階上が騒がしい。


『クロ、あかんって!』


 二階の寝室はクロウェアとカナリアに与えてある。かつてのパーティー時代の名残で、客室がそのまま使えて便利だった。


『あーもう、待ってーや!』


 階段を駆け降りてきた足音が近づいたかと思うと――

 次の瞬間、俺は口に含んでいた珈琲を盛大に噴き出した。


 扉の先に現れたのは、真っ裸のクロウェア。

 その後を、彼女の部屋着らしき服を抱えて、寝間着姿のカナリアが慌てて追いかけていた。


 カナリアの寝間着も乱れていて、下着がチラチラと覗いている。

 谷間からは、豊かな双丘の先端が見えてしまいそうで――いや、見えてる。アウトだ。


「お前ッ、また裸か! 服を着ろ、今すぐに!」


 そういえば、前も裸だった気がする。

 地上に出て宿に泊まっていた頃は、もう少し慎みがあったはずなのに、この家に住み始めてからというもの、まるで裸族だ。


「うちもさっきから言うてんねんけど、聞かへんねん」


 カナリアが息を切らしつつ、そう言ってクロウェアの肩に服をかける。

 が、当の本人は全く気にする様子もなく、当然のように立ち尽くしていた。


 その美しさには、毎度のことながら目を奪われる。

 ……クロウェアの方は、な。


 カナリアのほうも服装的には大差ないはずだが、なぜかこっちはそこまで心拍数が上がらない。

 まあ、朝の混乱のせいだろう。たぶん。


「カナリア。お前もその……」

「あっ……!」


 彼女自身も、はっとして身をかがめる。が、谷間もヘソも丸見えのままだ。

 朝から心臓に悪い……いや、疲れるだけかもしれん。


「自分の家にいるのに、面倒くさいわね」

「お前の家じゃないだろ。せめて慎みを持て」

「せやで、体は大事にせんと」


 なんとかカナリアがクロウェアに服を着せた後、彼女自身も自室へと着替えに戻っていった。

 ……と思いきや、数分後、胸元のボタンだけ留めた状態で出てきた。


 上乳も下乳も顔を出し、ヘソは完全に露出。

 お前、それもうシャツじゃなくて布だぞ。


「服貸してもろたんはええんやけどな、ちょっと胸元が窮屈やな。下もちょっと暑いし、丈短いのないん?」

 などと、パンツの両脇を引っ張りながら文句を垂れている。


「知らん。衣装棚になければない。あるとすれば……クロウェアの借りてる部屋の衣装棚か」

「そーいや、そっちもあったな。ありがとう、ちょっと見てくるわ!」


 どんどん露出が増えていく気がしてならない。

 もともとその部屋の持ち主は上流階級の出で、今のカナリアが求めているような涼しげな格好はなさそうだが……。


「グリンの鼻の下が伸びてる」

「……どっちの件で言ってんだ?」


 苦笑しながら返す。

 よくわからんが、朝から疲れる光景だ。


 砂糖をこれでもかと入れて、クロウェアは珈琲をすすっている。


 しばらくしてカナリアが戻ってきた――水着姿で。


 もう何も言いたくない。


「いやー、棚の奥にええのあったわ」

「……本気か」

「いいじゃない。私は好きよ」

「ほんまに? おおきに!」


 満面の笑顔でクロウェアに礼を言うカナリア。

 その屈託のなさが腹立たしいやら、眩しいやら。


「今から朝食作る。珈琲でも飲んで待ってろ」

「わぁ、珈琲なんて久しぶりやわ。嗜好品なんてなかなか口にできんし」

「砂糖もあるわよ」

「ミルクは? ……ミルクはあらへんの?」


 カナリアの期待に弾んだその声に俺は、

「……ない。保存が面倒でな」


 昔使っていた魔道冷蔵庫はとっくに壊れて、今はただの棚だ。


「そっか、そうやんな。いや、ええんよ」


 しょんぼりと肩を落とすカナリアを見て、妙な罪悪感に襲われる。

 クロウェアが責めるような目を寄越してくるので、俺は溜息をついて答えた。


「……分かった。街へ出るときに買ってくるよ」

「ほんまに? なんか悪いな! ありがと!」


 パァッと花が咲いたような笑顔。

 ……ずるい。あれはずるい。


 朝食も「おいしいおいしい」と言いながら夢中で食べてくれた。

 洗い物も率先して手伝ってくれるし、誰かさんとは大違いだ。


「何か言ったー?」

「いや、何もー」


 洗濯も終わり、中庭に洗濯物を干していると、ふと思い出す。


「なあ、カナリア。お前、家には帰らなくていいのか?」


 いつの間にか当然のように居座っているが、そもそも俺は泊めると正式に言った覚えはない。


 リビングに戻ると、俺の問いにカナリアは視線を逸らし、口を濁した。


「実は……泊まってた宿、追い出されてしもて」

「どうして?」

「その、銭の問題で……」


 指でわっかを作る仕草が、なんとも分かりやすい。

 要するに、金欠だ。


「なんとなく、話が見えてきたな……」


 吟遊詩人といっても、街で適当に歌ってるだけじゃ金にはならない。

 となると――


「上京してきたはいいが、職にもつけず。吟遊詩人を名乗ってみたが、詩も吟じられず、その日暮らしで食いつないで、金が尽き――」

「ち、ちゃうねん! ちゃんと頑張ってたんやってば!」


 必死で否定する姿が、逆に怪しさを増している。


 カナリアの視線が泳いでいる。

 無理に笑ってみせようとしてるが、声がわずかに震えていた。


 そのくせ、嘘をついているような後ろめたさは薄い。

 どちらかといえば――言い出すきっかけを失っている、そんなふうに見えた。


「カナリア」

「は、はい」


 俺は真っ直ぐに彼女を見据えて言った。


「お前、あの冒険者たちに金、借りてたろ」

「…………はぃ」


 あぁ、もう……最悪だ。



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それが、明日も物語を書き続ける力になります。

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