向き合う時間
今回他の色々な作者様の作品を見させて頂きながら、書き方や表現の仕方を参考に書いてみました
4章目ですね
友人が大まかなストーリーを考え、自分が書いております
どこまでやりきれるか分かりませんがよろいくお願い致します。
第四章
向き合う時間
過去と向き合うのは、どれほど大変なことなのだろう。
正直に言えばーー辛すぎて、記憶が曖昧になっている部分がある。
いや、最初は忘れたくなかった。
忘れてはいけない出来事だった。むしろ、忘れてはいけない出来事だと思った。
だが人は、そういった過去を思い返すたびに、自分で自分の首を絞めているような
息苦しさ、生きづらさ、失望感、そして、どうしようもない孤独感。
そのうちに考えることや、思い出すこと事自体をーー自然とやめてしまうのかもしれない。
"時間が解決してくれるから"
誰が言ったかも思い出せない。そんな無責任な言葉。
もし本当に時間が全てを解決してくれてるのだとしたらーー
俺はきっと、今頃もっと前を向けていたはずだ。
けれど、本当に時間がすべてを解決してくれるのなら、
どうして今もこうして、心がざわつくのだろう。
どうして、あの事故の記事を探しに行くだけで、
胸の奥がきしむように痛むのだろう。
時間は、確かに過去を遠ざけてくれる。
でもそれは、あの日の悲しみや喪失を「なかったこと」にしてくれるわけじゃない。
ただ、輪郭をぼかし、声を遠ざけ、匂いや温度を鈍らせるだけだ。
思い出したくないわけじゃない。
むしろ、ちゃんと覚えていたい。
彼女の声も、笑顔も、触れた温もりも。
忘れるなんて、できるわけがない。
だからこそ、俺は彼女が吸っていたキャスター1mmに火をつけるんだ。
でも、向き合うたびに、自分が壊れてしまいそうになる。
だから、避けてきた。言い訳をして、逃げてきた。
そんな自分に、今日こそは区切りをつける時だろうか。
三枝さんが無理にでも俺に同行させることを、正直、少し救われている。
何かにすがりたくて、でも誰にも頼れなかったこの数年間。
ようやく、少しだけ前を向ける時が来るのだろうか。
あの事故の記録を見ることで、
過去のすべてが変わるわけではない。
それでもーー何かが変わる、そんな気がしている。
「相変わらず無理やり家に来ますね.....」
助手席に乗り込んだ俺がぼそりと漏らすと、運転席の彼女は笑いながら言った。
「うるさい、お前そうでもしないと絶対一緒に来ないだろ?」
まぁ、その通りである
「資料館に行く前に、お前に少し話さなきゃ行けないことがある。.....まぁ今日は車だ、車内でゆっくり話そう。」
「....はあ」
思わずため息混じりの声が漏れる
話って、なんだ。
ついに俺の首が飛ぶ時なのか?ーーいや、流石にそれはないか。
でも、この人がこうして真剣な顔をして何かを切り出すときは、
だいたい、ただ事じゃないことが多い。
車が静かに走り出した。
車内には、一定のリズムで流れるエンジン音だけが残っていた。
外の景色は陽射しに照らされ、柔らかく色づいている。
けれど、この車の中だけは別の時間が流れていた。
「……話さなきゃいけないことがあるんだ」
ハンドルを握る三枝さんが、視線を前に向けたままそう言った。
「……はい?」
「昔――まだ私が事件を追って、まもない頃の話。今みたいに“稲妻”の事件が大きく膨れ上がる前。あの現象が、ようやく形になりはじめてた時期だった。私は……一人で、それを追ってた」
俺は思わず彼女の横顔を見た。
「……それって、まさか」
「あの事故の現場。お前の奥さんの事故現場――私が、初めてお前と会った場所だよ」
息を飲んだ。あの日の景色が、脳裏に蘇る。
「本当は、あの現場に偶然居合わせたわけじゃなかったんだ。あの近くで、“稲妻”が現れるという情報が入って……私は確認しに行ってたんだよ。半信半疑だった。でも……私は、見た。あの“光”を。空も晴れてた。雷なんてありえなかったのに、まるで地面に突き刺さるように、何かが落ちてきた。そう見えたんだ、逆走してきた車と、衝突するーーほんのわずか一瞬だった」
彼女の声がわずかに震えていた。普段は冷静な人なのに。
「前に神職が言っていたように、晴れていた空がオレンジ色の光に包まれ、そうーーまるで息を呑むほど美しい夕焼けのようだった。そしてその直後――君の奥さんが乗っていた車が炎に包まれ、崩れていく。私は……何もできなかった」
俺は言葉を失っていた。
「……じゃあ、あのとき、俺に声をかけてきたのも……」
「そうだ。事故が“偶然”とは思えなかった。あの“稲妻”を見たあとだったから。何かあるって直感した。だから……お前と一緒に、真相を追いたいって思ったんだよ。あの時、お前が何も言わずに、ただ呆然と立ち尽くしてた顔が、その後ーー現実を受け止めきれず泣き崩れて失望していたお前の顔が、今も忘れられない」
しばらく、車内は沈黙に包まれた。
そして、三枝さんは続けた。
「……言えなかったんだ、ずっと。言おうとしたこともあった。でも、奥さんを失った直後のお前に、そんな話はできなかった。私自身、自分が見たものに確信が持てなかったし……ただ逃げてただけかもしれない」
「……つまり」
「お前の奥さんと、お腹の中の子どもの死――それは、単なる事故じゃなかったかもしれない。誰かが引き起こした、明確な“意思”が介在していた可能性があるんだ」
心臓が、止まったような感覚だった。
奥の方で、何かが音を立てて崩れていく。
「……今日はその記録を確かめに行こう。資料館には、あの日の事故の記録が残ってるはずだから」
車はまっすぐに、静かに進んでいた。
この先にあるのは、過去。
そして、俺が気にかかっているい"違和感"の答えだろうか。
だが今はーー三枝さんが何年もこの事実を隠していたことに苛立ちを覚えた。
「……ふざけんなよ」
俺の口から出た声は、自分でも驚くほど低く、重かった。
それまで沈黙していた怒りが、不意に口をついて出た。
「今さらそんなこと言って……なんで、あの時に話さなかったんすか」
視線は前を向いたままだったが、声の棘は隠しきれなかった。
ずっと冷静で、現実主義者で、非科学的な話なんか絶対に信じないと思っていた人間から、
“稲妻を見た”なんて言われて――しかも、それを何年も黙っていたなんて。
「言えるわけ、なかった」
三枝さんは、まるでそれを予想していたかのように淡々と返した。
怒鳴り返すでもなく、謝るわけでもなく、ただ静かに。
「当時の私が言ったところで、高木...お前は信じただろうか? ……それに、信じられるほどの確証もなかった。私自身、自分が見たものが何だったのか――今でも説明はできない」
「....なんで隠したんすか」
「……怖かったんだよ。お前にとって、あの事故は絶望だった。奥さんを、子どもを失った直後のお前に、“あれは普通の事故じゃなかったかもしれない”なんて言えるほど、私も強くなかった」
信じたくない気持ちと、信じざるを得ない現実。
その狭間で、俺の中で何かがぶつかり合っていた。
「……でも、黙っていたこと、ずっと後悔してたんだよ。
心のどこかに、ずっと引っかかってたんだ。
自分が見たものから目を背けて、お前にも背を向けて……そんな自分に、私はずっと苛立ってた」
そう言った彼女の声音には、ほんのわずかに痛みがにじんでいた。
俺は窓の外に目をやった。視界の端で、木々の影がゆっくり流れていく。
しばらくして、ぽつりと呟くように言った。
「……あの時、俺は遺体を見れてなかったんです」
「だろうな」
「気が動転してたのもあるんですけど、警察が現場を封鎖して、すぐに連れて行かれて……気づいたら、全部終わってたんすよ」
「……なあ、あの時」
三枝さんの声が、ほんの少し低くなる。
「警察、来るの早すぎなかったか?」
「……え?」
「通報してから来るまでの時間、どう考えてもおかしかった。私は近くで見てたから、通報された直後から現場が騒がしくなるまでの時間……異様に短かったんだ。まるで、誰かが最初から“起きること”を知っていて、待機してたみたいに」
胸の奥が、冷たい何かに掴まれたような感覚がした。
「……遺体のことだけど。警察の記録では、“身元確認済み”になってた。でも……私も、はっきりとは見てない。
現場にあったはずの遺体が、搬送されるところを私は目にしていない」
「それって……つまり……」
「もしかすると、事故の瞬間に“消滅”したのかもしれない。あるいは、誰かによって運ばれた。……でも、それが誰で、何のためにかは、まだわからない」
鼓動が速くなる。
言葉では整理できない何かが、胸の内でぐるぐると渦を巻いていた。
三枝さんは静かに続けた。
「だから、今日は確かめに行く。あの日、何が起きたのか。
何が“事実”で、何が“作られた情報”なのか――資料館に、その手がかりが残っているかもしれない」
車は、目的地に向かって静かに走っていた。
俺たちが置き去りにしてきた過去へと、確かに向かっていた。
ーー資料館は、町の外れにひっそりと建っていた。
古びた外観に似合わず、建物の中はよく整備され、ひんやりとした空気が漂っている。天井の高いロビーを抜け、二人は無言のまま資料室へと向かった。
通されたのは、閲覧室の奥、関係者用の小さな記録保管室だった。
ガラス張りの棚に並ぶファイルたち。その無機質な背表紙の羅列が、どこか人の記憶そのもののようにも見えた。
「三枝さん...こんな貴重な場所、どんなコネで入ったんですか...」
俺が小声でそう聞くと
「ん?使えるものは全部使うんだよ」
その軽さに、一瞬だけ肩の力が抜けた。
本当に、この人は何者なんだろうか.....。
三枝さんが言った情報をもとに保管番号を確認し、棚から数冊の資料を取り出す。
その手つきは迷いなく、けれど静かだった。
どれだけ時間が過ぎただろうか
ファイルの山が、二人の間に静かに積み上がっていく。
記録を一つ、また一つと開いては閉じるたびに、ため息が小さく落ちた。
「……ないっすね」
俺が呟くと、三枝さんも小さく首を振った。
「証言はちらほらありますけど。でも全部、決定打に欠けてます。稲妻を見たって人は数名いますけど、それが直接事故に関係してるとは言い切れないし、あの"稲妻"とは思えない記述ばかり」
「写真資料も多いけど、どれも現場の全景か、焼けた車体の外観ばかり。……肝心な部分が、ない」
時折、時計の針が動く音だけが静寂の中に響いていた。
周囲に人影はなく、薄暗い照明の下、二人の指先だけが絶えず紙をめくる音を立てていた。
「……変だよな。これだけ情報があるのに、何かが引っかかってる。肝心なところだけが、ぽっかり抜けてるような……」
「作為的なものを感じる。意図的に、何かが除かれてる気がする」
三枝さんの声には、普段にはない焦燥がにじんでいた。
あの冷静沈着な彼女が、ファイルのページをめくる手を何度も止め、眉間に皺を寄せる姿に、俺も黙っていられなくなった。
「……まさか、本当に“証拠隠し”なんじゃないっすか...? 最初から、何かを隠すための事故だったとか……」
「そう思わせるには、十分すぎるほどの違和感があるっすよ。でも、それを裏付ける“証拠”が、今は何一つ見つからない。……このままじゃ、ただの妄想ですよ」
資料室の空気が、じわじわと重くなっていく。
時計の針がまた一つ音を立てるたびに、焦りと苛立ちが胸を締めつける。
「どこかにあるはずですよね。....ただ死んだなんて、ここまで来たら納得できるわけがないんですから」
声が震えていた。
三枝さんはその言葉に、黙ってファイルを一冊閉じた。そして、深く息を吐いた。
「……ごめん、焦らせた。私も、冷静でいられてない」
「……珍しいっすね、三枝さんが焦るとか...」
「そりゃ、そうでしょ。ずっと抱えてたことをようやく話して……なのに、何も見つからなかったら、私、ただの嘘つきじゃん」
その言葉に何も言えなかった
「……でも、なんで。こんなに探してるのに、何も……」
積まれたファイルの山。そのすべてに目を通してきたつもりだった。
けれど、決定的な一枚、明確な“違和感の証拠”は、どこにも見つからない。
時間が、じりじりと過ぎていく。
紙の匂いと、記録の冷たさが、二人の感情を削っていく。
「……もう少し粘ってみよう。どんなに小さなものでもいい。違和感でも、不自然さでも、何か残ってるはずだから」
三枝さんはそう言って、新たなファイルを取り上げた。
俺も黙って、隣の山に手を伸ばす。
この沈黙の中に、諦めきれない思いがあった。
探し続けるしかなかった。
だがその努力も虚しく....
「はぁぁぁぁああああああああああ……」
静かな資料館の裏庭に、大げさなため息が響いた。
ベンチに腰掛ける三枝さんは、缶コーヒーを手にしたまま、ぐったりと背もたれに身を預けている。
目の前では風に揺れる草木が、少しだけ季節の移ろいを教えてくれていた。
「……すごいため息っすね」
俺は自販機で買ったばかりの缶コーヒーを口に運びながら、呆れ混じりに呟いた。
片手ではキャスター1mmに火をつけ、細く煙を吐き出す。
三枝さんは無言のまま、目を細めた。
そして、ぽつりと呟く。
「私……嘘つきで最低じゃんね……」
その言葉に、思わず顔を向けた。
普段は強気で、誰より冷静な三枝さん。
そんな彼女からこぼれた弱音に、俺は少し言葉を失った。
驚いた表情をしている俺に気づいたのか、彼女は自嘲するように笑った。
「いやぁ……さあ……あんだけ息巻いてさ、
“さぁ! 過去と向き合う時が来た〜!”……とか言ってたくせに、
結局、なんにも分からず仕舞い」
もう一度、先ほどよりも静かなため息が、喉奥から漏れ出す。
「私って……だっせぇ〜……」
缶コーヒーの冷たさが、なんだかやけに手に馴染んでいた。
俺は火のついた煙草を軽く灰皿に叩きながら、彼女の横顔を見る。
いつも前を向いているはずの人が、今はほんの少しだけ、うつむいていた。
だが、それだけでーー今日という日は少し意味を持った気がした。
「お前、それ……やめねぇの?」
彼女の目は、俺の咥えていたタバコに向けられていた。
だが、煙たがっているわけではない。その細めた目に、そんな色はなかった。
この煙草を俺がなぜ吸うのか――それを知っている目だった。
「……まぁ、そうっすね。しばらくは……やめないっすかね」
苦笑まじりにそう答えると、三枝さんは空を仰ぎ見た。
「私はな、今日でそいつとおさらばさせてやれると思ったんだよ……」
ぽつりと、独り言のように呟く。
「――ほら、無理にやめさせても意味ないだろ?
奥さんとの思い出に区切りがつけば、自然とやめると思ったんだよ」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
この人は、どこまで俺を気にかけてくれているんだろうか。
事故のことを、ずっと黙っていたのを許したわけじゃない。
けれど――そういうところを、俺は嫌いになれない。
ムカつくけど、一緒にいる。
そう思いながら、夕焼けに染まる空を、ただ静かに見上げた
「奥さん、吸ってたんだろ?それ」
「覚えてたんすね...」
「お前が説明してきたんだろうがっ」
細めていた目を開き、三枝さんは眉を寄せた。
これだ。
この人は、こうでなくちゃ。
そんなことを思いながら、俺は少しだけ笑った。
「手放せないっすよね……簡単には。
唯一、残ってる匂いですから」
「……きもぉ」
そう言って眉をしかめる三枝さんに、俺も冗談で返した。
ふたりの間に、ゆっくりとした空気が流れる。
何も得られなかった今日という時間を、まるで帳消しにするように、俺たちはたわいもない話を続けた。
キャスター・ワンミリ。
唯一、残されたもの。
亡くなった妻が、生前吸っていたタバコだ。
俺が今、唯一縋っていられるもの。
それがこの一本だった。
この話は、きっと長い話になる。
夢なんかじゃ終わらないほどに――
長く、深く、そして厄介な物語だ。