第九話 彼を苦しめた魔女を探そう
朝食をシャルルと摂っていた時間帯のことでした。
シャルルにマナーをたたき込んでいると、ディランがどたばたと足音を乱暴にたてて食事の間へとやってきた。
ディランは青ざめた顔で、机の上に羊皮紙の巻物を数本並べる。
シャルルがスープまみれの手で、一つを掴んで読めば目が細まる。
あたくしも失礼して一つ掴んで読んでみると、目が見開くのを自覚する。
「オニキスの国の敵討ちですって?」
「同盟国ですからね! この国もこの国もこの国も、全部我が国へ宣戦布告されてます!」
「どの国もオニキスの国ほどの強さはない」
「……そう、戦争自体はたいしたことじゃないかもしれませんね! 戦闘狂の陛下には!」
「そうだな、世界が敵に回るなら、全部予が倒せば良い。世界を救った俺ならできる」
「そう、できるんです。貴方なら世界征服できる。その意味がわかりますか」
「わからん、なんだ、言え」
「これじゃまるで、貴方が魔王か独裁者扱いだ!!」
ディランは悔しげに拳をだんっとテーブルにたたきつけ、その爪が食い込んだ手から血が滲み流れる。
ガロンもその言葉には目を丸くしてから頬を掻き、唸る。
リリーナも驚いて息を呑んでいる。
あたくしは……羊皮紙を見つめる。
「そんな世の中を、目指すんですか貴方は!」
「ディラン」
「もういい。やめよう、シャルル! 僕らだけで楽しかった時代に戻ろうよ! こんな国捨てて、全部全部放り投げよう!? 君を嫌い陥れる世界なんか!」
「ディラン。落ち着け。姫が落ち込む」
「あ……ご、ごめん、なさい」
「いいのよ。ねえ、ディラン。外交をこの国はしたことある?」
「僕が外交の務めをしてきましたが、三つの国が一つとなって我が国を攻め入るつもりです」
「……なら和平は交渉なさらないの?」
「此方からするものじゃないぞ、ロゼット。俺は勝つ。勝つのにする必要はない」
「泣いちゃうのは貴方の国のひとよ?」
「誰も戦場に出ないから、泣かないさ。この国には結界があるし。戦場と関わるのは、俺とディランとガロンだけだ」
「……そう」
「面白い、全部潰してやる。姫、貴方にはこの国全ての王の首を持ってこよう」
「……シャルル。だめよ。平和の道を探しましょう」
「ロゼット? この三つの国を滅ぼしてはいけないのか。お前の母国はいいのに?」
「……貴方がすすんで、自分から悪者になる必要はないのよ」
「ロゼット。大丈夫だ。みんな、分かってくれるよ」
「シャルル……」
「俺が統治者に相応しいって。みんな幸せにしてあげよう」
もうだめだーーって顔してディランは頭を掻きむしった。
ガロンは何を考えているか分からない顔で、遠くを見ている。
これは、少なくとも。貴方たちの望んだシャルルじゃないのでしょうね。
心を取り戻したら、少しは何かが変わるのかしら。
ディランに合図する、あとで部屋に集合と。
一緒に食事を摂っていたアルティスだけが、楽しそうにこの場を観察していた。
*
ディランと一緒に何故かアルティスまであたくしの部屋に来て、アルティスはずっと地べたに這いつくばり何かを書き込んでいる。
この人が変態なのはいつものことだから放っておいて、ディランに声をかけ、労るとディランはぽろっと涙をこぼした。
「姫様、先ほどはすみませんでした……」
「貴方の気持ちもわかるわ、貴方が知っている彼に戻って欲しいと、思ったのね?」
「僕の知っているシャルルは、平和を愛していました。争いごとが嫌いでした。戦争をすればこの国は確かに絶対的に勝ってしまうんです。それを周りは分かっていない……シャルルは分かっている」
「そうね、だから儲かるだけのボロい商売になってしまうものね。それを貴方はさせたくないのね?」
「あの魔女さえいなければ!! 心のあるシャルルなら、勇者だったシャルルなら、きっとやめようって言ってくれたのに!」
「……わかったわ。ねえ、ディラン。あたくしね、その魔女様を探しに行こうと思ったの」
「姫様!?」
「今のシャルルが嫌いなわけじゃないけれど。今の状態って、ブレーキがない状態でしょう? 無駄に嫌われてほしくないのは、あたくしも一緒よ」
「……ロゼット様。そうだ、そうなんだ、魔女様を、探して。呪いを解いて貰えば……どうして、どうして僕らは思いつかなかったのだろう」
「きっと心が疲弊していたのだろうし、それでも受け入れようとしていた優しさよ。でも、これ以上は世界にとっても彼にとってもよくない、そうよね?」
「……魔女様はどこにいるか分からないですよ」
追い縋るような不安じみた声で祈るように、ディランは俯いた。俯いて服の裾を握りしめ、首を振ったのであたくしはディランの手を両手で握る。
強ばっていて、力んでいて赤みが差している。手の爪が食い込んでいた痕があって、あたくしは痕を摩って労った。
それだけでもディランはふ、と肩の力が少し抜けたよう。
「……だから協力が必要なの。ディラン、シャルルにばれないように、あたくしを旅させて。かならず夜にはこの城に戻れるような、魔法なんてないかしら」
「……作ればできます。任せてください、こんな時のための僕の脳みそです! ロゼット様、ありがとう、ありがとう! そう、そうだ、憎まれるシャルルなんてもう見たくない……!」
「そうね、そして。いつかはこの国を捨てられれば良い」
「……僕は、あなたはてっきり国母になりたいのだと」
「そうねえ、それは魅力的。だけどね、シャルルもあたくしも。きっと、世界の頂点なんて向いていないわ」
「ばれたら陛下に殺されるかもしれませんよ」
「そのときはそのときよ」
あたくしの覚悟に、ぐしぐしと鼻水まで垂らしてディランは感謝をした。




