第八話 両思いだと思ったら手を伸ばしてね
陛下はファーストキスのショックがでかかったのか、ぷりぷりと拗ねてしまい。
結局熱い夜はいつかまたね、になってしまう。
それで少し助かったのかもしれない。
イカれている貴方に、あたくしの身はきっと甘美でしょう?
もっと甘く甘く熟してからのがおいしいはずだわ。貴方にとって。
あたくしにとっても、貴方がおいしくて。最高級の美味しさがわかるくらいのころがよくてよ。
今はまだ貴方の甘みが分かった程度だから。もうちょっとは、時間がほしい。
陛下は「やる・やらない」のモットーと反するので、相当悩んだみたいだったけれど。もっとロマンチックにしたい、だから先に延期するのであってやらないわけではない、と珍しく言い訳してきたので可笑しかった。
たった一人きりの戦場から凱旋してくる以上にロマンチックなことなんてあるのかしら。
あたくしの仇敵の首を落として、閨に飾ってくださったのに。
まあ、よくみると瞑った目の貴方は可愛らしい顔をしているのね、ジェセフィーヌ。
とても愛らしいわね、キスしたくなっちゃう、首だけの哀れな貴方は。
魔法をかけていて、首は腐らないようにしている。
これはあたくしの、お気に入りの宝物だもの。
世界が滅んでも、この首だけは死守するの。
とはいえ、リリーナは普通の女の子だから、リリーナには見えないように内緒の魔法の箱をディランに作って貰って隠しておく。
シャルルは、夜とぎはしないとは言っていたが、賞賛は欲しいのか夜間にあたくしの部屋でお茶を飲む。
精悍な顔つきが少し子供っぽく膨れている。まだ目元が赤い、可愛い人。
リリーナにはもう休息を与え、今夜はあたくしが陛下のお茶係。
ディランには「今夜の陛下は危険ですから、何かあったらあのベルを鳴らしてくださいね」と警告はされている。
大丈夫よ、今夜の猛獣を飼い慣らすくらいできないのなら、あたくしに王妃になる資格はない。陛下と並んでお茶を飲む。
「ロゼット、気に入ったか」
「とても気に召しましたわ。でもそうね、少し付属の宝石がセンスなかったわ」
「そうか、なら取り寄せるか。ルビーにサファイア、何だって持ってこさせよう」
「アメジストがいいです。オニキス様はそれでどうなさるの」
「ディランの洗脳を受けてから国に返す。王位を継ぐ頃には立派な、ディランの傀儡だ」
「まあ。勇者のなさる顔じゃないわ」
「勇者など、向いてなかったんだ」
「どうして」
「感謝はされるけど、みんな助けただけで。便利なだけで。予を好きなわけではないのだ。疑心暗鬼になっていくのに、どうして向いてるといえるか」
「……感謝は好意じゃないの?」
「感謝が感謝に感じられない。ただの、言葉だ。そこの言葉にはなにもない」
「ほんとに狂った人ね。純粋な好意が欲しい? シャルル、純粋な好意ってどんなものだとおもいますの?」
「…………此方からさしださなくても、与えられる暖かさ、だな」
「……それなら、シャルル。貴方はこの城の人からきっとたくさん愛されてるわ」
「……ロゼット。あいつらに、何か言われたのか」
「ううん。それもあるけどね、あたくしも感謝はあるのよ。それでも、言葉だけだ、って信じられない?」
「お前が俺に感謝? あり得ない」
「どうして」
「お前はずっと悲しそうだからだ。あの場から助けて喜ぶお前じゃない」
「……傷ついたことはそうね、悲しかったわ。でも、貴方のお陰であたくしはこの城でみんなに出会えた。それを喜んで感謝するのは、おかしなことかしら?」
シャルルの眼差しが弱く鈍る。
一瞬だけ悲しげに歪んだが、すぐに目の光がぼうっと薄くなり。
どこか人形めいた顔つきに戻る。
心をなくした魔法が発動しているのね。
心を戻した貴方があたくしと話していって、あたくしがどんな人か知ったときに、心を持った貴方は本当にあたくしが良いと仰ってくださるのかしら。
ジョセフィーヌみたいな優しくてか弱い女性を選ばない?
「おかしくはないが。何故だろう。嬉しさも悲しみも怒りもない。やはり、言葉だけに感じる」
「……そう。ねえ、陛下。毎日、こうして夜にお茶の時間を作らない?」
「毎日?」
「お互いを知るのに良い時間でしょう。何でも話してよろしいの」
「……お前のことを好きだ好きだと話すのでもいいのか」
「まあ情熱的。ふふ、構わないわ。でもね、陛下。約束してね。喧嘩したとしても、毎日夜のお茶会だけはするって。おやすみって言いにくるって」
「……わかった。お前の願いだ、叶えよう。だがロゼット、いいのか? 夜間に男を招いても」
シャルルの手元があたくしの顎をくいっと捕らえて、もうすぐキスをしそうな間近まで近づけられ。狂おしいほど人形めいた茫然とした瞳と見つめ合う。
あたくしは微苦笑して、陛下のおでこにキスをする。
「両思いだと確信なさった頃になら、構いませんわ? 閨へ呼んでも」
「……その、問い方は、ずるい」
「貴方は紳士にならなくてはならないの。乱暴な方は嫌よ」
「……野獣は嫌いか」
「公爵令嬢だもの。獣と結婚するつもりもないの」
「……愛情とは、恋とは、ありのままを愛するのではないのか」
「恋とは、相手の形を気に召して。愛情とは相手のでこぼこに沿う形になっていく、ということですわ」
「……よくわからんな。だが、その、お前の形とやらは気に入っている。心のない俺が言うのだから、お前はきっと。特別の女なのだな」
「ふふ、お茶のおかわりいかが?」
「いや、今日はもうよそう。部屋に戻る。おやすみ、ロゼット。願わくば予の夢を見るように。ジョセフィーヌの夢すら許さない」
「……ねえ、陛下」
「なんだ」
「もしも、貴方が。貴方の呪いが解けたら。そのときの貴方には、あたくしがどう見えるのかしらね。名誉のために、母国を攻めさせた女を」
「……決まっている。とても魅力的で、可憐な美女のままだ」
シャルルは立ち上がると、そっとあたくしの肩にそばにあったカーディガンをかけて、姫抱きをすると寝所にはこんで布団をかけた。
頭を撫でて、陛下は微笑む。
「お前は肝が据わっているのに。いつまでも、強がって手を伸ばすのを恐れる女だな。手を伸ばせ、お前から手を伸ばせ。さすれば掴んでやる。離さない」
「できないの。あたくしは、全部自分でできるもの。なんだって、できちゃうの、助けなんていらないの」
「でも寂しいのであろう?」
「……女は寂しいものよ。寂しさの演出が、いい女の条件よ」
「演出できない不器用さが好ましいよ、だが。お前は、お前は俺にだけは自分から手を伸ばせ」
「それが両思いを確信できるとき?」
「そうだな。それが、お前が俺の女になる覚悟ができたときだな。覚悟などなくても、婚姻からは逃してやらぬが」
ふ、と冷笑すれば陛下は甘やかな声でおやすみと再度告げ、部屋を出て行く。
しぃんとして、夜の静けさを部屋は取り戻す。
明かりも陛下が出て行く際に消されていった。
シャルルに手を自分からのばす?
オニキスにもできなかったことなのに?
あたくしは……でもそうね、シャルルにならあげるって決めたのだから。
いつか、手を伸ばせるといい。