第七話 貴方にあたくしをあげる
それはとても可哀想なほど、愉快だった。
哀れむほどに簡単に母国は負け、シャルルはオニキス様を縄で縛り上げた状態で城に凱旋してきた。
パレードにも近しい凱旋に、街の人々は大騒ぎだ。
汚い身なりとなったオニキス様お労しや。
戦は三日で終わり、ガロン曰く相手陣の兵士で生き残ったのは片手で数えるばかりの人数。
みんな本体のない魔道兵に怯え逃げ惑ったのだという。
それも意図してその人数なのだから、すっかり敵国は戦意を喪失したとのこと。
「さあ殿下、感動のご対面だよ。かつて愛された方だろう? 今はうちの王妃予定だが」
凱旋を終えるとオニキス様はあたくしの前に連れ出される。
あたくしは王妃の席へ座っていて、オニキス様と目が合うなり悲鳴があがった。
悲しいわ、去年まではあんなに愛し合っていたじゃない?
いっそ面白い環境を楽しもうと、あたくしはオニキス様に近づいて、扇を使って顔を此方へ向かせた。
「ごきげんよう、ご気分はよろしくて?」
「ま、魔女……魔女め!」
「まあどうして?」
「全部お前が悪いんじゃないか! な、なあ、今なら許してやるから縄を解いてくれないか。ジョセフィーヌのことも許してやるから!」
「一国の王子なのに中身も詰まってないって、珍しいね! 状況も分かってないばかのようだね! いいね、馬鹿って素晴らしいよ、生き延びる確率高そうだもん、天然さで!」
たまたま王座の間に居合わせたアルティスがひゅうと口笛を吹き、何かメモをしている。
アルティスはオニキス様には興味なく、あたくしたちの出方を興味深く見つめていた。
アルティスはリリーナに内緒話のように告げたけれど、声が大きすぎてひびいたわ。
「なんだと貴様!」
「オニキス様、此方の話に集中して。ほんとに今でもあの女が恋しいの?」
「ジョセフィーヌは可哀想なんだ! あの子は俺が守ってやらないと何もできないんだ! お前と違うんだ、何だって出来るおまえとは! お前ときたら、俺が出来ぬこと全部できたではないか!」
「何でも? 陛下は……きっと、あたくしとジョセフィーヌ様が困っていたら、ジョセフィーヌ様を助けるのでしょうね」
「それの何が悪い!? お前は一人でもできる、ジョセフィーヌは誰かいてあげないとだめなんだ! 優しくしてあげないと! 可愛いってしてあげないと!」
「……なるほど、どうしても、もう。戻れないのね」
「戻るつもりがあったのか、ロゼット」
あたくしの言葉に一気に殺意を宿したシャルルに、オニキス様は怯えて目をつむる。
脂汗でいっぱい。
あたくしは肩をすくめて、シャルル様に首を振った。自然と呆れた笑みが出ちゃう。それくらいは許して。
「未練はこれで、すっぱり消えましたわ。いつでも処刑なさって、そのゴミ」
「処刑したいお気持ちはわかるんですけれども! 陛下、賠償金をたんまりと出すから解放してあげてほしいとの文書がきてます」
「和解金か。勝手だな、勝手に攻めてきて、勝手に勘弁してくれと。その男みたいな国だな」
「出来れば示談の方がおすすめです陛下」
「示談? とんでもない、面白いおもちゃだ。ではこうしよう、ロゼットに謝れるようになるまで捕らえ続けていろ。そして、教育してやれ、お前の力で。ディラン」
「……あー、まあ、そういうのは、できます、けど」
ディランは煮え切らない、その態度に苛ついたシャルルがディランの首に剣を当て、凄んだ。
ぴりっとした空気に身が凍りそう。
「やれ。お前の言うことを、察して動いて、足を舐めて命令一つで悦ぶ犬になるくらいに」
「……御意に陛下」
「さて、ロゼット。あの女の首は、後で届けさせよう。あの女の首の前で、熱い夜を過ごそうじゃないか?」
「……戦場にいたの、あの女?」
「いいや、魔道兵を潜入させて捕らえて殺した。泣きわめいてあたしは何も言ってないしか言わんからつまらなかったぞ。面白いもんだよな、守れなかったのに、守れるのは自分だけと言うオニキスどのの言葉は」
「うそだ! 生きている! ジョセフィーヌはお前には殺せない、勇者が人殺しなんてできるわけがない!」
「ふむ、現実が見えぬと。そうか、それならその幸せに浸ったまま教育されるがいい。それくらいの慈悲はくれてやろう」
シャルルは機嫌良く剣をしまい、オニキス様を小突いた。
あたくしは陛下に近づき、手を取る。陛下はきょとんとして無邪気に褒められるのを待っている。
「……陛下」
「なんだロゼット」
「……本当に。兵でもない、市民であるジョセフィーヌ嬢を殺したの?」
「そうだ」
「あたくしのために?」
「そうだ、何が言いたい? お前の目の前のほうが、お好みか?」
あたくしは、シャルルが顔をよせてくると瞳を間近にのぞき込まれて。
その中にあたくししか入っていないのを実感すると……一気にどきどきした。
大きな力を持っている元勇者様。勇者様って善人の代表例みたいな存在じゃない?
そんな方が、一般市民を私怨で暗殺ですって? あたくしのために邪悪になるの?
国のためっていう言い訳もそこにはない。善行のためという義理立てもない。
勇者だった貴方が汚い手を使ってでも、あたくしのためになんでもするなんて。
本気の恋なのね。……熱烈な思いなのね?
本気であたくしが欲しいのね。
――そんなに強い執着になら、少しくらいはあげてやってもいいわ、このあたくしを。
いいわ、あげる。
貴方に狂ってあげる。
「殿下、愛しますわ、あなたのこと」
「……!」
のぞき込んできている陛下にキスを贈る。
女性からキスだなんてはしたないと思われるかしら。
でも、頬を支えてキスをゆっくりして、シャルルを見つめれば。
シャルルは真っ赤な顔で。
(いいわあげる。そんなに切望されて、何もかも捧げてもいいくらいあたくしを望むなら差し上げる。この気持ちは恋なのか分からないけれど、でも)
(あなたのこと、嫌いじゃないわ)
(あたくしのヒーローだもの)
シャルルは真っ赤な顔で、ガロンやディランに顔を向け、唇に触れて、ぽろぽろと泣き出した。
あらやだ乙女みたいな反応。
「……閨でファーストキスがよかったのに……」
それはごめんなさいましね?
アルティスが「うぶなのか大胆なのか分からないね、シャルル様は!」と大笑いして、リリーナに頭をはたかれていた。