第六話 百点満点の恋
シャルルが行ってしまってからのお城はどこかぴりぴりしてる。
ガロンはずっと目をつむって王座に座っているし、ディランは自室に籠もって連絡通達や外交をとりまとめている。
リリーはあたくしに「お菓子作りを一緒にしてみませんか」と気分転換に誘い、あたくしの部屋のベッドのしたに隠れていたアルティスが飛び出てきて「そりゃいい!」となぜか参加してきた。
「乙女のベッドの下にもぐりこむなんてこいつ!」
「いいのよ、もう慣れてきたわ。アルティス、異国のお菓子の作り方知らない? クッキーやケーキは飽きたわ」
「それなら白玉団子を作ってあげよう。フルーツポンチにいれるといいぞ。持ち物に、白玉粉があったはずだ! だからね、姫様、インタビューにこたえてね! 隠し事なしでおねがいしますよ!」
「はいはい、それじゃ厨房に移動しましょ」
あたくしは呆れて纏めるとアルティスは自室に一回戻り、あたくしとリリーは厨房で材料をそろえる。
フルーツはやっぱりどんな食材でもあうと思うからそろえておきたいな、という気持ち。
お団子って確か遠い昔にお父様が取り寄せてくださったわ。あんこっていう食材もあって。東洋のお菓子よね。
「姫様、あれから姫様はシャルル様のことをどうおもったのです」
「貴方じゃなければ迂闊な質問ね、リリー」
「ええ、私だからこそ答えてくれると思ってます」
「そういう豪胆なところ嫌いじゃないわ。そうね……恋という物にぴんときてないの」
「そうなんですか、それなのに結婚できるんですか?」
「貴族の結婚はそういうものですからね。国は違えど国母になれるなら、有益よ」
「そういうのって寂しくないですか。姫様は恋したくないんですか」
リリーの言葉にあたくしはフルーツを両手に握り、考え込んでいるとアルティスがはすはすしながら全速力で走ってきたのか、目を輝かせて息を切らせてやってきた。
「げほっげほげほ、いま、面白そうな話してたろ、してたろ! なあ、してたろ!」
「もうやだわ、貴方のそういう敏感なセンサー。恋の話をしていましたわ」
「ひひ、お水有難う、優しいね姫様」
あたくしが手渡した水がたっぷりはいったコップを一気に煽り飲み干すと、アルティスは蘇り明るい顔をあげた。
リリーに材料を手渡し、リリーに材料を混ぜさせるとあとはひたすら捏ねて丸めるだけだと告げた。
「これを丸めてゆでるんだ。みんなのも作るんだろう? ならたくさん捏ねよう。さあまずは手を洗って」
「はあい」
「それで姫様、恋の話って! 恋の話ってなあに、どういうゾーンの話!? 姫様は初恋とかしたことあるの!?」
「そういえばオニキス様のことはお好きでしたわね」
「ああ、あの悲劇のヒーローくんかね」
「一国の王子様にひどい名称与えるのね」
「現実の見えてない、ヒーロー希望者じゃないか。いいんだ、僕はあの国に帰るつもりはない。聞かれることもない」
「そう。あの方にもいいところはあったのよ」
「たとえば?」
「……最初の頃はあたくしのこと大事にしてくださったし、対等だったわ。公爵令嬢と王子という身分差でも、対等にしてくださったの」
昔、二人で中庭の迷路のように作られた薔薇庭園で迷子になったことがある。
大人からすればいつかは見つかる可愛らしい出来事なのだろうけど、あたくしたちの当時にとっては大事件だった。
それでもオニキス様はあたくしの手を握って、なくあたくしを勇気づけ、一生懸命出口を探してくださったわ。
そのときの手は震えていて、あたくしを求めていたの。
とても、大事で。怖いから、そばにいろって。
あたくしにすべてを預けてくださっていた感覚で。
あの感覚は嫌いじゃなかった。
「あたくしは全てを捧げてくれる方が好きなのかもしれない。だからすべてをくれなくなったオニキス様は嫌いよ」
「じゃあもし。シャルル様が全てを君にあげるって言ったらどうするんだい。今もその状態に近いけど」
「……実感してからじゃないとわからないわ。怖いかもしれないし、愛しいと思うかもしれない」
「アルティス、やめたほうがいいですよ。恋をしろ恋をしろって周りが言うほどに冷めていくもんですから」
「リリーさん、そうはいってもねえ! あれほどに健気な思いをみているとね! 心が高ぶるし、姫様はどうするんだろうっておもうよ」
「あたくしがあの方に応えるのなら、そのときはきっと。あたくしも狂ったときかもしれないわね」
「何に狂うの」
「恋に」
白玉を全部捏ね終え、そっと手をはたき、粉を落としているとアルティスが両手握って興奮して笑った。
「百点満点の恋だな、きみたちは! とても楽しい!」
「それは……どうも」




