第五話 お忍びデートと警鐘
「新しいドレスが欲しいわ、次のドレスはそうね、緑がいいわ」
「ディランに言っておけ。お前が言うのであれば何でも用意させよう」
「ふふ、ありがとう」
「いいね、実にいいね! ねだる姫様に甲斐性の王様! 絵になる!」
「……うるさいのが増えたな。お前が詩人のアルティスか」
「はい、陛下! 姫様たちの恋物語を語らせてください、さぞや世界中に広めさせていただきましょう!」
「世界中に? できるのかそんなこと」
「できますよ、愛の歌は広まりやすいんです」
「ほう。ならば楽しみだ。だが出来なかったときは覚えておけ、貴様は今、できるといったんだ……」
「はいっ大丈夫です! 俺の歌は世界に広まりやすいんですよ」
夕餉の席で告げれば、同席していたアルティスがわくわくきらきらした眼差しであたくしたちを観察するのだから落ち着かない。
物怖じを全然しないのだからこの男強いわ。とてもいかれてるとおもう。
あれからアルティスはシャルル様の周りをうろちょろするのだから、ディランに接近NGを出されていた。
殺されないための処置らしいけれど、本人は不満そうだ。
だから食事の席のみで聞く。
陛下はお忙しいからあたくしと陛下は、食事の席のみでしかお会いできないの。
でもそれも、一週間後にはできなくなるというのだから、きっと陛下は……争いにむかうのね。
魔道兵でこの国の犠牲は誰も出させず、陛下だけが生身。
それを考えただけでも、この国の歪さを思い知る。
王様だけが辛い思いをした土台で、笑う城下町の人々に違和感を覚えてしまうわ。
ディランもガロンも、陛下が望むからと我慢している。
あたくしにはよくわからないの。そこまで愛国心がないだけなのかしら。
人々のためにっていうのはとても素晴らしいのだけれど。度が過ぎると寂しい。
自分が貰う予定だった洋服を、ぼろぼろの身なりで差し出して貢いでる人に近しい者を感じるわ。
「ロゼット、どんな宝石がいい?」
「何がですか? 贈り物の相談?」
「そうだ、あの女の生首にはどんな宝石と花を飾ればお前は喜ぶ? 血よりも美しいものを選ぼう、お前の好みで」
今日も陛下は狂っている。
その言葉が世界一嬉しいあたくしも同罪ね。
*
今日は珍しく陛下が街に視察だというものだから、あたくしも行きたいと願ってついていくこととした。
身なりの派手さを抑えて、平民のふりをしなければならないのですって。
「まあ平民には馬車もないの」
「そうです、お嬢様。陛下、くれぐれも剣は抜かないでくださいね」
「大丈夫だ、少しくらい見てくるだけだろう? それにロゼットとのせっかくの初めてのデートだ、血で汚すのは少々もったいない」
「ではあちらではなんとお呼びしましょう」
「ユーリで構わぬ」
「ではユーリ、エスコートよろしくね? それくらいは庶民にもあるでしょう?」
あたくしは陛下に手を取って貰い、街まで歩きで向かっていく。
足がすっかり靴擦れで痛いけれど、それでも別に気にならないほど、刺激的だった。
街は活気づいていて、善政なのだと思い知る。国民の身なりが軽やかで裕福で、最新のファッションばかりを選べる行為から、判別できることだった。
どの国民も、幸せそうだった。店の至る所が丁寧な細工で、それだけ細かな部分でも財を尽くせる裕福さのある国だと分かる。
強いて言うなら国民皆が、金のスプーンをくわえて生まれてきたような気品が見えた。
あたくしは露天のひとつに気になる商品があったものだから、思わず立ち止まる。
「ロゼットどうした」
「……ううん」
ドレスを強請るのはなれている。
お菓子を強請るのはなれている。
目の前にないものを強請るのはなんてことないの。
だけれど、目の前に立派に形があって、いますぐ買ったら手に入るだなんてものをねだるには勇気がいるわ。
朝にドレスをお願いしたばかりだしね。
だけど……この可愛いくまさんは、お強請りするにははずかしい。
けれどとても可愛らしくてときめく。
見なかったふりをすれば、ぬいぐるみを陛下がのぞき込む。
「なんでもなくてよ!」
「……ふむ。そのぬいぐるみが欲しいのか、いいだろう。店主それをくれ」
「あいよ兄ちゃん、恋人にプレゼントかい?」
「……どうなのだろうな? それは聞いて見ぬとわからぬ」
シャルルがあたくしを見つめ、ぬいぐるみの代金を支払ってから、あたくしに手渡し、いいこいいこと頭を撫でた。
最後に項に指が触れ、抱き寄せられちゅ、と項へ唇が降りてくる。
きゃ、と身が跳ねて赤くなるあたくしをにやにやと楽しむ陛下のできあがり。
「ロゼット、俺はお前の恋人なのか?」
「ユーリ次第よ、その答えは。でも、あたくしの相棒はあなたよ」
「それは頼もしいな!」
陛下の破顔を初めて見たのだから、心臓に悪い。
この人すごく美形なのね。改めて思い知ったわ。
「陛下、この年でぬいぐるみなんて恥ずかしいわ」
「そうだな、だが予がお前にプレゼントしたいのだ。とても似合う」
「ど、どうしてもというのならしょうがないわね!」
「そうだな、どうしてもだ。どうしても、それをお前のそばにおいてほしい。そのくまに、シャルルと名付けて」
「……シャルルのが可愛いかもしれません。くまのほうが」
「それはいけない、首を切り落としてしまいそうだ。そうならない程度に大事にな」
陛下はあたくしの腰に手を回し、そっと歩き始める。
あたくしは恥じらいながらくまに少しだけ顔を埋めて、そっぽむいた。
街の中心にある噴水までいくと、少し休もうという話になる。
それまではたくさんお店に顔を出し、シャルルはユーリとして調査していたのだが、ばれないのかとヒヤヒヤする。
街の人々に「お似合いだね」と言われるたびに、シャルルは店のものをかう。
お陰様で抱えられないくらい荷物がいっぱい。
「あたくしの腕を使わせたのは貴方が初めてよ」
「そう睨むな、お前との祝福の形だ」
「シャルルが潰れちゃうわ」
「そのときはそのときだ、予がいるからよいではないか。予を可愛がるといい」
「シャルルみたいに可愛くないわ」
「ひどいことを言う。お前にとってどういうのが可愛いというのだ」
「そうね、恥じらいがあるくらいかしら?」
「ならば一層無理だな。買わなければよかったかな、妬いてしまう」
陛下の言葉にあたくしは吹き出して、荷物の整理をしておく。
街を警備していた魔道兵の一人がシャルルに近づいてきて耳打ちをする。
ガロンから何か情報がはいったのだろうか。
「ロゼット、お前を一人で帰らせてしまうことになるようだ」
「あら、どうして?」
「……向こうから待ちきれず攻めてきたのだと」
シャルルは剣をすらっと抜き出し、夕焼けに照らす。
夕焼けに照らし、シャルルはあたくしに膝をつき、噴水の縁に腰を落ち着けているあたくしに見上げながら宣誓する。
嗚呼、綺麗な光景なのにそれに反して警鐘がからんからん鳴り響いて、人々は家の中に大慌てで入っていく。
こんな周りの人が大慌てなのに、かっこつけてるのは陛下くらいよ。
それが眩しく見えるのはあたくしくらいよ。
「愛しい君が。安心して国母をできるように。挑んでくる。無事で帰ってくると誓う。だから、待っていてくれ」
「陛下、……もうデートは終わり?」
「夜も更ける、残念だがな。城に帰って、身なりを整えて出征しないとな」
「……陛下、これをあげる」
あたくしは髪からリボンを解き、シャルルの腕に巻いた。
シャルルは驚いてから嬉しげに笑い、あたくしの手を握る。
「帰ってきたら、キスくらいは許されるよな」
「あら勝利の凱旋じゃないと許さないわ」
「ふふ、わかった。君にあの王子の泣きっ面をプレゼントしてやろう」
「ねえ、シャルル……死なないでくださいましね?」
「誰に物を言ってる。元勇者だぞ」
シャルルは大笑いして、あたくしと一緒に迎えに来た馬車に乗り、そのまま城に戻る。
城に戻れば、ガロンとディランは王座の間で跪いて、シャルルを待っていた。
シャルルはガロンが魔道兵の操作に集中してると気づくと、ディランに声をかける。
「向こうは何人だ」
「四千人です。本気を出すわけではないけど、威嚇したいのでしょう」
「っは、舐められた物だ。大将は誰だ」
「……オニキス様です。ロゼット様の元婚約者様であられる方……となります」
「なら生け捕りだな、わかったか、ガロン」
「…………努力する。俺に乗ると良い、シャルル。空からなら全体が見えるだろう。向こうには魔法隊もいる」
「うむ、分かった。魔道兵はそれならその倍だけ用意してやれ」
「…………同数じゃないのか?」
「恐怖を覚えさせろ。傷を一切得ることなく、嬲っていく景色を与える」
シャルルの顔は狂気に満ちていて、この戦を喜んでいる様子だった。
ディランだけは苦い顔をしていて、ディランはこめかみを手で押さえてからあたくしと目が合えば、微苦笑した。
「姫様、この城のことはリリーナさんにお任せします。我々は戦に集中しますので」
「ご武運を」
あの男は後悔するのかしら。泣いて詫びて土下座するのかしら。
原因のあたくしが告げるのもなんだけど。
緑のドレスより、もっと欲しいものが手に入るかもしれないと思うとぞくぞくして笑みがでるのだから、あたくしも。気が触れてるのかもしれないわね。