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第三話吟遊詩人は令嬢と狂王との恋を歌いたい

「ロゼット、今日もお前は美しいね」

「陛下こそ、お素敵ですわ、その青いシャツもお似合いです」


 朝の食事で顔を合わせると、陛下はにこやかに挨拶してくれた。

 陛下はすでに食事を始めていて、食事マナーがなっていない。

 誰も止めないのかと周りを見渡せば、食事を運んでくる給仕が一人いて、あたくしの後ろにリリーナがいるだけ。

 配下にはそれは無理よね、とあたくしはこめかみをおさえたわ。

 陛下のそばに近寄り、後ろから陛下の手を握る。

 陛下はぎょっとしてあたくしを振り返ってから、スープに浸していたパンを見やる。

 パンは固まりごとそのまま浸している。

 それをもう片方の陛下の手を握って、千切らせる。


「陛下、テーブルマナーは貴族の基本です。できなければ舐められますわ」

「お前に従わないといけないと?」


 殺気だったシャルル様に、リリーナでさえ凍り付く。一色触発の雰囲気だ。

 首を掻ききられそうな勢いの殺気。身震いがする。手は震えそう。

 あたくしはそれでもこの前の修羅場よりマシなので、にらみ返せば陛下は唇を噛んだ。


「お前から予に習えと?」

「そうです。これもお妃の仕事です」

「妃の……そうか。予の妃……悪くない響きだ。ふふん、ならいいだろう」

「……? そう、それでスプーンはこうお持ちくださいね」

「こう持てばかっこいいのか?」

「はい、とてもかっこいいですよ、陛下」

「そうか!! お前が言うのであればそうなんだろう」


 一気に殺されそうだった威圧感は消え去り、陛下は次に何をすれば良いときらきらと見つめている。

 どうしたのかしら、何かあたくし変なことでも言ったかしら?

 次々と一回言ったことは学んでくれたので、あとは大丈夫とあたくしも席に座り、一緒に食事を楽しむ。


 食事の間にガロンがやってくる。

 ガロンは欠伸をしながら席に着き、給仕から食事を渡されるのを待っている。

 ガロンの食事は朝からステーキなのだから胸焼けしてしまいそう。

 匂いだけでもきついわ。

 ガロンは陛下と同じ作法で食べようとしかけたから、あたくしが咳払いすれば、ガロンはまだテーブルマナーを知っているほうだった。

 面倒くさそうにマナーに従ってくれたわ、顔にしょうがないな、と不満が出ている。


「そういえば」


 ガロンがステーキを食べ終わると、口を開いた。


「面白い奴が来ていたぞ…………ディランに捕縛されていたが、昨日、お前のメイドと一緒に入国してきた奴」

「リリーナと?」


 リリーナを振り返れば、リリーナはきょとんとしてから、あー、と思い出して頷いた。


「吟遊詩人がいました。姫様に面会したいと仰っていたので、まいたつもりだったのですが……」

「会ってやれよ……多分面白いことになる。それに…………賑やかなほうが、好きだろう? シャル」


 ガロンが悪戯めいた笑みを浮かべれば、陛下は口元を拭いて、そうだな、と視線を虚空に寄せた。

 何かを考えている様子だけれど、陛下の気持ちばかりはあたくしには分からないのよね。


「国にきたからには来賓だ、好きにさせてやれ。ただ暴れるなら殺せ」


 さらっと怖いこと言うんだからこの人は。

 あたくしはそれならとその吟遊詩人に会ってみることにした。


 *


 吟遊詩人さんは牢の中にいた。地下牢に閉じ込められて、パンをかじっていた。

 あたくしがリリーナを従えてやってくれば、吟遊詩人さんは大騒ぎして牢から手を出して助けを求める。


「ロゼット様! 嗚呼、お待ちしてましたロゼット様! たとえ処刑されようとも、最期に貴方にお会いできたならこわいこたあなにもない! 俺の推しーー!!!」

「一体なんですの。貴方どなた? あたくし貴方のこと知らないわ」

「ああ、俺はアルティスっていいます! 聞いたことないですか? これでもちょっとは名の知れたつもりなんですが!」

「姫様、リリーはアルティスという方、知ってます! 聞いたことあります、騙りじゃないんでしょうね!?」

「ほんとですよお、ほんとにアルティスです! あの日、姫様が連れ去られた日も、弾劾された会場に俺いました! 目の前でじっくりみました! 天然女に虐められてる様!」


 リリーナがはっとしてアルティスの名を呟けば、あたくしは本の中でしか見覚えのない名前にどきりとする。

 アルティスといえば、世界名作といえる詩集のすべてが彼の歌で。

 世界に名だたる吟遊詩人で、有名人。オニキス様の国だって、アルティスに歌って貰いたがって、ようやくあの日、やっと来て貰ったんだとお父様が仰ってたわ。

 だとしたら本当に、あの日にいたのね。


「何しにいらしたの? あたくしに何のご用?」

「貴方が俺の次の題材なんです! 狂った王に見初められた悲劇のお嬢様! なんて素晴らしい恋の話になりそうなんだ!」

「……恋?」

「恋じゃなくても愛でもいいですよ! そうじゃなければ、あんな出来事は起きない! あの日、狂王は貴方に恋したんだ!」


 それとは。

 少し違うような気もするのあたくしは。

 でもうまく言葉にできないし、天才詩人の言葉を全否定するのもなんだし。

 この方は、ようするにあたくしとシャルルを題材にして詩集にしたいというお話ね。

 この国の宣伝となりそうだから、別に断る手はないんだけれど。なんだか気恥ずかしい。


「あたくしと陛下をしたためたいの?」

「そうです! 俺は貴方たちで語り部がしたい! 貴方たちという存在を後世に語りたいんです! だって奇跡でしょう? 狂っていた王様が、人助けをした! 処刑されそうな貴方を助けた! その代わりに大戦争だけどお! マジ熱い!」

「……格子を握って唾を飛ばさないでくださる?」

「おっとお、失礼しました!!」


 アルティスは涎をじゅるっと緩んだ顔ごと引き締め、熱を込めてアピールし出す。

 リリーナは少しだけ確かに、と頷きまくってるから感情移入しつつある気がする。


「いやーもう、この世の愛のすべてを書き切った気がしたんですよ、この前最後の詩集だしたら、もう一気に熱がね。つきちゃって! でもそんなときに、あの城に呼ばれ貴方たちに出会った。運命でしょお、そんなの!? まじっぱねえっす!」

「……すごい恥ずかしいけれど。取材したいってことでいい?」

「ですですです!!!」

「この国の宣伝を無料でしてくれるってことでもよろしくて?」

「ですですです!!! アッ、でもでも、滞在をこの城に許してくださると、もっともーっと、この国のプラスになること書けそうかなーって、アルちゃんおもうかなー??????」

「……なるほど。リリーナ、釈放してあげて」

「えっ、いいんですか」

「もともとガロンは好んでいたし、陛下も好きにしていいと仰っていたのだから。構いませんわ。アルティス、死なないように頑張ってくださいませね?」

「っわあああああああああああい、姫様大好きーーー!!!!!!!!」


 アルティスは釈放されると決まるなり、パンを一気に一口で食べ、両手をぶんぶんと振り回して骨をごきんごきんとならす。

 牢屋の奥にあった竪琴を手に取り、あたくしの前に出てくると改めて一礼した。

 今まで暗がりで姿がしっかり見えなかったので、リリーナが牢から出たアルティスを照らせばしっかり姿が見えてくる。

 

 銀髪に眼鏡をかけてるのね、背丈は少し控えめかしら。

 衣服は布を何枚も重ねているようなローブだわ。

 目つきは少し細いわ、狐のような顔をしている。


 


「よろしくお願いします、姫様。是非貴方方の恋を後世に!」

「恋にするには間抜けた物語で、貴方の期待するようなものはあるか不明でも?」

「リアルでいいじゃないですか! 俺はね、姫様。あの素敵な出会いの結末を、この目でしっかり見届けたいのですよ」


 にやりと眼鏡越しに笑うアルティスは、どこか不気味だった。


 

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