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第二話 悲しい王様は心をなくされた元勇者

 やっぱりというべきか、後日母国からきたメイドはたったひとり。

 リリーナ・フィンだった。

 リリーナは小さな背丈で、タンスよりも大きいリュックを背負ってお城の中へと入ってきて、あたくしに会うなり、涙目で姫様ああああと抱きついた。


「姫様、ひどいですよ。りりーを置いていかないでください!」

「ごめんなさいね、急なことだったから。よくついてきてくれたわね、怖くないの?

 あたくしが言うのもなんだけど。あたくしは国外追放の身だし、保護したのはあの狂王様よ?」

「何言ってるんですか! あんな状況、狂ってるのはオニキス様でしょう!? 寝取られたのに周りも味方するなんて、馬鹿にしてる!」


 リリーナは小さな肩をハムスターのようにふるわせ、ふんすふんすと今にも噴火しそうに怒っていた。

 可愛らしいので見ていたいけれど、リリーナが改めて言葉にしてくれると、あたくしは嬉しくなった。

 この子も魅了技が効く体質でないみたいで、よかった。あたくしのそばに長くいたから、あたくしの性質が移ったのかしら。

 リリーナは部屋に荷物を下ろすと、早速リュックからあたくしのお気に入りのドレスをクローゼットに並べ、アクセサリーも飾り始めた。


「リリーナ、まさかとはおもうけど。荷物全部あたくし関係とかいわないわよね?」

「姫様、生きていけば現地調達で大体は成り立ちます。りりーは、自分のものより、姫様のお美しさを維持する方が大事なんです!」

「リリーナ、いきおくれるわよ……」

「それでずっと姫様のそばにいられるなら本望です!」


 どんとこい、と胸を張るリリーナを見てあたくしはぎゅっと抱きしめてため息をついた。

 可愛くて馬鹿な子。初めて見た人を親と勘違いして、損するタイプよ。

 あたくしが守らないとね。


 *


 リリーナの挨拶をさせようと、執務室に入ればシャルルがあたくしに気づくと、ふ、と微笑んだ。

 どこかシニカルな笑みが似合う男だと思う。

 筋肉質な体で、顔も少し強面なのに、上品さが似合うって言うアンバランスさは不思議ね。


「ごきげんよう、シャルル様。侍女が到着しました、こちらリリーナと申します。リリーナ、ご挨拶を」

「はい、陛下宜しくお願い致します。お仕えできることを光栄に思います」

「よい、楽にしろ。予はシャルル・ヴィンセントだ。王といっても、まだ作って間もない国故に、そこまで固くならんでもいい」

「有難う御座います」


 シャルルはリリーナを見てから、あたくしを見やると、小さく笑った。


「そうか、よかったな」

「何がですか、シャルル様」

「お前に信頼できる者がいることがよかった。とても喜ばしいことだ」

「有難う御座います」

「欲しいものは何でもいえ。用意してやる。それくらいの財力はあるさ。菓子でもドレスでも、宝石でも」

「陛下、でしたら一つお願いごとが御座います」

「なんだ、言ってみろ」

「もしも。あの国と戦争になる際には、あの女の首をあたくしの前に」

「……お前は予言の能力でもあるのかな。これを見ろ」


 シャルルはあたくしに近寄ってきて羊皮紙を手渡せば、羊皮紙にはあの国からの宣戦布告が載っていた。

 シャルルは大笑いして、羊皮紙を目の前で燃やした。


「勝ったらお前との熱い夜を熱望しておこう、血の騒ぎ立つような夜を。それまで婚姻は先だ」

 シャルルは燃やした指先を舐め、今にも飢えた獣の眼差しであたくしを抱きかかえ、そうっと首に手を這わせる。声色は艶めいていて、閨を妄想させる。

 ぞくぞくとして、少しだけあたくしといえどもどきどきしてしまったわ。

 この人のペースに巻き込まれては駄目よ、と感じたあたくしはそっと身を離して、シャルルを見つめる。そばにいたリリーナは真っ赤になっている。


「……お妃教育はしなくて宜しいのでしょうか。あたくしはこの国のことを何も知りません」

「そう、そうか。この国をしりたければ、ディランを呼ぶと良い。あいつが一番この国に詳しい。この国を憎みながら、教えてくれる」

「憎んでる……? ディランが?」

「あいつは。離れられないんだ、この国から」


 明るく楽しい世間話でもするように、シャルルは言うのだからよくわからない。

 あたくしとリリーナはお辞儀し席を外すこととして、その足でディランの元に向かおうという話になった。

 ディランは庭の手入れをしているらしい。


「姫様、あの」

「なあに」

「りりーは正直、あんな状況で助けてくれたのだから超超ヒーローで、勇者様だった人だと聞いていたので、結局狂王ってのは嘘だろうって思っていたところもあったんです」

「言いたいことは分かるわ。あたくしも少しだけね、怖かった」

「姫様はよくあんなおねだり持ち出せますね」

「それは、あたくしが悪党だからじゃない?」


 オニキスの怒り顔を思い出して、笑うとリリーナは肩をすくめた。

 リリーナが庭先にいるディランを見つけると、大声をあげた。


「いまそちらに向かいますー! お待ちしていてー!」

「ああ、リリーナさん、いらっしゃい! わかりました!」


 二階から声をかければ、ディランはタオルで汗を拭き、やれやれと一息ついていた。

 ディランは庭先で庭師の仕事も引き受けているのか、枝切りばさみ片手に軍手で汗を拭っている。

 汗を拭ってリリーナとあたくしの顔を見れば、ははっと快活に笑った。


「メイド一人ついてきてくださったなら安心です」

「みんなついていくと言ったのに、ジョセフィーヌ様の顔を見たら行かないと言い出したので、ぶん殴ってやりましたよ」

「血気盛んのメイドは、姫様にはぴったりのお方ですね。さて、どうされました?」

「この国のことをお聞きしたくて。それと、お妃教育? は、こちらではしなくてよろしいのかしら? この国用の教養とか必要でしょう?」

「ああ、そのことね。大丈夫です、あなた様は何せ度胸が据わってらっしゃる。それだけでだいぶ、この国の王妃として合格ですよ」

「……陛下は、その。最初から狂ってたのですか? 勇者様だったとお聞きしたのですが」

「ああ、それに関しては……そうですね、知っておいた方がいいのかもしれませんね。この国の歴史は浅いけれども、どうして狂ったのかは王妃様なら知っておいていい話しだ」


 ディランは頬を掻くと、泥が頬についた。

 あたくしは泥をとって差し上げようと、ハンカチを取り出してディランの頬を拭う。

 ディランは瞬いてから微苦笑し、一礼をした。


「立ち話もなんですから。あそこのテラスにでも。昨日買っておいた水菓子とお茶があるので、リリーナさんお願いします」

「はい! 確かマスカットですよね!?」

「ええ、記憶力の良いお方で安心だ僕も。さあ、ロゼット様、こちらへどうぞ」


 ディランは少し離れた先にある屋根のあるテラス席を指さすと、二人でそちらへ向かった。

 リリーナはさっと城に戻っていき、お茶の準備をしている。

 お茶の準備が出来てリリーナが戻ってくれば、ディランはアイスティーに喉を潤し、肩を回して骨を労った。

 あたくしは静かに紅茶の香りを嗅いで、リリーナの気遣いに流石だと感じたわ。

 あたくしには温かい紅茶。ディランには力仕事していたからアイスティー。いつでもホットティーも飲めるようにもしてあるけれど、まず最初にアイスティーを差す出すところはこの子ならではね。


「シャルル様は、民のことが大好きだったんですよ。いえ、もっと言ってしまえば、人間が大好きで。万人から好かれたかったんですよ」

「勇者様でしたなら他愛ないことではなくて?」

「それがそうもいかない。勇者だった頃はそりゃ奉られたが、国を持ったら不満も出る。人気はちぐはぐになる。あっちをたてればこちらがたたずの繰り返し」

「それが普通のことではないの?」

「あの男には耐えがたいことだったんですよ。だから、魔女にお願いしたんです。この国へすべてを捧げたいから。自分の心をなくしてくれと」

「どういう……」


 あたくしが息を呑み眉をひそめれば、ディランは愁いを含んだ笑みでマスカットを二粒もいで、口にして種ごと咀嚼した。

 あたくしはホットティーを口にしてるのに、少し寒気がする。

 リリーナが上着をかけてくれたので、気遣いがどこまで出来る子なの、と微苦笑。


「国のための政策を選んでも、嫌われたくない心があるなら、心をなくしてしまえばいいと。勇者だったシャルルは願ったんですよ、国民のために。そうしたら、国民のために嫌われても良策を選べる」

「……そこまで、お好きだったの」

「ええ。でも、肝心の彼は心をなくしてしまったから良心をなくし、何も感じ取れなくなってしまい。狂ってしまった。最初の頃はシャルルを慕って大勢の配下がいて賑わっていたんですよこの国も。メイドもたくさんいた」

「でも、良心をなくしたから、誰もいなくなってしまったということ?」

「そうです。中にはシャルルが殺したのもいる。それでもシャルルは国民のために動いている。そんな、国民命のあの男が、うちの国が関係ない貴方のために動いた。それどころか、この国を滅ぼしかねない戦争を生みかねなくても貴方を救った。それが我々には衝撃だったんですよ。なくしていた良心が、まだあったかと」

「……狂っていたから助けただけかもしれなくてよ?」

「そう、そうなんです。そこも引っかかる。なので、僕ら勇者の仲間だった者たちは、貴方に注目せざるを得ないんです。貴方だけが、僕たちの希望だから」

「……良心を取り戻して欲しいの?」

「それもある。けど一番はあの笑顔の裏が、泣き叫んでいるようにみえて。僕らはシャルルの笑顔に安心したことがない。心から笑えるのなら、見てみたいんだ」


 あたくしは狂王の悲しい歴史に言葉をなくし、静かにホットティーを口にした。

 昨日、ガロンが大好きな人に嫌われたのが似ているといっていたけれど。

 こういうことだったのね。

 あたくしは、目を伏せてから、ディランに告げる。


「あたくしは我が儘よ、今まで当たり前にあったものを我慢するつもりだってないし。新しいドレスも宝石も欲しいわ」

「そうですね、よく分かります。それが女の子なのでしょう、お貴族様の」

「あたくしが王妃になることでもっと嫌われるかもしれなくてよ」

「でしょうね。でも、もう、僕らの希望は貴方なんです。貴方だけが、あの狂った王の心を動かした。僕ら勇者の仲間だった者には国民より、シャルルの心の在処が大事だ。あの人がもう一度、人間に戻るのなら。普通になるのなら何だって僕はする」

「……ならそうね。貴方方にできることはただ一つよ」

「なんでしょうか。何でも仰ってください」

「今までと同じに過ごしてちょうだい。陛下のことは、まだ好きになれるか分からないけれど。助けてくれたのだし、力になりたいのは事実よ」

「……それは……そばにいつづけろと?」

「もし。良心を取り戻せそうなら、あたくしもできる限りは致しますわ。だから、見放さないで離れないように、何があっても。といっても、長くそばにいた貴方には失礼かもしれないけれど。もし望む結果が出たら素敵じゃない。そういう夢物語はあたくしも好きよ」


 あたくしが鈴を転がすように笑えば、ディランはぽかんとしてからぐすっと涙ぐみ、あたくしの両手をとった。

 祈るような形でディランは慟哭し、それだけディランにとって。いえ、勇者の仲間だったものたちにとって、シャルルの現状は辛いのだと思い知った。


 悲しい王様、あたくしが貴方を壊してあげる。

 貴方の狂いを、正してあげる。


 

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