第十六話 幸福の基準
「国民に力を借りましょう」
「あいつらに!? シャルルを犠牲にしたあいつらに!?」
ディランに頼みに行けば、ディランは心から嫌悪した顔をした。
ディランは国民を嫌悪している。何をどう政治にしても満足いかない国民にいらだっているのだ。
あたくしは今回の狙いは、魔法の解除を演出することだと説明したうえでディランにもう一度願う。
「シャルルが国民と和解するのがポイントなのよ」
「感謝されても言葉だけだと受け取るんですよ、無理ですよ。貴方から聞いた話だとシャルルは、謝辞が嫌いだ」
「それね、多分ほんとはもっともっと、ってかんじで欲しいのかもしれないなとも思うのよ」
「どういうことです?」
「天邪鬼よ。大好きで欲しいのに、くれないからいらないってやつ」
あたくしの言葉にディランは、頭を掻きむしり、分かりましたと頷いた。
シャルルが寝ている今の間に、国民に収集をかけるサイレンを鳴らし、「じゃああとは一時間後に」と走って行った。
一時間後、国民は皆が来ていたけれど、皆があまりぴんときてない平穏になれた顔をしていた。
身なりはきれいどころか農民すら豪華で、この国はこのうえなく裕福なのだと思い知る。
貴族の方がシンプルな身なりをしている。
「どうされました、ディラン様」
「シャルル様には、心を殺す魔法がかかっています。それはもう、魔女が死んで解けているのだけれど。思い込みで今も魔法を信じている。自分で殺している。
そこで貴方たちにシャルル様に、魔法が解ける演出をするので協力してほしくて」
「シャルル様はどうして心が死んだんですか、あるときから狂っていきましたよね」
「全部あなたたちを守るためです」
「……守るたって。宝石もまだ全然手に入らないし、ご飯もまだ食べたことのないごはんがある。若返りの薬もまだできてない。これだけ不幸な国はないです」
「……ねえ、お前たち。他の国に行ったこと、あるかしら?」
「ないですが」
「ディラン、あの姿見の鏡で世界中をうつしてごらんなさい。きっと面白いことになる」
ディランの堪忍袋の緒が切れる前に、指示して世界中の貧困層のビジョンを映し出す。
国民は皆驚き、息を呑んで「これはねつ造じゃないんですか」と言われるけれど、世界を放浪していて詩人と名高いアルティスがその場にいて「ほんとだよ」と太鼓判を押されてますます青ざめた。
国民はきっとこの国が豊かすぎて、今まできりのない欲望を叶えようとしつづけてきたのね。
それを否定することなく受け入れてきたシャルルの優しさを思い知る。
「パンを食べられず、野菜も食べられず。明日死ぬかもしれないって不安に怯える国もあります」
「そんな……」
「貴方たちが、もし。一切飢えたことなく、毎日が退屈だと感じるほどに贅沢してきてると感じたなら。
シャルルのために、シャルルが起きたらサイレンをまた鳴らすので。集まってくれませんこと?」
「……王様は、おれたちのために……」
「戦争も本来は人間同士の戦いですのよ。貴方たちを傷つけたくないから、シャルルは一人で戦ったの」
「……それが普通じゃないんですか?」
「うん、普通は。あなたたちが死んでいたかもしれないの」
国民は声をなくして、身を犠牲にしすぎた王のことを心配し始めた。姿見の鏡に映ったのは、数日前にたった一人で戦場を制していく姿。
危うげな姿にみえる、周りを制圧しているのに、どこか時折唸る咆吼が悲しく聞こえる。
国民たちはシャルルの姿を見て、困惑している。
「あれは、おれたちのために?」
「そう、みんなをまもるためよ」
「……そんな。相対する兵士は全員人間じゃないですか、向こうは怖くないんですか」
「怖いとおもうわ。でもこの国のような豊富な魔力と技術はないの」
ディランはあたくしを見遣り、動揺している。ディランも驚いたのね、国民はきっと分かっていながら贅沢を望んでいたって。
でもね、多分ね。この国の人たちは、恵まれすぎてそれが普通になっていた、それだけなのよ。
「シャルルを助けたい、恩返しがしたいひとだけ、あとで集まってくださいませ」
*
そのまま三日眠り込んだシャルルが起きたのは昼で。
シャルルはご飯を教え込んだマナーを葬り去る勢いで、両手で手づかみし肉や魚を食べ漁り。
やがて微睡んできたあたりにあたくしは声をかける。
「ねえシャルル、魔法が解ける方法がわかったの」
「……予はこのままでいい」
「ほんとうに? 今の貴方よりたくさん好かれるわよ」
「……好かれなかった昔とは。国民のためにと日和ってなにもできなかったあの頃とは違う、今の俺は嫌われても何でもできる」
「シャルル、勇気と無謀はちがうのよ。今の貴方は勇気あるものじゃない。乱暴者よ」
「……お前はいやなのか」
「そうね、キスして恥じらう貴方も可愛いけれど、貴方からキスしてやろうという男気になる心を持つ貴方は見てみたいわ」
「……わかった、どうすればいい」
「王座にきて」
あたくしは王座に皆が勢揃いして待っているので、シャルルを連れてきて案内する。
シャルルは不安そうな不機嫌さを隠さず、あたくしの手を握る力にぎゅっと力がこもる。
臆病な貴方をみんな、大好きだって思い知るといいわ。
王座には国民と、従者の皆が勢揃いしていて。
シャルルは面食らいながら王座に座る。
「シャルル、感謝の言葉をたくさん言われれば言われるほど、魔法は解けるんですって」
「……そうか」
「みんな、元の貴方に戻って欲しいって、自分からきたのよ」
「元の予に?」
シャルルが目を眇めれば国民の内のひとりの恰幅のいい男性が帽子を握って、陛下!と声を上げた。
「陛下がいつも、この国を気にかけてくだすったからおれたちずっと飢え死にしないですみました!
でもこれ以上の幸せはもういいんです。裕福でみんな笑っていられる国なんて滅多にねえです!」
「……言わされているんだろう?」
「ちげえます、陛下が変わってからずっとずっと心配でした! あの頃だって陛下は頑張っていたのに、おれたちが浅はかでした!
陛下の苦労も知らずに、あれこれ好き勝手いいました。他の国を知って、わかったんです」
「他の国?」
「他の国の経済状況を初めてディラン様から教わって知りました。パンを食べられない人もいるなんて、おれたちは知らなかった」
「……おまえ……」
「おれたちは今以上の暮らしなんて望んでないっ。だから陛下、もとのあんたに戻って、あんたもこの国の愛しさを思い出してください!
みんな貴方が好きです、嫌いになんてもうなりません! なにがあってもこの国の王様はあんただ!」
「だからここにくればあんたの呪いが解けるって聞いてここにきたんだ!」と、皆は口々に叫ぶ。
シャルルの目が見開かれた瞬間に、シャルルの体がぱあああと明るく輝く。
ほんとはディランが仕組んだ魔法の演出なんだけど、今の状況に混乱しているシャルルにはわからないみたい。
シャルルは自分にかけられた魔法が解除されたのだと思い込み、表情が少し変わり。
「馬鹿だな俺は……ずっと、ずっとおまえたちは。そばにいてくれたのだな」
破顔した陛下は、あたくしに振り返り、立ち上がるとあたくしを抱きしめる。
あたくしを抱きしめればディランが調子に乗って、場をきらきらと輝かせて花を舞い散らせる演出をするんだから呆れる。
やりすぎるとばれるわよ。
「お前は。最高の王妃だよ、大好きだ」
「……ぽかぽかする?」
「ううん。今は、どきどきだ。体が熱い、体が軽い。なんだか、今ならなんでもできそうだ」
「そう、それなら。和平を他の国と。みんな願っているの」
「……お前に言われちゃしょうがねえなあ」
にこにことシャルルは笑って、そのまま国民一人一人から謝辞を受け取った。
国民と一人一人会話できる彼はこの上なく幸せそうだった。




