第十一話 あのときのような貴方がいい
あれからディランに装置を任せてあたくしはこっそり旅に必要なものを部屋に隠して、買い集めていた。
シャルルとは毎晩お茶会をしているけれど、気づいた様子もなく安心する。
ガロンは何かしていると気づいているけれどまだ放置してくれるみたい。
ある日シャルルはげっそりとしたディランを連れてきて、夜のお茶会に珍妙なものを連れてきた。
オニキス様だ。
あれから十日ばかりは経ったのだけれど、オニキス様の目はハイライトが死んでいて、どんよりとした機械的な眼差しになっていた。
「さぁ犬の躾の成果をみせてくれ」
「オニキス、姫様に謝ってください」
「……っく……」
「まだ足りませんか。大好きなピザパンをまだ欲しい?」
「っぐ……、ロゼット、悪かった、俺が悪かった、です! もうあなた様に逆らうなんていたしません!」
オニキス様から生涯聞きそうにない言葉が出たので唖然としていると、シャルルが哄笑し机の上にだんっと足を乗せた。
足を乗せて意気揚々とお茶を飲んでいる。
「ああ、すまない、お前のお茶が零れた、掃除しておいてくれ」
シャルルが紅茶をわざと床に垂らせば、ディランの合図でオニキス様は情けなくも床をぺろぺろと綺麗に舐めとろうとしている。
床がぴかぴかになればディランが「いいこですね」と呟き、指を鳴らせば恍惚とうっとりとし、体がびくんびくんと跳ねるオニキス様。
膝を床にぐしゃっとついて、天井を仰いでる。
いったいどうしたのだろうと小首かしげれば、ディランが頬を掻いて欠伸して教えてくれる。
「僕が褒めると、脳が幸福を感知する量を大幅に弄ったのです。僕の褒め言葉なしでは生きていけません」
「あ~~♡ あ~~♡」
「ご覧の通り、トランス状態になります、これを一度入れないと洗脳できなくてですね」
「あ~~♡ あへ~……あへええ♡」
「少し見ない間にずいぶん気持ち悪いことになっておりますわね……」
「申し訳ありません、ロゼット! もうしわけありまえんん、ロゼットの気分を害さないようにいたしますうう」
トランス状態になりながらオニキスは目をぐるんと上向きあたくしに叫び、ブリッジしたような格好で、犬みたいにはっはっはっはっと呼気を荒げている。
かつての愛した人の姿としては後悔したくなるほどの無様さ。
がくがくと体を揺らしてそのまま小便をじわっと垂らしたオニキスに、シャルルは大笑いする。
「人前では普通に振る舞えるようもう少し躾けておけ、幸福値がでかすぎるとみた。お前の悪い癖だ。そいつの国に洗脳していることはばれてはならぬ」
「分かりました」
「ディランは精神系の魔法も操作できるの?」
「相性が御座いますね、幸いオニキスの魔力の波動は僕の波長とあいました。この男、褒め言葉に並より弱いみたいでして。
そこの操作をすればいけましたね」
「……なら陛下の呪いもそこを弄ればなんとかできそうじゃないの?」
こっそり耳打ちして聞けば、ディランは苦い顔をして首を振った。
「勇者のバフと、ガロンの加護で駄目ですね。ちなみに姫様もガロンの加護があるのでできませんので、ご安心を」
「ガロンに解いて貰うわけにはいかないの?」
「ガロンの加護は生涯解けず、かりにそれを解いても勇者だった恩恵のバフは消えないんです。ガロンの加護は精神汚染系列を一切はじきます」
「じゃあどうして魔女の魔法はきいたのかしら」
「……それがわかれば呪いはとけるんですけどねえ」
「俺のロゼットと何をこそこそ話してる」
シャルルが目を眇めて射貫き殺しそうな勢いでディランに視線を向けるので、あたくしが代わりにごまかそうと、咳払いした。
ディランもはっとしてあたくしのそばから退いて、姿勢を正す。
「ああ、いえ、部屋を汚されたのでどうしましょうと」
「ああ、掃除させて自分で汚した責任をとらせてやれ」
「オニキス、ご褒美は終わりだ、動き給え」
ぱんっと両手を柏手すればオニキスの意識はがくっと戻り、一気に真っ赤になって泣きそうな顔になりながら、自分の粗相を片されるオニキス。
この光景、是非あの生首にみせたかったものですわ。王子という身分では一生味わえない体験でしょうね。
「どうだ、ロゼット、気に入ったか」
「こういうオニキスが見たかったわけじゃないのは、分かりますか陛下」
「ロゼット?」
「シャルル様が常人と違う、というのを見せつけられた気持ちで少し寂しかったです」
「……喜ばないのか?」
「シャルル。あのとき、あたくしにあのくまをくれたときのようなもので、いいのよ」
寝床に置いてあるくまのぬいぐるみを指さしてからお茶を片手に、シャルルを上目遣いで見つめてみればシャルル様は理解できないという顔をしていた。
待っていてね、普通に、普通の感覚になるように、してあげるから。
まずはディランの睡眠不足をねぎらわないとね。




