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第一話 断罪されても剣を突きつけたお姫様

 昔から気に食わないことがあると、すぐ感情が高ぶってすべてを台無しにする癖があるの。

 不思議だったの。やることやらないで、やるかやらないかでできないを選んだ者の責任を、すべてやるを選んで努力した者が背負う事実に。


 目の前にいるきらきらと白とピンクを基調にしたジョセフィーヌ嬢は、あたくしの婚約者でありこの国の第一王子であるオニキス様の影に隠れてる。あたくしは対立するように黒と赤のドレスだった。


 ことは魔法学院の卒業パーティを王室で広げてるときのこと。

 あたくしも卒業生だったので、参加を許され、殿下のパートナーとして出たのにこの仕打ち。


 さらに弾劾が始まり、まわりは非難の目。

 それもそうだ、ジョセフィーヌ嬢は国に裕福さをもたらす聖女たる世界でたった一人の存在で。

 魅了技を持っているのだから。


 オニキス様はあたくしがジョセフィーヌ嬢を見やれば、つばの出る勢いで罵倒した。


「お前とは婚約破棄だ、ロゼット! ジョセフィーヌ嬢を虐めただろう!?」

「あら、その虐めた内容、具体的におっしゃってくださる?」

「みんなが言っていた、お前がジョセフィーヌ嬢を詰めて、泣かせていたと」

「だから具体的に何をしていたの?」

「突き飛ばしたり、水をかけたり……仲間はずれにしたり!」

「全部具体的に日付時刻付きで仰ってくださらない? ぜーんぶ心当たりないから出ないでしょうけど。ねえ、ジョセフィーヌさん、貴方がそう言ったの?」

「彼女は言ってない! みんながやめるべきだと、声を上げたのだ!」

「そうなの? ではそのみんなとやらを名前つきで連ねてくださらない? ちゃんとその方からお返事と具体的なお話を聞かせて。さぞやいるんでしょうね、最低でも百人はいます?」

「な……ッみんなはみんなだ! マリーンと、キーナと……ええと……あとは、……」

「そう? 五人ですら名前もでてこない? そうなのジョセフィーヌ嬢、貴方の口であたくしが何をしたか教えてくださらない?」

「あ……」


 ジョセフィーヌ嬢は口元を隠してふるふると震えて泣いてしまう。

 それだけで場の感情は彼女に注がれた。

 あたくしは昔から、毒を自力で免疫を作ってどんな毒も効かない体になったので、そのせいか彼女の聖女として備わっている魅了技が効かない。

 非常にこの場を滑稽と感じるのはあたくしだけのようで。

 ジョセフィーヌ嬢は何も言わず何もしないだけで、周りを味方につけるのだから大笑いしてしまいそう。


「殿下、それでしたらお伺いしたいのですけれど」

「なんだ、まだ言うか悪党」

「彼女の魔法学院卒業論文、貴方が代筆したんですって? 貴方の乳母兄弟が嘆いてましたわ」

「しょうがないだろう、卒業論文は荒れた洞窟のモンスターを相手にしないとできない。彼女はか弱い、できないんだ!」

「あら、やらなかったの。それこそ()()()、やったのに?」

「違う、できなかったんだ! 彼女の柔い腕をみてみろ! 剣を持つのもむいていない! できないんだ!」

「違うわ殿下。やるかやらないかで、やらないを選んだのよ。誰もが平等に卒業するのに必要な試験を受けたのに。合格した人たちを冒涜したの」


 あたくしは殿下が向けていた刃をたたき落とし、剣を拾ってジョセフィーヌに斬りかかろうとする。もちろんそれは衛兵に体をつかまれ止められるけど、このまま何もしないで黙って泣いて悪役を引き受けるなんて腹が立って腹が立って。


「あたくしの大事な人を魅了して満足? あたくしの持っていたものすべて奪って満足?

 よかったわね、何もしないで全部手に入ったわ泥棒。それなら盛大に呪詛を唱えてやりますわ、貴方が世界で一番不幸になるようにって。この国が終わりますようにって!」

「黙れ黙れ黙れ!」

「こんな国、不幸になれ!」


 あたくしの呆れた表情がオニキスの黒い瞳を揺らし、オニキスはあたくしとおなじ真っ黒い髪の毛をかき乱した。


「もういい! お前のような悪女は国外追放だ! ジョセフィーヌは聖女だぞ!? 聖女を虐めるなど、こんなか弱い人を庇護しないなどいかれてる!」

「あたくしは潔白なのですけれど。どなたも聞く耳を持つ気がないみたいね」

「いや、いるぞ、ここに。お前に興味を持った」

 

 男が快活に笑いながら、人々をかき分け現れる。

 オニキス様とあたくしの間に割り込むと、衛兵たちにあたくしを離すよう命令する。

 オニキスは不服そうだが、従わずにはいられない。

 なにせ、相手は世界一裕福と名高い隣国の王様だから。

 それも、狂王と名高い何をするか分からない噂の美丈夫。


 赤い髪の男は青い瞳を細めて、あたくしの黒い巻き髪に触れたかと思えば、あたくしの黒い瞳をのぞき込む。


「オニキスよ、この女は国外追放なんだな?」

「そうですが、何か問題でも?」

「いいや、是非是非追放してくれ。我が国で引き受けよう、この女を我が王妃とする」

「シャルル様!? それはあまりに……」

「こんな場だというのに肝の据わった女だ、断罪する女に剣を向け今も綺麗な背筋をしている。泣かないのも好みだ。そもそも予にはお前たちのが阿呆に見えるのだよ」


 くくっとシャルル王は笑うと、私の腰を抱き、後ろに控えていた配下らしき男に声をかける。

 男は無精ひげの茶髪で、こくりと頷いた。


「ガロン、あとは任せたぞ。さあおいで、女。お前名前をなんという」

「ロゼット・ガローセルです。ねえ陛下、あたくしを王妃にしてくださるの?」

「そうだとも」

「空気読めてまして? あたくしを引き受けると、外交どころか戦争になりましてよ、今の状況では」

「構わない。お前が欲しい、それでは不服かロゼット」

「……その言葉、裏切らないでね」

「お前に捧げよう、ロゼット」


 シャルル王はあたくしの手の甲に口づけると、腰を抱き、呪文を唱えた。

 ぽかんとしているその場に、「それでは戦場でお会いしましょう」と快活に笑って、あたくしを抱えて空へと飛んでいく。

 あたくしを見つめるジョセフィーヌはいつまでも、子犬みたいに震えて、最後まで彼女は何も言わなかった。

 オニキスは怒りのあまりに倒れてしまうのだから、あの人王様になるの向いてないわきっと。



 *



 空の散歩というわけじゃないみたい。

 このままシャルル様の国に戻るということのようで。

 シャルル様といえば、伝聞で聞くとてもお強い勇者様なの。

 シャルル様はかつて魔物だらけで乱れた国を救って、世界一強いひと。魔王を倒した吉報が世界を賑わせたのもつい最近だったのよね。いわゆる勇者様。


 そんな方があたくしを好いてくれたのは嬉しいけれど、昨今はシャルル様はお優しい心をなくして狂っていると噂で持ちきりの悲しき王様でもあると聞いているのよね。


「ほんとに宜しかったの?」

「無一文で追い出される方がよかったか、ロゼット」

「あたくしの話をしているんじゃないの。あなたね、助けてくれたのは有難いけど。ほんとに、ほんとに、あの男のことだから戦争しかけてきますわよ。たとえ貴方が勇者様でも」

「構わない。領地が増える、それだけだ。ロゼット、それより夢のある話をしよう。お前はどんな男が好きなんだね」

「なあに、恰幅の良い男が好きだと言ったら恰幅よくなってくださるとでも? 背の大きな男と言ったら、それ以上大きくなるとでも?」

「望みを聞くのは自由であろう? 強気なお前の文句は気持ちが良いな、あの黙り込んで震える子ネズミにない魅力だ」

「……でも、その子ネズミに負けましたの」

「いいや、お前の大勝利だ。お前は見る目のない男を失い、予の王妃になる。大勝利だろう?」

「だから敗北なのよ。貴方話せば話すほど、自信家ね!?」

「予に自信があるのではなくて、予の国に自信があるのだよ。予の国は最高だぞ、だからお前が導いてくれ俺の女神。あんな場面で、ボスに斬りかかる勇気のある女ならどんな敵でも倒せる」

「それにしても驚きましたわね。貴方にはあの子の魅了が効かなかったの? どうして」

「さてな、予には分からん。魔法に詳しい側近がいる、聞いてみると良い。国まで時間がかかる、少し寝ておれ。予の王妃、大丈夫だ。起きる頃にはお前は柔らかなベッドの上だよ」


 あたくしを上空で抱えていたシャルル様は、あたくしのまぶたに手を当て、あたくしに睡眠魔法をかけていく。

 あたくしは意識を失い、確かに起きれば柔らかなベッドの上で、見たこともない綺麗な彫像品に天蓋ベッド。ソファーも猫足のベルベッド生地で、起きてからすぐに部屋の中を確かめるように触ってみる。クローゼットを開ければドレスでいっぱいだった。


「夢みたい……死ぬまであと一歩だったのに」


 あたくしはほっぺをつねって現実か確認すれば、首を左右にふって、まずお風呂に入りたくなったの。

 ふとベッドサイドのテーブルにハンドベルを見つけ。メモが近くに置いてあり、給仕はこのベルを鳴らすことと書いてあったので受け入れ、ベルを鳴らしてみせる。

 ベルを鳴らせば大慌てでノックが飛び込んできた。


「入って良いわ」

「失礼します。初めまして、お嬢様。僕の名前はディラン・ハーミットと申します」

「ディラン? 聞いたことあるわ、勇者パーティのひとりね、魔法使いのディラン」


 部屋に入ってきたのは金髪の童顔たる美少女も顔負けの、美少年で。

 あたくしより年下にも見えうるのに、貫禄がとてもじゃないが年上と出ていた。

 ディランは大きな緑の目であたくしを映し出すと深々とお辞儀したので、お辞儀し返す。

 

「そうです。シャルルは勇者で、この国の重鎮の大体は彼と運命をともにした者たちですよ。このたびはご迷惑をおかけしました、王がはた迷惑を……」

「いえ、あたくしとしても大助かりなので構いませんわ」

「お嬢様、こんなことを言うと貴方は震えて眠れなくなるかもしれませんが。シャルル王は、女性に大変手厳しく。いえ、語弊がありますね。行動しないものに手厳しいんです」

「行動しない?」

「ええ、ですからまず、やれないことをやると言わないのをおすすめします。できないことはできないと仰いなさい。でないと貴方は、斬り殺されるでしょう。愛を囁いた五秒後だとしても」


 それがこの国の狂王の琴線だから、とディランは注意してくれている。

 言外にはこの国に、いえ、そばに居続けたらいつか殺されると教えて心配してくれてるのだろうけれど、あたくしは微苦笑する。


「大丈夫よ。そのモットーなら、あたくしも一緒だから」


 そう。あのジョセフィーヌが気に入らない理由は、やるやらないでできないと行動しなかったこと。

 やらないを選んで、それをできないと告げることもなく。勝手に周りが手助けする姿が気に入らなかったから、自分で自分のことはやりなさいと助言することがあったのだけれど。

 それすらもジョセフィーヌには虐めにみえたようね。


「この国の城の体勢は実に特殊でして。少数精鋭となってるんです。ですので、その。男所帯だったもので、メイドがおらず……。貴国にこちらの国に来る勇気のある者がいるならと、ガロンは申請したと言っていたのですがね……」


 まさかこんなことになるなんて、とこめかみを押さえてディランは胃薬をぼりぼり食べ出した。

 まあまるでお菓子みたい。


「大丈夫よ、自分のことなら少しならできますわ。それよりお湯を用意してくださらない? お風呂に入りたくて」

「それこそメイドがいるじゃないですか! お嬢様お一人をお風呂になんて行かせられません!」

「できるったらできるわ、放っておいて! 貴方はただ湯殿に招待してくださればよろしいの!」

「ああもう、じゃじゃ馬お嬢様ですね!? 分かりました。このクローゼットのドレスは慌てて用意しました、サイズはあってるか分かりませんが。後日調整させましょう」

「メイドはいないってティータイムも自分で用意するってことかしら?」

「はい、そうなりますね。本当に少数で、この国の政治をまかなってるので、それどころじゃないんです。あ、でも。食事はシャルル王としてください、朝昼夜のみ、食事は用意します」

「それで十分よ。それならティータイム自分で用意しますのね、楽しみだわ」

「用事があるうちはそのハンドベルをどうぞ。手の空いた誰かしらがきます。でも、切羽詰まったときでお願いしますね。願わくば貴方に人望があって、貴方についてくるメイドがいることを祈ってます」

「ふふ、挑むような物言いね。嫌いじゃないわディラン」

「僕もこの状況に震えて泣き崩れる姫君よりは好みですよ、貴方のことは。さてそれではお嬢様。貴方ができるだけ長生きするよう。祈ってますよ」


 *


 お風呂から出て髪の毛を魔法で乾かし、お気に入りの巻き毛にしたあと、キッチンを探しに行く。

 キッチンにはいつもはシェフがいるのだそうだけれど、ティータイムは各自とれるようにって、わざわざ離席してくれてるとディランが先ほど教えてくれた。

 決まった時間内にティータイムを済ませろってことね。

 魔法でしかけられた食材が保存されている棚を見てから、考え込んで。何かお菓子を作ってみようと思ったの。

 そうね、プリンでも作ってみようかしら。

 蒸すタイプならきっとすぐにできるはずね。


 あたくしは思い立つと、いつもメイドのリリーナが作ってくれていた味を思い出し。

 ついついお腹が減ってしまう。

 リリーナの作るプリンはとても美味しかったのよね。

 あたくしは手際よくとまではいかないけれど、食材と食器と調理器具を見つけ出すと、使い始める。

 卵液をカップに入れて、蒸していると、甘い匂いにつられて誰かがやってくる。

 お城にいた人だわ。

 あのとき、ガロンとシャルルが命じていた無精ひげの茶髪さん。

 背丈はこの城で通り過ぎた人の誰よりも大きそう。

 眠そうな目で、ガロンは笑った。


「浚われたのに、元気な人だな……」

「あら、誘拐だったの?」

「命拾いする誘拐だなんて、面白いコトするよなあいつも……」

「そうね、狂っていたお陰で助かったわ」

「……そう、そうだな。狂っているのに、人助けに向くのは、レアケースというか。それとも、後日の戦争を考えれば正常というべきか……」


 ガロンは寝ぼけたような声色で唸り、顎を摩り微笑んだ。

 この城の人はあたくしが戦争の種になりそうだというのに、誰一人悪い顔しないのだから、変な気持ちになる。

 まるで被害者のように扱うのだから、調子が狂っちゃうわ。


「プリン貴方も食べる? よかったら一緒にお茶しない?」

「いいぞ……甘い物は好きだ。姫さん、あんたは…………シャルルが怖くないのか?」


 ガロンの興味はそちらのようで、プリンを作る鍋をチラリと見てからあたくしをじっと見つめた。

 あたくしは腰に手を当て、胸を張った。


「何言ってるの、怖さより理不尽さのが上じゃない! あたくしは! 何もしてないのに! あの女がすべてを奪った!」

「……うん、そうだな、見ていた。あの弾劾」

「だったら! あの女に報復してくれるなら、あたくしは何だっていいわ! 愛だろうと、気まぐれだろうと! あたくしは、あたくしは……」


 じわ、と思い出して少しだけ泣けてくる。

 涙で視界が揺れる。


「オニキス様好きだったのに! 大嫌いになりましたわ!」


 婚約者と決められた人だったからじゃない。有言実行の、誰もを引っ張る彼が好きだったのに。

 それがとんだ形で利用され、ジョセフィーヌを守る形にされてしまったあたくしの悔しさを誰も分かるわけがない!

 好意を向けていたのに、背中を向けられ牙をむかれた切なさと言ったら。


 ガロンは、黙り込んでからあたくしに近づき、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「シャルルに、同じ真似させないよう。見張っておく……」

「あの女の魅了は効かないみたいだから大丈夫よ」

「そうじゃなくて。あんたを、好きになれたらいいなって。思ったんだ。シャルルが気まぐれじゃなくて……心から」

「どうして?」

「シャルルに。必要な人の気がしたから……。それに、どこかあんたはシャルルに似ている……」

「あたくしは狂っているって?」

「ううん、……好きな人に。嫌われたところが、似てる。だから、お互い。わかり合えそうだなと……」


 シャルル様は好きな方がいるのかしら、とぽかんとしていれば砂時計の粒がなくなっているのに気づく。

 慌ててはっとして、火を止めて、プリンの様子を見れば良いできあがり。

 ガロンは目をつむって胸いっぱい香りを嗅ぐと、ふにゃ、と笑った。


「いい奥さんに、なれるよ……」


 

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