93.解説
マーマリナが大人二人と戦う。
その様子を、バジゴフィルメンテ派の生徒たちが見守る。
生徒たちの目は三人に向けられているが、耳は別のものを捉えている。
それは、三人が戦い始めてから始まった、バジゴフィルメンテの解説だ。
「一対二の状態。そして、マーマリナは自分の意思と判断で動き、対する二人は天職に身を任せて戦う。それは分っているよね」
バジゴフィルメンテの声に、生徒たちは言葉を出さずに頷きで答えた。
「加えて、マーマリナは常に天職の力を発揮できるほどの技量はなくて、逆にあの二人は天職に身を任せ続けることができる」
「変な評価はしないで欲しいですわ! わたくし、ちゃんと天職の力は引き出せてますわよ!」
マーマリナからの抗議を無視し、バジゴフィルメンテの解説は続く。
「つまり、人数差においても、天職を発揮する技量も、マーマリナの方が負けているわけ。順当に考えるのなら、マーマリナには勝ち目がないと思わない?」
そう問いかけられて、生徒たちは考える。
バジゴフィルメンテの解説が本当なら、マーマリナが勝つことは難しいだろう。
しかし、マーマリナに戦いを任せたからには、バジゴフィルメンテには勝つ目途があるのだろう。
『邪剣士』と『剣士』を相手に、生徒たちが人数差というアドバンテージで勝つ作戦を立ててくれたように。
そう生徒たちが考えた通りに、バジゴフィルメンテは、マーマリナがあの二人に勝つ方法を伝授してあったようだ。
「まず、新入生には未だ教えていなかったけど、天職が体を動かす際は最善最良の動きしかしない――前提条件を同じに揃えれば、全く同じ動作をしてくるんだ。だから、攻撃を始める前の構えや武器の位置を見極めれば、攻撃の種類を限定することができる」
ここで解説を止めてから、バジゴフィルメンテはじっと『邪剣士』に目を向け始める。
「皆、見ててよ。僕がいまから『邪剣士』の動きを予想するから――体を左右に振って目くらまし、それから右斜め振り下ろし。すかさず左から右へ下段薙ぎ、からの回転して上段からの斜め斬り」
バジゴフィルメンテが早口で動きを言うと、『邪剣士』は全くその通りに動いた。
その後も、『邪剣士』と事前に決めていたのではないかと思うほど、ポンポンと動きを言い当てていった。
「とまあ、こんな感じで、見極めさえできれば、次の相手の動きが分っちゃうわけ。これが天職に身を預けた際に起こる問題の一つ」
新入生たちは、本当にできるのかと疑いそうになるが、疑わなくていいことをマーマリナの動きを見て理解した。
マーマリナは戦闘開始から回避を続けているが、その回避の仕方が、相手が攻撃するよりもワンテンポ早い。
その動きから、マーマリナも相手が次にどう動くかが分っていて、攻撃されるよりも先に回避行動に入っていることが分かる。
「マーマリナが、相手の動きのクセを掴んだみたいだね。ここからは反撃が始まるよ。相手が次のどう動くか分るのなら、どう動けば有利になるかも分かる」
バジゴフィルメンテが解説した直後、マーマリナは回避した直後に『剣士』を拳で攻撃した。
『剣士』は肩に打撃を受けて後退――天職に身を任せている人に効いたからには、先ほどのマーマリナの攻撃は天職の力を発揮できていたということになる。
攻撃を終えたマーマリナに、『邪剣士』が剣の突きで襲い掛かる。
マーマリナは、その突きを避けつつ、『邪剣士』の顔面目掛けて拳を伸ばす。
『邪剣士』は上体を傾けて、マーマリナの突きの軌道から、顔面を逃がす。
しかし直後、マーマリナが伸ばしかけていた腕が引き戻され、その代わりに右足での前蹴りが『邪剣士』の腹部に命中した。
「どは――」
腹を蹴りで押されて『邪剣士』口から吐息が漏れ、顔に表情が戻る。
しかし、深呼吸を一度行った直後、再び天職に身を預けて無表情になった。
マーマリナの攻撃が当たるが、対戦者二人の攻撃が当たらない。
そんな状態が続く中、バジゴフィルメンテの解説が再び始まる。
「さっき、マーマリナが突きを引き戻して、蹴りを放ったでしょ。あのとき『邪剣士』が突きを避けようとしていたのは見えたね?」
バジゴフィルメンテの確認に、生徒たちは大きく頷いた。
「天職は最善最良の動きをする。それが逆に、見せかけの攻撃に反応してしまうことに繋がる。もちろん生中な見せかけじゃ引っかかからないけどね」
「嘘に引っかかるのが、最善最良なんですか?」
一人の生徒からの質問に、バジゴフィルメンテは良い質問だとばかりに笑顔を浮かべた。
「その攻撃が、本当か偽物か。その見極めはとても難しいんだ。ちょっと実演してあげようか」
バジゴフィルメンテは生徒の一人に向き直ると、その生徒へとゆっくりと手を伸ばしていく。
なにも警戒する必要がないような、とても緩慢な動きだ。
バジゴフィルメンテの手は、警戒する様子のない生徒の額へと到着し――直後、生徒が後ろに吹っ飛んだ。
「のうえええ!?」
額に攻撃を受けた生徒は、悲鳴を上げてから、地面にすっころんでしまった。
バジゴフィルメンテは、申し訳なかったと謝りながら、転がった生徒を手で引き戻して立たせた。
「今のは、僕は攻撃しようと決めていた。でも、攻撃する気の動きだとは、誰も思わなかったんじゃないかな?」
それはそうだろう。ゆっくりとした動きの手で触れられて、どうして人が吹っ飛ぶと思えるのだろうか。
「じゃあ次は――」
バジゴフィルメンテの目が、急に剣呑な色を帯び始め、先ほどとは別の生徒を捉えた。
直後、バジゴフィルメンテの手が翻り、腰の剣に手が伸ばされ、その手が目を向けた方の生徒へと振られた。
攻撃される――と生徒たちの誰もが思い、狙われた生徒は腰を抜かす。
しかしバジゴフィルメンテが振られた手は、まるで腰を抜かすことが分かっていたかのように、その生徒の後ろ腰に回されて地面に倒れないように支えていた。
「え、は?」
支えられている現実が信じられない様子で、生徒は目を丸くして、眼前のバジゴフィルメンテと腰にある手を交互に見ている。
その様子に、バジゴフィルメンテは悪戯が成功したと言いたげな笑顔になった。
「今のが、見せかけね。騙されたでしょ?」
バジゴフィルメンテは、実証相手に選んだ生徒を確りと立たせてやってから、改めて生徒全員に向き直った。
「とまあ、こんな感じで、攻撃が見せかけか見せかけじゃないのかは、とても分かりにくいんだ。嘘か本当か見極められないのなら、どうすればいい?」
バジゴフィルメンテは疑問を投げかけながら、『邪剣士』と『剣士』に指を向ける。
「天職は、こう判断する。本当か嘘かわからないのなら、その全てに対処すればいいってね」
バジゴフィルメンテが解説したように、マーマリナが行う本当の攻撃と嘘の攻撃の全てに、『邪剣士』と『剣士』は防御反応を見せていた。
「嘘の攻撃に引っかかるってことは、その後の対処に遅れが出るってことに繋がる。その結果、後の手痛い攻撃を食らいやすくなってしまう。これが欠点の二つ目だね」
ここで、生徒の一人が手を上げる。
「バジゴフィルメンテさんの場合、本当か嘘か見破れないときは、どうするんです?」
「簡単だよ。致命傷にならない攻撃は、受けてもいいやと考えるのさ。むしろ致命傷にならない攻撃に差し込む形で、こっちが攻撃したっていいしね」
怪我を許容する返答に、生徒たちが驚き顔になる。
しかしバジゴフィルメンテは、その反応こそが意外という顔になる。
「死なない怪我を負うだけで、自分より実力が上の相手に勝ち目がでるのなら、やらない手はないでしょ」
「実力が、上?」
「だってそうでしょ。僕が見極めることができない攻撃の虚実を行える敵なんて、僕以上の実力者じゃないと有り得ないでしょ?」
自分よりも強い相手がいるというバジゴフィルメンテの想定に、生徒たちは大いに衝撃を受けた。
生徒たちにとって、バジゴフィルメンテは圧倒的な強者だ。これ以上強い人物は居ないのじゃないかと思ってしまうほどのだ。
それにもかかわらず、バジゴフィルメンテは自身の実力に驕っていない。
むしろ、自分ぐらいの実力者はいて当然で、自分以上の実力者だっているはずと考えているような感じだ。
生徒が呆気に取られている間に、バジゴフィルメンテの解説が続いていた。
「それで、天職に身を預ける欠点の三つ目が、いま起きたよ。見て見て」
バジゴフィルメンテに急かされる形で、生徒たちはマーマリナの戦闘に目を向けなおす。
するとそこには、『邪剣士』と『剣士』が衝突して、反対方向へと弾かれる姿があった。
いま何が起きたのかを、バジゴフィルメンテが解説する。
「天職は最適な動きをする。しかしその動きは、その天職を授かった個人にとっての最善最良でしかないんだ。だからああして、最良と最良の動きが重なって、お互いを邪魔することも起こり得るんだ。特に、わざと隙を晒したりして、相手の動きを誘導した場合は特にね」
対戦相手が見せた隙を狙って攻撃することは、まさに最良の動きといえる。
しかし同じ場所を狙う人物が二人いた場合、どちらかが行動を遠慮をしなければ、ぶつかってしまうのは当然のこと。
そして『遠慮した行動』は他者が居て事成り立つ行動だ。
天職が自身個人の動きにしか考えないのなら、そんな行動をとるはずもない。
これは重大な欠陥ではないかと、生徒たちが考えたところで、バジゴフィルメンテの解説の続きがきた。
「もっとも、これは同じ攻撃の間合いの人が二人以上でないと起きないことだけどね。『剣士』と『斧士』のような近距離戦闘職同士、『槍士』と『両手剣』のような中距離攻撃戦闘職、『魔法使い』と『弓士』のような遠距離攻撃戦闘職みたいね」
「つまり、近中遠とバラバラの天職で組めば、ああいう事態は起こらないと?」
「天職同士で連携するわけじゃないよ。近距離戦闘職が敵に突っ込んでいき、その人に当たらずに敵には当たるよう中距離が攻撃し、その両者に当たらないよう遠距離が攻撃する、って感じなだけだから」
「そんな知識を、どうやって?」
「僕って強いでしょ。だから訓練では、複数人で挑んでもらっているんだ。そのときに発見したって感じだね」
その説明に、どことなく言葉に誤魔化しを感じた生徒も多かったが、指摘することは出来なかった。
なぜなら、先ほどの衝突で体を痛めたのか、『剣士』が天職に身を任せられなくなっていたから――つまりマーマリナが一気に有利になったからだ。
「もらいましたわ!」
マーマリナは素早く『邪剣士』に近寄ると、見せかけの攻撃に反応させてから、その反応で生まれた隙に本命の攻撃を叩き込んだ。
「どぐお――」
痛烈な一撃を食らって、『邪剣士』は地面に膝をつく。
マーマリナは、すぐさまもう一人へと近づいて蹴りを繰り出し、相手の顔面の直前で蹴り足を止めた。
「勝負あり、ですわね?」
「ああ、こっちの負けだ」
『剣士』が負けを宣言して、マーマリナが模擬戦の勝者となった。