91.多対一
『邪剣士』チージュモは、前学園長の指示で、学園にいる希少職で不適職な者を痛めつける役割を担っていた。
新入生の中に不適職者がいなかった場合は、平民出身の希少職を打ち負かした。
そうすることで、天職に身を任せ慣れるよう生徒を追い込む役目をを担っていた。
しかし前学園長は左遷されて学園から去った。
その手下となっていたチージュモも、そうなるのではないかと、本人は考えていた。
しかし新学園長のアンパに、別の任務を言い渡されることになった。
「バジゴフィルメンテの授業に協力、とは?」
チージュモが、信じられない気持ちで、言い渡された内容を聞き返した。
アンパはニッコリと笑うと、事情を説明し始めた。
「バジゴフィルメンテから要望があったのよ。戦闘職であり、天職に身を任せ慣れている人を用意してほしいって。貴方は、その要望にうってつけでしょう?」
事情を理解しても、チージュモには疑問があった。
「それなら風変りな天職である『邪剣士』の俺じゃなく、『剣士』や『槍士』みたいな平凡職の方が良いんじゃねえっすか?」
「安心して。そういった天職の人は、実技教師にいるわ。そうじゃない人も、いれば必要らしいのよ」
疑問は残るものの、失職しなくていいのならそれでいいやと、チージュモは納得して受け入れた。
その日の午後の実技授業。
バジゴフィルメンテ派の生徒たちが集まる場所に、チージュモは実技教師一人と共にやってきた。
この実技教師のことを、チージュモは知っていた。
良いところの貴族だけど、天職に『剣士』を授かったことで、生家の私兵か学園の教師かを選ぶ道しかなくなり、教師になることを選んだ。
強く望んで教師になったわけではないからか、生徒への教え方はおざなり。
でも、『剣士』に身を任せきることだけは上手。
この教師も自分と同じで厄介払いなんだろうなと、チージュモは思っていた。
そんな二人が、バジゴフィルメンテ派の中でどう扱われるのか。
それをバジゴフィルメンテ自身が語ってくれた。
「天職に身を任せる方法でも、天職の力を自力で発揮させる方法でも、天職の力で攻撃するという結果は変わらない。それなら、自力で技術を磨く必要がある僕らの方法ではなく、天職に身を任せる方法の方が楽でいい。それが従来の方法で学ぶ人達の一番大きな反論であることは知っているね」
生徒一同が頷くのを見てから、バジゴフィルメンテは言葉を続けていく。
「彼らの言い分は、ある種、もっともといえる。同じ結果を得られるのなら、簡単な方が良いに決まっている。そう、同じ結果、ならね」
バジゴフィルメンテの口ぶりは、結果は同じではないと語っているようだった。
しかし、とチージュモは考える。
その説明と自分と不真面目教員がここに呼ばれた、その繋がりは何なのだろうかと。
その疑問に答えるように、バジゴフィルメンテの言葉が続く。
「そこで今回、実際に同じ結果か否かを目で確かめるために、こちらの天職に身を任せることを得意とする二人に来てもらいました。このお二人を相手にして、天職に身を預ける方法よりも、自力で天職の力を引き出す方が優れてることを実感してもらいます」
バジゴフィルメンテの発言に、チージュモは眉を寄せて疑問を口に出す。
「それは、俺たちがバジゴフィルメンテと戦うってことか?」
現時点で、バジゴフィルメンテはかなりの強者だ。
だからバジゴフィルメンテがチージュモたちを打ち負かすことで、持論が正しいことを証明するつもりじゃないか。
そんなチージュモの疑問に、バジゴフィルメンテは笑顔で否定した。
「僕は戦いません。ただし生徒数人と一度に戦ってもらいます」
多対一の戦闘とはいえ、相手は天職の力を引き出し慣れていない生徒。
天職に身を任せ、最善で最適な動きをすれば、勝ててしまうだろう。
そんなチージュモの考えは、隣にいる教師も抱いたようだ。その顔は、勝ち負けを考えるものではなく、面倒くさいという表情になっていることから分る。
しかし学園長に命じられたことなので、チージュモたちに拒否権はない。
チージュモと教師は、それぞれ離れた場所に立たされる。
そしてそれぞれの前に、戦闘を行う生徒たちがやってくる。
チージュモの前には四人。『剣士』教師の前には三人。
その人数差に、チージュモは何も思わなかったが、『剣士』教師の方は苛立った顔になる。
この状況は、『剣士』は『邪剣士』より生徒一人分弱い、と言っているようなもの。
教師が苛立つのも無理はないと、チージュモは納得していた。
「それじゃあ、模擬戦開始で」
バジゴフィルメンテの号令を聞き、チージュモは『邪剣士』に身を任せた。教師の方も、苛立った顔が無表情になり、天職に動かされた体が剣を構える。
そんな二人に対し、生徒たちが挑みかかっていく。
生徒たちは無表情ではない――天職に身を任せていない。
なので、武器による攻撃を食らったところで、天職の力に守られている体がダメージを負うことはない。
しかし『邪剣士』は、生徒四人からの攻撃を、体をうねらせる独特な動き方で回避し、反撃の剣を振るう。
視界の端にある『剣士』教師の動きも、三人の生徒からの攻撃を、的確に剣でさばく動きをしていた。
攻防は続いていく。
その中で、チージュモは感心していた。
この生徒人数は、恐らくバジゴフィルメンテが見立てた数だろう。
そして人数差があるお陰で、攻防は一進一退を保っている。
(天職に身を任せているのに、生徒四人を倒せないとはな)
これほど『邪剣士』は弱かっただろうかと、チージュモは疑問を抱く。
そして現状を観察し直して、『邪剣士』が弱いのではなく、生徒たちの戦い方が上手いのだと理解した。
生徒は四人。
一人がチージュモの攻撃を受けている間に、二人は反撃可能な位置へと移動し、最後の一人は死角に回り込もうと動いている。
『邪剣士』は、その四人の行動に対して、的確な行動で返そうとする。
しかし四人が自力で動いている――最適な動きでないことが、逆に『邪剣士』が動きを決定する邪魔になる。
生徒の攻撃が遅いため、『邪剣士』が打ち払う動きも必然的に遅くなる。
生徒の移動を剣振りでけん制するも、そんなことは知ったことかと無理やりに移動を強行する。
そうした最善の動きじゃないものが、積み重なっていく。
これが一対一なら、最適な動きから外れた生徒側が簡単に負けてしまうことだろう。
しかし、生徒同士がフォローし合って致命的な隙をなくすので、『邪剣士』も決着をつけることができない。
(人数がいれば、最適な動きでなくとも、天職の動きに並ぶことはできるというわけか)
これは新たな気づきだなと感じ入った次の瞬間、生徒たちが一斉に同時攻撃を仕掛けてきた。
それに反応して、『邪剣士』は最適な動きをする。
だがチージュモは、自動的に動いている自分の体の意図を感じ、心の中で驚愕する。
(これが、最善最良の動きだというのか!?)
そうチージュモが驚くのも無理はない。
四人同時に迫る生徒に対し、『邪剣士』は生徒二人を倒す行動を取っていた。
チージュモの冷静な判断では、仕方がない行動であると分っている。
退避する道は、生徒四人の体で塞がれていて使えない。
回避や防御する方法は、生徒四人が別々の位置に向かって攻撃しているため、どうやっても一発は貰ってしまう。
反撃する場合は、チージュモの体に攻撃が刺さる前に、生徒二人に斬りつけるので精一杯。
だから『邪剣士』が、生徒二人を道連れを選ぶのは、最良な結果を生む行動だと分る。
でもチージュモの個人的な好みでいうのなら、手傷を負っても生き延びる可能性がありそうな、回避や防御を選びたい場面だ。
(天職は魔物を屠るための力。行動を選択する場合、相手を倒せる選択に比重を置いているってことかもな)
今まで知らなかった天職の仕組みを理解できたところで、『邪剣士』は生徒二人に剣を命中させ、残った二人の生徒の刃が体に当たって敗北となった。
『剣士』教師も似たような形で、生徒からの攻撃を受けて敗北していた。