7.薪拾いたち
バジゴフィルメンテは午前中に屋敷の分の薪を集め終えた後、革鎧と青銅剣を装備した姿で屋敷を出て街に入り、そして冒険者組合の中へ。
すると出入口の近くに、バジゴフィルメンテと同年代の、普通の衣服しか身に着けていない少年少女が四十人近く集まっていた。
その少年少女の集団の周りに、十代後半から二十代前半ぐらいの鎧と武器を持った冒険者が十人ほど立っている。
バジゴフィルメンテは集団の横を通り過ぎ、依頼を受け付ける窓口へ。昨日受けた依頼について話すと、窓口職員は先ほどの少年少女たちの集団を指した。
「あちらが午後に森で薪を拾いに行く子たちです。サンテさんは、あの護衛の方の指示に従ってください」
職員の指す方向に目を向けると、茶色の巻き毛で頭部がもじゃもじゃな、二十代前半に見える冒険者の姿があった。
バジゴフィルメンテは職員に言われたとおりに、もじゃもじゃ頭な冒険者に近寄って声をかけた。
「護衛任務を受けた、サンテだ。よろしく」
端的に自己紹介をすると、もじゃ頭は振り返った後でジロジロとバジゴフィルメンテの姿を見た。
「アンタが噂の男の子か。魔物は倒せるって聞いているが、本当か?」
「アルミラージやゴブリンなら、斬り殺した経験があるぞ」
「それなら十分、戦力として頼りになる。そうしたら、森の奥側の見張りを担当して貰おうかな」
「奥側というと?」
バジゴフィルメンテが疑問を投げかけると、もじゃ頭は空中に円を下から描いた。
「街の外にでた直ぐ近くの森で、こんな形で薪拾いをさせる。街の門近くが手前、そこから一番離れたところが奥。護衛は等間隔で配置するんで、サンテは一番奥が配置ってこと」
もじゃ頭は、円の書き始めを街の近くと言ったあとで、その反対側を配置場所だと指している。
どれほどの範囲で薪を拾うのか分からないものの、奥の配置はそれなりに森に入る必要があることは確定的だ。
しかし奥といっても、バジゴフィルメンテが普段薪を斬り出しに入っているほど、森の深くに入るわけではない。
だからバジゴフィルメンテは、あっさりと了承した。
「分かった。奥だな。それで魔物が来たら、剣で斬り殺せばいいんだな?」
バジゴフィルメンテの問い返しに、もじゃ頭は驚いた様子になる。
「本当に良いのか? 奥が一番危険なんだぞ?」
「魔物の一匹二匹程度なら問題ないよ。大群で来られたら厳しいけど、その場合は援護に来てくれるんだろ?」
「アホ! 魔物が大群できたら、チビども連れて街まで逃げるに決まってんだろ!」
もじゃ頭の指摘に、それもそうかとバジゴフィルメンテは納得した。
そんな多少の考えの食い違いはありつつも、バジゴフィルメンテは薪拾いをする少年少女の護衛の任務に就くことになった。
少年少女たちの薪拾いは、バジゴフィルメンテが行うそれとは違っていた。
バジゴフィルメンテは、森の木を切り倒し、その倒木を斬り出して薪にしている。
しかし少年少女たちは、落ち葉や枯れ枝を拾い集めて、それを組合が貸し出した籠に入れていっている。
枝はともかく、大量の葉っぱは何に使うのか。
それについては、バジゴフィルメンテの横に立つ、もじゃ頭の冒険者が教えてくれた。
「葉っぱを竈にくべれば一気に燃えて瞬間的な火力を得られるのさ。さっと火を通す料理を作るのに重宝するって、需要があるわけよ」
「枯れ枝と葉っぱで、燃料は行き渡るってこと?」
「まさか。枝や葉っぱは、貧しい人のためのもんさ。木を伐採して作る薪は、伐採作業で魔物が近寄ってきて危険な分だけ高くなるからな。面子を気にしなきゃ、領主薪って選択肢もあるけどな」
聞きなれない言葉について、バジゴフィルメンテは問いかける。
「なんだよ、その領主薪って?」
「領主貴族は、もしものときのために、色々な物資を備蓄しているのさ。薪もその備蓄の一つだけど、余剰分を売ってくれるのさ。冒険者組合が売る薪より少し安いんで、飲食店なんかは領主薪を使ってることが多いって話だ」
「普通の家庭では、領主薪は使わないわけ?」
「税を取られた上に薪代まで領主に払うなんてごめんだ、って考える人が多いからな。特に冒険者が身内にいる家庭の場合はな」
「その意地のために、高い方の薪を買うと?」
「領主薪は備蓄の余剰分で売り出される量が少なかったり、全くない日があったりで、確実に手に入るか分からないって問題もあるからな。それなら少し高くても確実に手に入る方の薪を頼りにするのは当然の判断だろ」
領主、領民、冒険者の関係には、根深い問題がある。
その事実をバジゴフィルメンテが認めたところで、薪拾いをしている少年少女たちの中で騒動が起こった。
「テメエ! オレの籠から枝を抜いたな!」
「そんなに沢山あるんだから、良いだろ少しぐらい!」
取っ組み合いの喧嘩を始め、大声でお互いを罵る少年二人。
その周囲から少年少女が離れる代わりに、護衛の冒険者が一人すっ飛んでいった。
「バカか、お前ら。ここは魔境の森の中だぞ。大声を出すな」
「「でも、こいつが!」」
仲裁した冒険者が少年二人を腕力で引きはがしたが、熱中している二人は大声を張り上げ続ける。
ここでバジゴフィルメンテの隣にいたもじゃ頭が、舌打ちをした。
「チッ。あんなに大声を張り上げやがって。声を聞きつけた魔物が近づいてくるじゃねえかよ」
もじゃ頭は少し考えると、自分の武器である槍を高く掲げて、大きく円を描くように振り回した。
すると少年少女の集団を囲っていた護衛達が動き出し、少年少女に荷物を持たせて街の方へと送り始めた。
喧嘩をしている二人の少年も、仲裁している冒険者が襟首を掴んで引っ張り、強引に街の方へと向かわせる。
「危険かもしれないと判断して、一度街に戻るわけか」
「そんで俺ら二人は、殿ってわけ。まあ、だいたいの場合は取り越し苦労で終わるんだけど」
「今回は、そうならなかったみたいだよ」
バジゴフィルメンテは、街に近づくため後ろ向きに歩きつつ、剣を鞘から抜いた。
もじゃ頭も、掲げていた槍を引き戻して、手元に構えながら街へと下がっていく。
すると、森の奥からと、左側から、何かが接近してくる音が聞こえてきた。
奥側からは複数、左側からは一つか二つ、音の発生源があるように、もじゃ頭には感じられた。
「おい、サンテ。お前は数が少なそうな左側を――」
「左のは、もう近くまで来ているよ」
もじゃ頭の指示を無視して、バジゴフィルメンテが剣を左に振るった。
すると森の茂みを突っ切って突っ込んで出てきた、アルミラージが現れた。
アルミラージの鋭く研がれた刃のような角がバジゴフィルメンテへと直進する――が、バジゴフィルメンテが先に振るった青銅剣が、アルミラージ顔を両断する方が早かった。
青銅剣の刃は、アルミラージの目から入り込み、頭蓋骨を斬り裂き、後頭部へと抜けた。
アルミラージは目から上の頭部を丸ごと失って絶命し、飛び込んだ勢いのまま地面に落下した。
もう一匹アルミラージが草むらから飛び出てきたが、こちらも瞬く間にバジゴフィルメンテに首を両断されて絶命した。
あまりに一瞬な決着に、もじゃ頭は驚きの目をバジゴフィルメンテへ向ける。
「魔物を倒せるし、剣の腕も良いって聞いてはいたけどよ。功績を盛っているどころか、話半分ですらねえじゃねえか」
そんな感想をもじゃ頭が呟いていると、その声を聞きつけたかのように、森の奥から五匹のゴブリンが出てきた。
しかも運が悪いことに、ゴブリンのうち二匹の手には、錆びた剣が一本ずつ握られていた。
素手のゴブリンでも、戦い慣れていない人間なら殺されてしまう。
刃物を持ったゴブリンなんて、下手したら中堅の冒険者でも大怪我を負いかねない相手だ。
もじゃ頭が命をかける覚悟を決めようとしていると、その横をバジゴフィルメンテが通り抜けていった。
バジゴフィルメンテが走り進んでいく方向は、刃物を持つゴブリン二匹がいる場所だ。
「ばっか、サンテ!」
「他の三匹の相手、お願いしますね」
バジゴフィルメンテは、冒険者らしくない言葉遣い――普段の言葉遣いで要望を出すと、そのまま刃物を持つゴブリンへと斬りかかった。
ぎゃんぎゃんっと金属が打ち合う音が、森の中に響く。
バジゴフィルメンテが攻撃し、ゴブリン二匹が刃物で防ぐという構図が続く。
「ぎゃぎゃぎゃううう!」
「ぎょごぎょおあああ!」
刃物持ち二匹が声を上げると、素手ゴブリン三匹がバジゴフィルメンテを横から襲おうと身構える。
しかし、その三匹が行動を起こす前に、もじゃ頭冒険者が槍で三匹のうちの一匹に傷を与えていた。
「へへっ。俺だって、ちょっとは天職に体を預けることができるんだぜ」
脇腹に傷を受けたゴブリンが、傷口を押さえながらながら地面に倒れ込む。
他二匹の素手ゴブリンは、刃物持ちの援護ではなく、もじゃ頭への攻撃を優先した。
こうしてもじゃ頭も、ゴブリン二匹と戦うことになった。
その戦いの中で、バジゴフィルメンテの口から独り言が漏れた。
「武器破壊の勘所は掴めたから、もういいかな」
バジゴフィルメンテは、踏み込みながら力強い一撃を刃物持ちゴブリンの一匹に放った。
そのゴブリンは、バジゴフィルメンテの攻撃を剣で受け――その剣が砕けた。
「ぎがっ!?」
驚きの声を上げた直後、その刃物を失ったゴブリンの首がバジゴフィルメンテの青銅剣で跳ね飛ばされた。
「ぎょぐううう!」
仲間の仇だと言いたげに、残った刃物持ちゴブリンが斬りかかってくる。
バジゴフィルメンテは青銅剣で突きを放ち、ゴブリンの持つ錆びた剣の剣身を叩いた。
すると、まるでガラス細工だったかのおうに、錆びた剣が粉々になった。
間近で砕けた剣の破片を浴びて、ゴブリンは顔が破片で傷ついた傷みで目をつぶって硬直する。
その隙を、バジゴフィルメンテは突き、ゴブリンを斜めに斬り捨てた。
刃物持ちゴブリン二匹を危なげなく倒した後で、バジゴフィルメンテは、ゴブリン二匹に苦戦中のもじゃ頭の援護に向かった。
バジゴフィルメンテが背後から襲って一匹倒すと、最後のゴブリンは背後のバジゴフィルメンテを警戒する動きを見せ、その見せた隙をもじゃ頭の槍が突いて、勝負は決着となった。