78.帰り道
ノードンジから王都へ帰る道。
その道の上を進む、クルティボロテ学園の生徒たちの列は、行きよりも長くなっていた。
理由は、騎士以外の全ての人員が、馬車に乗っているから――つまり、行きよりも馬車の数が多いからだ。
騎士とその騎馬が先頭を歩き、その後ろにぞろぞろと馬車の列が道を快調に進んでいく。
そんな馬車も、色々と種類がある。
高位貴族の子息子女が借り入れた、四人乗りの箱馬車。こちらには、それぞれの子息子女が使用人と共に乗り込み、辺境の町で溜まった疲れをそれぞれの空間で癒している。
その他の従来教育の貴族生徒たちは、それぞれの使用人たちと共に、行きで使用人が乗っていた馬車に乗り合っている。
その馬車からあぶれた生徒と、バジゴフィルメンテ派の中の貴族生徒は、使用人と共に幌馬車に乗り合わせになっている。
そして最後に、バジゴフィルメンテ派の平民生徒たちは、覆いのない荷馬車に詰め込まれて、狭い思いをしながら道を進んでいた。
では、バジゴフィルメンテ派のトップである、バジゴフィルメンテ、マーマリナ、アマビプレバシオンは、どの馬車に乗っているのか。
区分でいうのなら、三人は幌馬車に乗っているべきだろう。アマビプレバシオンは、王女という立場から、独自に雇い入れた馬車に乗っていても不思議ではない。
しかし三人は、平民生徒たちが乗る荷馬車に、それぞれの使用人と共に乗っていた。
「まったく、お嬢様の酔狂には困ったものです」
「バジゴフィルメンテ様は、きっとそうするだろうなって、覚悟してました」
「…………」
侍女三人が、それぞれ非難がましい感想を、荷馬車の上で口にする。
そのことに対して、マーマリナが憮然とした態度になる。
「普通の辺境暮らしでは、馬車なんて乗りませんわよ。学生のうちに甘い環境を覚えては、わたくしたちのためになりませんわ! 二日で王都に変える日程でなければ、バジゴフィルメンテ派閥の生徒は馬車に乗せませんでしたよ!」
マーマリナの鼻息荒い主張に、バジゴフィルメンテは苦笑いを返す。
「楽できるところは楽して、使えるものは使った方が良いと、辺境出身であっても、僕はそう思うけどね」
「まあ! 自分に厳しい、バジゴフィルメンテ様の言葉とは思えませんわ!」
「そうかな? 鍛錬目的じゃないのなら、無駄に疲れても仕方がないと思うけど?」
「徒歩での行進も、立派な鍛錬ですわ」
「それは行きでやったでしょ。二日の魔物との戦闘で、皆も疲れている。馬車を使って移動中休んで体力と気力を戻すのも、立派に鍛錬のうちだよ」
バジゴフィルメンテは笑顔で、荷馬車の様子を見るように、顔を向ける。
荷馬車の上には干し藁が敷かれていて、その柔らかい藁に沈むように、多くの生徒たちが寝ている。
バジゴフィルメンテ主導で行った、命がけで魔物と戦闘する二日間。
その戦闘を乗り越えた疲れが、魔境から離れた安全な道の上で表に現れ、生徒たちを眠りに誘ったのだろう。
そうして寝むる生徒たちの傍らには、個人個人の荷物がある。その荷物の中には、初めて自力で倒した魔物の一部――毛皮だったり牙だったり爪だったりが、戦利品として存在していた。
そんな生徒たちの様子を見れば、マーマリナも『やはり馬車から降りて行進するべき』とは主張できなかった。
「仕方ありませんわね」
マーマリナが鉾を収めると、彼女の侍女であるチッターチが笑顔になる。
その笑顔を、マーマリナが見咎めた。
「なにか、わたくしの行動がおかしいですの?」
「いえ、お嬢様を笑ったわけではありません。この課外授業の中で仲良くなった、とある貴族家の使用人の言葉を思い出しまして」
「それって、どんな思い出し笑いですの?」
「いえいえ。高位貴族の使用人も、大変だなと」
要領を得ない返しに、マーマリナが眉を寄せる。
するとチッターチは、勿体ぶるようなことではないと、その話を口にし始める。
「魔物に森から追い出され、お嬢様たちに戦果で負けて、その使用人の主は荒れたそうです。平民と低位貴族に負けた、我が身が恥ずかしいと」
「はっ。ざまあ、ありませんわね」
「お嬢様。口が悪いですよ」
「これは失礼いたしましたわ。話の続きをお願いできるかしら?」
「まったくもう――それで荒れている貴族の子を、この帰還の道中で慰めるらしいです。雇った箱馬車の中で、二人きりで」
「それって!?」
マーマリナが、男女の色恋の予感に浮足立つ。
しかし続くチッターチの言葉は、その予感から離れたものだった。
「抱きしめて頭をナデナデしたり、膝枕をしながらお菓子を食べさせたりするそうですよ。お嬢様たちと同い年なのに、情けないことです」
「……それって、隠語のようなものではありませんの?」
「文字通りの意味だそうですよ。まあ、使用人とはいえ、命令されても好いてもいない相手に体を差し出したりはしませんし」
それもそうかと、マーマリナは納得した。そして、そういうことがしたいのなら、使用人ではなく専門職の人を呼んだ方がいいよなと、辺境で冒険者と関りながら育った常識からそう思った。
「ともあれ、そした癒しを求めるほど打ちのめされているのなら、前の大模擬戦会で受けた借りは返したと、そう思っても良さそうですわね」
「お嬢様。あのときのことを、未だに根に持っていらっしゃったんですか」
「当然ですわ! あの唐突な模擬戦会は、わたくしたちの派閥を潰そうとする、学園長の企みに違いありませんもの! この課外授業で見返すことができて、ざまあ見晒せですわ!」
「お嬢様。口調が悪くなってますよ」
気炎を上げるマーマリナと、それを窘めるチッターチ。
その様子を、バジゴフィルメンテは微笑ましそうに、アマビプレバシオンは羨ましそうに見ていた。
そしてアマビプレバシオンは、ちらりと自分の侍女を見て、その顔が無表情――天職に身を任せきっていることを知って、こっそりと溜息を吐く。
アマビプレバシオンとその侍女は、マーマリナとチッターチのようには成れないと悟ってのものだ。
アマビプレバシオンは、気持ちを入れ替えるように明るい表情になると、この後の学校行事を話題にし始めた。
「こうして課外授業が終わったので、後は座学試験と卒業生追い出し大会で、今学期の行事は終了ですね」
その言葉に、バジゴフィルメンテとマーマリナが首を傾げた。
「座学試験があるのは、まあ予想通りだけど」
「卒業生追い出し大会って、なんなんですの?」
二人の疑問に答える形で、アマビプレバシオンが説明を始める。
「名前の通りに、学園を卒業する生徒と戦う行事です。卒業生は学園で修めた技量を披露し、在校生は自分が卒業するまでに至るべき技量を学ぶことができる。そういう意図のある大会です」
「つまり、課外授業の前に行った、模擬戦会。あれを卒業生主体でやるということですわね」
なるほどと頷いた後で、マーマリナはバジゴフィルメンテに半目を向ける。
「バジゴフィルメンテ様。笑顔が深くなってますわよ。卒業生と戦いたい気持ちは分りますけど、自重してくださいませね」
「大丈夫。ちゃんと卒業生の全ての技量を披露させられるように戦うから」
「……全力を出した卒業生を打ち倒す、と言っているようにしか聞こえませんわね」
マーマリナは追い出し大会のことが心配になったが、自分ができることはないしと、問題を棚上げして忘れることにした。