69.畑の町
学園の新入生が行う課外授業は、季節の風物詩だ。
開催される時期も向かう辺境も毎年同じなので、五日間の行進で新入生とその護衛達の列が通る道も毎年同じ。
その道の近くに住んでいない人にとっては、少し遠出をして見学しに行ってみようかと思うような、見道楽の対象でしかない。
しかし道の上に存在する町々にとっては、毎年頭の痛い問題だ。
新入生たちが五日間の間に泊まることになる町にとっては、特にだ。
王都からほど近い、とある町。
王都に住まう人の食料事情を大いに支えている、広大な畑がある町。
その町の代表者が、町長宅に集まっていた。
「学園の子供らが泊まる場所は、例年の通りに、休耕畑で野宿させるとはいえだ。騎士様、兵士、貴族の子の使用人については、野宿させるわけにもいかない。寝泊りする場所と食料の確保を、こちら側がせにゃならん」
「その人らに出した食料や宿泊代は、後で学園が払ってくれるっていうが」
「正直、食料に余裕があるとは言えんぞ。後で金を貰ったところで、金は食えん」
そう、問題は食料についてだ。
この町は、広大な畑を持っているとはいえ、その多くが王都に出荷されていく。
この地を治める貴族と御用商会との売買契約があり、ほぼ全ての農作物を持ってかれる。その代わり、住民には少なくない額の金銭が渡されている。
そうして畑で育てた食料を持ってかれてしまうため、町の住民が通常食べているものは、出荷に適さない傷があったり可食部が少ないクズな食物が殆ど。
しかし、この政策は仕方がないこと。
なにせ、人の数が多くなりすぎて食料問題が出たからこそ、辺境を開拓しようとし始めた。
つまり全ての畑の作物を買い上げて適切な場所に流さなければ、領地のどこかで飢え死にが発生しかねない状況なのだから。
この町の食料庫の中も、基本的には住民が一年食いつなげるぐらいの食料しかない。
では、どうして毎年学園の新入生たちが泊まる場所なのに、その彼らの分の食料がないのか。
それは、ちゃんとした理由があった。
「生徒も兵士たちも、それぞれが携帯食を持ってきている。それを食べてくれればいいのだが」
「生徒たちはともかく、兵士や騎士は携帯食と作物の交換を求めてくる。そして貴族の子の使用人は、金で食料問題を解決しようとする。毎年のことだ」
「携帯食は日持ちはするから、最後の最後は頼りになるんだがな。日常的に食べたいものじゃないからなあ」
そう愚痴っても仕方がないと、代表者は町で渡せる食料の上限を決めることにした。
そうした準備が終わったところで、学園の学生とその護衛や使用人たちが町にやってきた。
傾いた日に照らされながら、先頭を進む馬に乗った騎士たちと、その後に続く槍を掲げた兵士たちは、威風堂々としながらも整然とした歩き方を披露している。
騎士も兵士も、その顔は無表情――つまり天職に身を任せながら移動してきたことがわかる。
それに引き換え、後続の学園生徒たちはというと、持参した背嚢が重たいと言いたげな、足を地面から離せないかのような歩き疲れた様子だ。
そんな見た目の隊列が町の中まで入ってきて、最後尾の生徒たちまで入った。
ここで、先頭にいた騎士の一人が号令を発した。
「行進停止! 今日は、この町で寝泊りする。さあ、準備に取り掛かれ!」
その号令が聞こえたところで、町人たちが隊列へと近づく。
家畜の世話に明るい人が騎士から馬の手綱を預かり、馬屋の方へと誘導する。
愛想の良い人達が生徒を先導して、テントを張るための休耕畑へと案内する。
町の食料庫番は、荷馬車を牽いてきた輜重兵と馬車に乗る使用人に、どれぐらいの食料を求めるかを聞きにいく。
町長は、なにか問題があったときのために控えていたのだが、その彼に近づく三人の人物がいた。
女生徒三人――いや、二人は女性だが、一人は女顔の男性だと体つきを見て、町長は判断した。
その三人は、他の生徒の多くがへばった様子の中、一切疲れた様子も見せず、町長に話しかけてきた。
まずは短髪で胸が平たい女生徒が口を開いた。
「失礼しますわ。貴方は、この町の代表者と見ましたわ。合っているかしら?」
「ええ、はい。わたくしめが、ここの町長をやらせてもらってます」
町長が少し警戒しながら答えると、それは良かったとばかりに、その女生徒は笑顔になる。
「なら、少し畑に入らせていたく許可をくださいませんこと?」
予想外の要請に、町長は眉を寄せる。
この女生徒の口調は貴族的だ。そして貴族が畑のことを知っているはずがないと考えた。
だから『畑に入る』という言葉を、『畑で食物を得たい』と受け取った。
「申し訳ないが、畑は我らの財産。手出しされては困ります」
町の長として毅然と断ると、その女生徒は首を傾げる。
「それは分っていますわ。だから畑に入りたいと」
この言葉に、今度は町長の方が、なにやら話が食い違っているなと、首をかしげてしまう。
そんな二人の様子を見てか、女顔の男子生徒が会話に割って入ってきた。
「町長さん。まず前提として、僕とその子は冒険者として活動していました。そして、畑の害獣に困っているようなら、その害獣を狩らせて欲しいとお願いしているんです。狩った害獣は僕らの獲物にしますが、手間賃は貰いません。どうです?」
男子生徒の言葉を受けて、ようやく町長は納得した。
「おおー、そういうことでしたか。畑の害獣駆除ですか」
なるほどと頷いてから、町長は表情を渋くさせる。
この町にも、冒険者はいる。そして、その冒険者に、畑の害獣駆除をやらせてもいる。
しかし、その冒険者は無駄飯食らいでしかないぐらいの活躍しかしていない。それこそ、追放した方が良いんじゃないかと、会合で話題に出るほどだ。
だから提案を断ろうとして、町長は待てよと思い直した。
町の冒険者は、辺境に行くことを嫌がった腰抜けの普通職だ。
一方で目の前の男子と女子は、王都の学園に入ることを許された人たち。
その両者に差があるかを見ることは、してもいいのではないか。
「……分りました。わたくしめが見ている中でいいのでしたら」
「助かります。じゃあ、どの畑に行けばいいか、指示してください」
それならと、町長は害獣の被害が多い畑に案内した。
「穴潜りに荒らされている場所だ。収穫量が望める根野菜が育てられなくて困っているんだ」
「地中から出てこない害獣か。それなら倒し方を知っているので任せてください」
男子生徒は畑に足を踏み入れながら、腰から剣を抜く。それは青銅剣だった。
彼は、葉野菜が育っている畦の間を歩き、そしてある地点で立ち止まった。
「そうだ。殺した害獣を取り出すのに掘り返したりしますけど、構いませんよね?」
「野菜をひっくり返しでもしない限りは」
「安心しました。では――」
男子生徒は美少女のような顔に笑顔を浮かべると、抜いていた剣を足元の地面に突き刺した。そして突き刺した剣を手放すと、その付近を手で掘り始めた。
少しして、男子生徒は畑から、青銅剣に胴体を貫かれた害獣を引っこ抜いた。
あまりの早い成果に、町長は目を丸くする。
「ど、どうやって、土の中の害獣を見つけたので?」
「歩いた際の感触の違いです。害獣が要る場所とそれ以外とでは、畑の土の柔らかさが違うんですよ」
そう説明すると、男子生徒は女子生徒二人を手招きした。
そして男子生徒が、畑のある場所を指して、ここに害獣がいると二人に教えた。
女子生徒たちは、要る場所と居ない場所の畑の土を踏み比べ始める。
「なんとなくは分りますわ。でも、ほんの少しの差ですわね」
「動物って振れると逃げると聞きますけど、この穴潜りという害獣は、踏むと動かなくなりますね」
「踏まれた瞬間にバタバタ動いたら、土の上からでも直ぐにわかっちゃうからじゃないかな」
そんな会話をしながら、三人は次々に害獣を倒して畑から引っこ抜いていく。
男子生徒と女子生徒の胸の豊かな方が剣を使ってから獲物を掘り出すが、最初に声をかけてきた方の女子生徒は畑に抜き手を放って土の中から直接回収する方法を取っている。
そうして短時間で、五十匹ほどの穴潜りを駆除してみせた。
町長が予想外の成果にぽかんとしていると、男子生徒が声をかけに来た。
「他の畑に入っても?」
「は、はい! 穴潜りの被害がある畑はまだまだあるので!」
この機会に、穴潜りを一掃してもらおうと、被害が多い順に畑を案内した。
先ほどの畑でコツを掴んだようで、三人の生徒はそれぞれ別の畑に入り、そして穴潜りを次々に倒して畑から回収していく。
空の日が傾ききって夜闇が迫って着た頃、総勢で二百匹に及ぶ穴潜りが畑から駆除された。
「大変に助かりましたよ!」
町長が大喜びでお礼を言うと、男子生徒がニッコリと笑い返してきた。
「物は相談なんですけど、この穴潜り。幾つか渡すので、畑の作物と交換してくれませんか?」
その提案に、町長は驚いた。
「この穴潜り、食べられるので?」
「皮を剥いで内臓を抜いて、灰汁を取りながら長く煮込めば食べられますよ。肉の味に少しクセがあるけどね」
穴潜りが食べられると知って、町長は悩んだ。
肉が食べられる機会は貴重だ。
例え、掌大の毛むくじゃらで美味しそうに見えない獣であっても、食肉の誘惑は抗いがたいほどに。
その心の葛藤に決着をつけたのは、男子生徒からもたらされた更なる情報だった。
「この穴潜り。腹と手足を骨に沿って開きにしてから、塩水に漬け、その後でカラカラに干せば、長期保存が可能だよ。冬のスープの具材にいいですよ」
冬の新たな食糧となると知っては、もう逃すことはできなかった。
町長は穴潜り百匹を受け取る代わりに、男子生徒が求めた常識的な量の農作物を渡すことに同意したのだった。