64.大模擬戦
『邪剣士』チージュモは、学園長の思い付きで始まった、新入生限定の大模擬戦会の審判に駆り出されていた。
広い運動場のあちこちで、一斉に模擬戦を複数行うため、新入生を教える教師だけでは人数が足りなくなったからだった。
「それまで」
模擬戦の決着を告げると、勝者――従来の方法で天書kに身を預けることを学んだ生徒が、喜びを見せながら仲間たちの方へと戻っていく。
一方で敗者――バジゴフィルメンテが提唱する学び方を実行している生徒は、口惜しそうにしながら、自身の得物である槍を振りながら戻っていく。
ああして自分の戦い方を反省しているのは、次の模擬戦に備えてのことだろうと、チージュモは思った。
バジゴフィルメンテ一派の人数は、従来法の生徒たちに比べて少ない。
そのため、バジゴフィルメンテ一派の生徒は、この模擬戦で何度か対戦しなければいけないのだ。
それにしても、とチージュモは感想を思う。
(学園長の思惑通り、という形にはなりそうにないな)
チージュモは、審判を引き受ける際、学園長がどうして模擬戦を開催することにした理由を、同じく審判を行う教師から教えてもらった。
天職の力を発揮できる者に、発揮できない者は勝てない。
それは、戦闘職でない者が決して魔物には勝てないことと同じ、世界の理だ。
だから、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちが天職の力を引き出すことが不慣れなうちに、従来法の生徒たちに彼らを打ち倒させる。それで、従来法が間違っていないという確信を持たせる。
なるほど良い思惑だと、話を聞いたチージュモは思ったものだった。
しかし模擬戦を何回か審判してみて、その思惑の通りにはいっていないなと、チージュモは感じるようになった。
なぜなら、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちは、天職に身を預けることが出来る生徒たちに負け続きではあるものの、戦闘で粘ってみせているからだ。
これは、世界の理を考えると、有り得ないことだ。
だが実際、天職の力を発揮できていない状態の生徒が、天職の力を発揮している生徒の攻撃を受けても、一撃で負けるという状態になっていない。
この理由について、チージュモは『邪剣士』として歩んだ経験から見抜いていた。
(天職の力を発揮している相手に対して、戦い慣れているからだな)
天職の力が篭った攻撃を真正面から受け止める際、天職の力を発揮できていない状態だと、必ず負けてしまう。
そこで天職の力が入った攻撃を、避ける、いなす、出かかりを潰す、等の工夫をしながら防御する。
そうすれば、従来法で学んだ生徒たちも天職に身を預けられるのはごく短時間だけなので、少なくとも一撃で負けるという状態にはならなくて済む。
しかし、それだけでないことを、チージュモは分っていた。
(天職に身を預けての攻撃を、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちは見切っているような気がする)
そう考えながら、チージュモは次の模擬戦の審判を行う。
「始め」
「おおおおおおおお!」
開始宣言の直後、バジゴフィルメンテ一派の生徒が大声を上げながら突進した。
従来法の生徒は、大声に驚いて体を強張らせ、天職に身を預けることに失敗した。
攻撃準備に入っている生徒と、棒立ちのままの生徒。
これが天職を用いない戦闘なら、決着の場面だろう。
しかし、従来法の生徒は相手の攻撃を受ける前に、天職に身を預けることに再度挑戦し、成功させた。
その生徒は、突進攻撃を武器で弾き返し、返す刃を振るった。
素早く無駄のない動き。
これは避けられないかとチージュモは思ったが、バジゴフィルメンテ一派の生徒は避けきってみせた。
その避けた動きは、返す刃を見てから避けたのではなく、自身の武器が弾かれた瞬間に回避し始めるという、どう攻撃してくるか分っているものだった。
だが、この攻防で仕切り直しになった後は、バジゴフィルメンテ一派の生徒の方が劣勢に立たされてしまう。
数秒間の天職が体を動かしての猛攻。それをどうにか避けて防ぎきっても、反撃に映る前に、対戦相手は距離をとりながら天職に再び身を預ける準備を始めてしまう。
そうして反撃の糸口が掴めないまま、窮地に追いやられる。後がないからと、破れかぶれの攻撃に移り、しかし通用せず負けてしまう。
いままでチージュモが審判した模擬戦と、同じ流れで、今回も決着がついた。
「それまで」
チージュモは決着宣言をした後で、負けた方のバジゴフィルメンテ一派の生徒に声をかけた。
「すまない。少しいいか?」
「なんだよ。派閥を抜けろって話は、受けねえぞ」
平民寮の運動着姿で乱暴な口調な生徒に、チージュモは質問する。
「対戦相手の動きが分かっているような行動があった。あれは、バジゴフィルメンテからの助言の効果か?」
天職に身を任せた状態のチージュモに勝った、バジゴフィルメンテ。
そんな人物の助言があれば、先ほどの模擬戦の内容に納得ができる。
そう考えてのチージュモの質問だったが、答えは違った。
「戦う前に助言なんか受けてねえよ。バジゴフィルメンテなら、あっちで戦い続けてるじゃねえかよ」
生徒が指す方向を見れば、運動場の一画に双剣を持つバジゴフィルメンテがいた。対戦相手の攻撃を避けたり受け止めたりしながら、なにやら相手に話しかけている様子だ。
「それなら、どうやって行動を先読みできたんだ?」
「そりゃあ、天職がやる動きが分かり易いからだ」
「分かり易い、とは?」
「天職は無駄な動きをしない。だから刃の向け方、腕を持ち上げた位置、攻撃を始める前の体の動き。それらを見て、どんな攻撃をしようとしているかを読めば、相手はその通りに動く。これは、バジゴフィルメンテの受け売りだけどな」
その理屈は、チージュモにもわかる。
『邪剣士』に体を預けた状態で戦う中で、対戦相手の次の行動を予想できたときが幾度となくあったからだ。
その理由もまた、相手の天職ならこう動くだろうなという予想によったものだった。
しかしチージュモ自身がそう予想できたとしても、『邪剣士』がその予想を役立てる動きをするとは限らない。『邪剣士』も天職なので、次の行動の最適な動きしかできないからだ。
「完璧に先読みできるのか?」
「いや、無理だって。なんとなく、こんな攻撃が来そうだなってわかるぐらいさ。でも、バジゴフィルメンテを相手にするときに比べりゃ、さっきの対戦相手なんて読みやすかったぜ。オレが上手く天職の力を引き出せてりゃ、勝てたチャンスはいくらでもあったってのに」
「……天職に身を任せれば、その力は引き出し放題だが?」
「馬鹿言うな。自分の技術と腕前だけで戦う方が、戦っていて楽しいじゃねえか。なのに、なんで天職なんて他所に戦いを預けねえといけねえんだよ」
「天職は自分の一部だ。他所という表現は違うんじゃないか?」
「いいや、違わないね。よくある戦闘職――たとえば『剣士』の天職のやつらの動きを見りゃわかるぜ。天職に身を預けた際の剣の振り方、脚の踏み込み方。それらが、誰がやっても全く同じなんだ。つまり『剣士』って天職は、鋳造品のように同じものってわけ。そんな他と同じものを、オレ自身の一部だって言えるか?」
天職が同じなら、動きも同じになる。
差異がないのだから、それは自分の動きではない。
そして自分の動きでないものに、戦いを預けることが癪に障る。
だからこそ、バジゴフィルメンテの教えを受け、自分の意思で天職の力を引き出して戦うことを選んだ。
目の前の生徒の主張を、チージュモはそう受け取った。
「色々聞いて悪かった。先読みできた理由を知りたかっただけだったんだ。ありがとう」
「へ、いいってことさ。それに、今日の模擬戦は勝てないかもしれねえけど、次の機会があったら勝つ目があるってのもわかった。これで稽古に身が入るってもんさ」
「それはいいな――だが課外授業に間に合わせるよう、心掛けておいた方が良いぞ」
チージュモが忠告すると、生徒は何かを思い出そうと視線を上向かせた
「課外授業――ああ、王都からほど近い魔境に、実地研修に行くやつか。同じ寮の先輩から聞いてる。でも、あんまり心配してねえな」
「それはどうしてだ?」
「うちの派閥には、バジゴフィルメンテとマーマリナっていう、既に魔境で冒険者として活動していたやつらがいるからな。あいつらが主導して、オレらに色々と教えてくれることになってんの。駆け出しの冒険者に教えるやり方だって話だけどな」
「冒険者をやっていたのか? その二人は、どちらも辺境伯家の子だろ?」
「マーマリナは幼い頃から好んで冒険者と関わって暮らしてたらしいし、バジゴフィルメンテは白髪オーガを倒したこともあるらしい。どちらも地元の冒険者界隈だと有名人だって、それぞれの侍女が教えてくれた」
「マーマリナはともかく、バジゴフィルメンテがオーガ殺しだと!?」
噂の『大将軍』でも、オーガを倒すことは諦めたと聞く。
それなのにバジゴフィルメンテは、本人の主義から考えると天職に身を預けずに、自力で倒してみせたという。
それほどの実績がある戦闘法だからこそ、バジゴフィルメンテは自信をもって布教しているのだなと、チージュモは納得した。
話を聞いた生徒を解放してから、チージュモは模擬戦の審判に戻った。
その後の模擬戦の結果はというと、バジゴフィルメンテが三戦全勝、アマビプレバシオンが不参加、マーマリナが一勝を上げた以外、バジゴフィルメンテ派閥の生徒は全敗だった。
そんな負け続けた模擬戦でも、チージュモが会話した生徒のように、手応えを感じた者が多かったのだろう。
学園長が想定していたような、派閥から脱退して従来法に乗り換える者は、一人もでなかった。