52.姫様と
アマビプレバシオンは、左右に一本ずつ木剣を持ち、バジゴフィルメンテと対峙した。
それを見てか、バジゴフィルメンテも新たに木剣を一つ拝借して、双剣の状態になった。
「行きますよ、バジゴフィルメンテ様」
「お相手いたします」
共に双剣の構えを取った後で、アマビプレバシオンは先に行動を開始した。
運動着を内側から押し上げている大きな乳房が激しく弾むほどの、高速での飛び掛かり。
揺れる胸元に周囲の観客からの視線が集まる感じを受けながら、アマビプレバシオンは双剣をバジゴフィルメンテに叩きつけた。
バジゴフィルメンテは、周囲の人達とは違って、視線は真っ直ぐにアマビプレバシオンの目を捉えたまま、攻撃を自身の双剣で受け止めてみせた。
「なかなかの一撃です。僕が戦った生徒たちの中で、受け止められる人は少ないでしょうね」
「評価してくださって、ありがとうございます。でも、まだまだ行きますよ」
アマビプレバシオンは、利き腕の右腕で剣を押し込んでバジゴフィルメンテを抑えつける。それと同時に、左手を動かして自身の剣を、バジゴフィルメンテの双剣から離脱させる。
その離脱させた左の剣でもって、バジゴフィルメンテの右脇へ攻撃する。
するとバジゴフィルメンテは、全身でアマビプレバシオンを押し返した後で、双剣でもって攻撃を防御しながら弾き返した。
この攻防でアマビプレバシオンの体勢が崩れたのを見てか、バジゴフィルメンテは自身の体をその場で横回転させての双剣での薙ぎ払いを繰り出してきた。
アマビプレバシオンは右の剣で攻撃を受け止めると、バジゴフィルメンテの攻撃が与える衝撃に従うように体を回転させ、攻撃の軌道上から回避してみせた。
そこからはお互いに体を回転させながら、双剣による攻撃と防御の応酬となった。
木剣同士が奏でるカツカツという音が、運動場に響き渡る。
その音を鳴らしながら、バジゴフィルメンテが余裕ある口ぶりで言葉をかけてきた。
「どうやら、僕とは違った天職の扱い方を編みだしたようですね」
喋りながらでも強烈な一撃を、アマビプレバシオンはどうにか剣と体捌きで防御しながら喋り返す。
「おわかりに、なりますか?」
「僕のように力尽くで従わせるのではなく、天職と手と手を取り合っているという感じです」
「意外と『太夫』って、奥ゆかしく私が望む方へと手を引いてくれる、そんな天職なんです」
アマビプレバシオンがニッコリと笑いながら、『太夫』に願った。
(目の前のバジゴフィルメンテ様が満足するような、そんな模擬戦をしてあげたい)
その願いを受けて『太夫』は、アマビプレバシオンへと天職の力を発揮した。
より上手に、より強力に、双剣で戦う方法を、体の動かし方という形で教え始める。
ここで普通なら、アマビプレバシオンは『太夫』に体を預けてしまえば良い。
しかしアマビプレバシオンは、『太夫』の人を魅了する力の部分は使いたくない。
だからこそアマビプレバシオンは、『太夫』が教える体の動かし方を、自分の意思でもって追従することで実現していく。
それはあたかも、『太夫』がリードするダンスに、アマビプレバシオンがついていっているかのよう。
(いつかは私が『太夫』よりも長じるようにならないといけませんけど、いまはこれが精一杯です!)
アマビプレバシオンは必至に『太夫』に従いながら、バジゴフィルメンテへと攻撃していく。
『太夫』が齎す天職の力には限界がないかのように、一撃毎に攻撃の威力と身動きが洗練されていく。
まるでこの程度では、アマビプレバシオンが願ったような、バジゴフィルメンテが満足する戦いは実現できていないと教えるかのように。
アマビプレバシオンは全身から汗を流し、体の各部からその汗を飛び散らせながら、先へ先へと要求さ続ける水準を超えていく。
するとある時点から、バジゴフィルメンテの目に適う段階になったのだろうか。バジゴフィルメンテの方からも、積極的な攻撃が始まった。
「どこまで上がって来れるか、確かめてあげるよ」
バジゴフィルメンテの挑発的な言葉に、アマビプレバシオンは言葉で応えることができない。
現時点で、すでにアマビプレバシオンの実力以上の位置まで、『太夫』に導かれてしまっていて余裕がない。
それでもと、少しでもさらに先まで導かれるようにと、アマビプレバシオンは力を振り絞る。
双剣と双剣が激しくぶつかり合い、両者の体から薄紙一枚分だけ離れた位置で剣が通過する。
当たりそうな剣筋があれば回転して回避し、その回転を活かしての逆襲を行う。
一本の剣に大して二本の剣で攻撃することもあれば、一本の剣による攻撃を二つの剣で受け止めることもある。
精神と体力とを一秒毎に大幅に削る攻防。
そんな状況に先に音を上げたのは、アマビプレバシオンの肉体だった。
「あ、えっ?」
『太夫』が示す動きについていこうとして、両足の膝に急に力が入らなくなった。
このままでは倒れると地面に手を着こうとするが、両手が剣の柄にくっ付いてしまったように離れない。
困惑する間にも、どんどんと視界では地面が大写しになっていく。
(これは顔面から地面にぶつかりますね)
どこか冷静な気持ちで、アマビプレバシオンは悲惨な未来を受け入れる覚悟をした。
しかし、その覚悟は必要なかった。
アマビプレバシオンが地面に額を打ち付ける前に、その腰をバジゴフィルメンテの腕が支えたからだ。
「少し張り切り過ぎたね。体力切れみたいだけど、大丈夫?」
バジゴフィルメンテの口調は、模擬戦を始める前より、砕けたものに変わっていた。
それがバジゴフィルメンテが実力を認めてくれた証だと、アマビプレバシオンは直感した。
それならと、アマビプレバシオンも心を許す判断をした。
「もの凄く疲れました。汗だくなのに体中が熱くてしかたないですし、なんでか剣から手が離せませんし、立つことすらままなりませんし」
「それは大変だ。まずは剣を放すところから始めようか」
バジゴフィルメンテはアマビプレバシオンの腰を片手で支え直すと、反対側の手でアマビプレバシオンの手指を一つずつ動かして剣を手放させていった。
そうして二本の木剣がアマビプレバシオンの手から離れたところで、アマビプレバシオンの侍女が大きなタオルと共に近づいてきた。
侍女はバジゴフィルメンテからアマビプレバシオンを取り返すと、そのタオルでアマビプレバシオンの体を包み込んだ。
アマビプレバシオンは侍女の失礼な真似に怒ろうとして、その侍女の視線がアマビプレバシオンの胸元に向かっていることに気づいた。
アマビプレバシオンが着ている運動着は、王族や貴族が着るにしては粗末な素材ではあるが、せめてもの気遣いとして清潔に見える漂白された白いものになっていた。
その白い運動着が、アマビプレバシオンが出した汗によって、乳房の上側の肌が透けていた。乳房を下から支える運動用の下着も、淵の部分が透けて見えてしまっていた。
自分の状態を見て知って、アマビプレバシオンは急いで周囲に視線を向ける。観客がどんな目で自分を見ているかが気になったのだ。
アマビプレバシオンに目を向けられて、男子生徒たちは気まずそうに目を逸らし、女子生徒たちは同情する目を返した。
それらの態度を見て、アマビプレバシオンは安堵した。
(『太夫』の力に魅了さてしまった様子はありませんね)
戦闘向きの力だけを天職から引き出せたことに、アマビプレバシオンは満足感を得た。
そして目をバジゴフィルメンテに向けて、彼の顎から汗が連続して滴っているのを見て、多少は満足させられただろうとアマビプレバシオンは更なる満足を感じたのだった。