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49.邪剣

 運動場の中で、チージュモは対面に立つバジゴフィルメンテを見て、内心で溜息を吐いていた。

 情報によると、このバジゴフィルメンテは不適職者だという。

 そして、先ほどまで前年にチージュモが叩きのめした『大賢者』と仲良くしていた姿を見るに、不適職者だという評判は本当なんだろうと判断した。

 どうして不適職者が、クルティボロテ学園という、戦闘職向けの学校に入学を認められているのか。

 その理由を、チージュモは自身の役目もあって、知っていた。

 先ほど学園長も言っていたように、天職に身を預けられるか否かで、戦闘の危険度は天と地ほどの差が出る。

 だからこそ、不適職者という天職の力を一切引き出せない生徒を痛めつける姿を披露することで、他の生徒たちが真剣に天職に身を預けようと志すように仕向ける。


(自分の年の半分ほどの少年少女を見せしめにすることは、相変わらず気が引けるが)


 チージュモは木剣を肩に乗せながら体を傾げるという、不真面目そうな構えを取る。

 相対するバジゴフィルメンテも木剣を持ち、真剣に剣と向き合って来たとわかる、まさに正道な正面の構えを取る。


(どれだけ剣の腕前を鍛えようと、天職の技にも力には敵わないんだ。無駄な努力だ)


 そう心の中で断じたところで、学園長の号令がやってきた。


「では、模擬戦、開始ぃ!」


 号令が聞こえた瞬間、チージュモは『邪剣士』へと完全に身を預けた。

 するとチージュモの体は、チージュモの意思とは関係なく、勝手に動き出す。

 上体を左右にゆらゆらとさせながら、一歩ずつバジゴフィルメンテに近づく。

 この相手を挑発するような動きは、真面目に戦う気がないように外からだと見えることだろう。

 しかし、普通とは全く違う剣の理を持つからこそ、邪剣なのだ。


(『邪剣士』が相手を嘲るような動きで戦うからこそ、新入生を痛めつける役割を担うことになったのだけどな)


 どれだけ無様な剣でも、天職に身を任せられている方が勝つ。

 そういう認識を生徒に持たせるために、『邪剣士』が相手を担い、不適職者は生贄になる。

 それが、これまでも、そしてこれからも、変わることのない恒例儀式だ。

 チージュモの体が、体を左右に振りながら、唐突にバジゴフィルメンテへと突きを放った。

 不意打ちだけを狙った、威力の乗らない手打ちのような突き。

 しかし狙いはとても正確で、一直線にバジゴフィルメンテの喉へと木剣の先が向かっていく。

 もし喉に命中すれば、喉を強く押された反射行動で、咳が止まらなくなり呼吸もし辛くなる。呼吸が満足に出来なくなると、人は余裕を失い、身動きの精細を欠くようになる。動きが鈍れば、さらに行動を疎外するような戦いを重ねて、痛めつけていく。

 こうした、予想外からの攻撃で有利を積み上げていくのが、『邪剣士』の戦い方。

 ある意味、チージュモの体を動かす『邪剣士』は、お手本のような攻撃を行った。

 しかし起こった結果は、いつも通りとは行かなかった。

 チージュモの不意打ちの突きは、バジゴフィルメンテの剣であっさりと叩き落とされてしまったからだ。


「なるほど。虚の動きを重視する剣だから、邪剣か。フェイントの参考になるね」


 バジゴフィルメンテは、ニコニコと笑顔で、『邪剣士』の剣の寸評を口にしている。

 その笑顔の中にある目は、まるで『邪剣士』から技を盗もうと画策している、勤勉な生徒のよう。


(ずっと笑顔のままってことは、天職に身を預けているわけじゃないんだよな?)


 どうして『邪剣士』の突きを、天職の助けなしに叩き落とすことができたのか。

 チージュモは疑問に思ったものの、己の役割に徹することにした。

 すなわち、『邪剣士』に身を預けたまま、バジゴフィルメンテと戦うことを選んだ。

 『邪剣士』の剣は、とても変則的だ。

 剣を突き出したまま腕をくねらせての、剣先を使った連続斬り。わざと剣を空振りさせて地面を打ち、その打った反動で剣を下から跳ね上げての斬りつけ。左手で斬りつける途中で剣を手放し、右手で空中の剣を掴みなおしてからの攻撃。

 その他、ありとあらゆる方法による、予想外な攻撃を行う。

 バジゴフィルメンテは、その攻撃一つ一つに、驚き、感心、疑問、納得と様々な表情を見せながら、的確に剣で撃ち落としていく。


(一切、通用してない、だと……)


 チージュモは『邪剣士』に体を預けたままで、戦慄する。

 どんな相手であろうと、初対戦時なら、『邪剣士』は一撃を食らわせることが出来る天職だ。

 それこそ、王を守る護衛騎士の隊長を相手にしてすら、『邪剣士』は模擬戦で一矢を報いることに成功している。

 しかし目の前にいる十三歳の少年相手に、『邪剣士』は一撃を入れることすらできないのだ。

 その驚きが、チージュモの心を支配するのに時間はかからなかった。

 この驚きが『邪剣士』にも反映されたかのように、拳や蹴りを放ち始めたり、地面の砂を蹴り上げたりと、更にありとあらゆる手段を使うようになった。

 だが、そのどれもがバジゴフィルメンテには通用しない。

 戦いが長引き、チージュモは体に疲れを感じ始めていた。

 『邪剣士』の動きは、相手の油断を誘ったり不意を狙ったりするため、非常に無駄が多い。そのためチージュモの体力は、『邪剣士』によって急速に消耗させられている。

 このままでは、体力切れで負けになる。

 チージュモに分っていることは、『邪剣士』も分っている。

 ここで『邪剣士』は、乾坤一擲の大博打を放つ。

 剣を大上段に振り上げると、防御を捨てた特攻を仕掛けたのだ。

 今まで散々不規則な剣を見せ続けてきたこともあり、対戦相手は必ずといっていいほど、この大上段の構えにも仕掛けがあると邪推する。

 しかし実際は、その邪推を呼び込むことこそが、『邪剣士』の罠。

 ありもしない仕掛けを警戒させることで対応を遅れさせ、その遅れに差し込むように大上段からの高速の剣を叩きこむ。

 護衛騎士の隊長にすら一撃を入れることができた、必殺の戦法。

 これは決まったと、チージュモは確信していた――バジゴフィルメンテの目を見るまでは。

 バジゴフィルメンテの黒い瞳は、まるで磨かれた鏡のように、チージュモの姿を移していた。

 その目は『邪剣士』の行動を見切っているように、チージュモには感じられた。

 実際、『邪剣士』の大上段からの一撃は、まるでそう決まっていたかのように、あっさりとバジゴフィルメンテの剣で横へと弾かれてしまった。


(……天職を扱えているのか否かはわからんままだが、役者が違うことは分かった)


 剣の腕前だけで言えば、バジゴフィルメンテとは天と地ほどの開きがあると、チージュモは理解させられた。

 心の中に諦観が広がる中、耳にバジゴフィルメンテの声が届いた。


「色々と見せてもらったお礼に、僕ならこうするっていう見本を見せますね」


 チージュモに向かって、バジゴフィルメンテが剣を振り上げる。そして振り下ろす。

 『邪剣士』が、馬鹿にするなとばかりに、バジゴフィルメンテが振り下ろした剣を防ごうとする。

 だがここで、チージュモは呆気にとられることになった。

 なぜなら、バジゴフィルメンテは剣を上段に構えたままだったからだ。


(えっ!? 剣を振り下ろす途中で上げた――いや、そんな姿は見えなかったぞ?)


 剣を振ったように見えたのに、本当は振っていなかった。

 そんな不可思議な現象を前にして、チージュモも『邪剣士』も、次の動きを選択できなかった。

 そうした行動の空白に差し込むように、バジゴフィルメンテの剣が振り下ろされた。

 今度は本当に剣は振られていたようで、チージュモの肩に木剣が命中し、激しい痛みが発生した。


「ぐっ――」


 『邪剣士』に身を預けた状態で感じた、激しい痛み。

 チージュモは思わず天職に身を預けることを止めて、激しく痛む肩を手で押さえてしまう。

 するとチージュモの首筋に、バジゴフィルメンテの剣が寸止めされた。


「続ける? あまりおススメはしないけど?」


 その口ぶりは、『邪剣士』の剣は理解できたから用済みと、語っているかのようだった。

 チージュモは肩を抑えながらバジゴフィルメンテの顔を見て、今のは自分の僻みからきた幻聴だと理解した。

 なぜならバジゴフィルメンテの顔は、剣を交えることが楽しいと語る童のような顔つきだったからだ。


「……負けを認める。大した剣士だよ、君は」

「『邪剣士』の戦い方も、今までにない感じで楽しかったよ」


 二人は握手し、互いの健闘を称え合った。

 バジゴフィルメンテは純粋に、チージュモは演説台の上で怒り心頭な顔色な学園長に目を向けないように気を付けながら。


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― 新着の感想 ―
普通に良き先輩だった!
邪剣って『正道』では無いって意味で有って、闇の力とかそう言うのじゃなかったのか……。 完全に対人用じゃんかよ。 『暗殺者』といい、何か神様が人間がモンスターに打ち勝つ為にくれたっていう話自体が眉唾…
怒り心頭なら自分がやってみ…ボコられるから
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