193.即位式
新しい王が即位する。
しかもその王は、彼の『賢王』の所有者。
その報せを受けて、王都の住民たちは色めき立った。
そして即位式の日にちが周知され、その日が近づくにつれて、住民たちは居ても立っても居られない様相へ。
「おい、明日が即位式の日だぞ。どうするよ?!」
「どこから貴族街に入るかが重要だ。入れる場所は限られている。しかも入れるようになるのは、日が上った後だ」
こうして住民たちが話し合っているのには理由がある。
貴族以外は入れない王都の貴族街。
しかし王の即位式が行われる日に限り、全ての住民が貴族街へ足を踏み入れることが新たな王の名の下で許可されるのだ。
そんな特別な許可――貴族街の立ち入りは、所詮オマケでしかない。
では本命はなんなのかというと、貴族でも役職者でなければ入れない、王城への立ち入りが許可されるのだ。
王都の住民にしてみれば、一生に一度来るか来ないかの、極めて稀な機会だ。
加えて、王城の広場には限りがある。
その広場に住民を詰め込みに詰め込んだとしても、王都の住民が全員入れる広さがあるはずがない。
つまり、王城の中に入れる人数にも限りがあるということ。
その限られた人数の枠に入ろうと色めき立つ者で溢れかえるのは、致し方がない。
朝日が出る前の時間にもかかわらず、貴族街に入るための道路には、多数の王都住民の姿があった。
彼ら彼女らが貴族街へ踏み入っていないのは、道路を封鎖している兵士たちがいるから。
もっと言えば、無理矢理押し入ろうとした馬鹿者が、兵士たちに散々に打ちのめされてから連れていかれた姿を見たからだった。
少しでも早く王城へ行きたいのに、立ちふさがる兵士によって進めない。
そんな不満感から、じりじりとした空気が、道路の上で待っている人達を包んでいく。
その空気が膨れ上がり、破裂しかける直前で、王都を薄光が照らした。
地平線からやってきた日の光が闇夜を打ち払い、王都を明るさが包んでいく。
しかし、兵士たちは道路の封鎖を解かない。なぜなら、日の光は見えても、太陽の姿が現れていないからだ。
住民たちは、もうすぐ封鎖が解けると意識し、示し合わせたように太陽が昇る方へと顔を向ける。
やがて太陽が地平線より現われ、眩い日の光が王都の建物を大きく照らしだした。
その瞬間、兵士たちは道路の封鎖を解き、道の横へと退避した。
直後、道路上に集まっていた住民たちが、一斉に貴族街の奥へと向かって駆け出した。
「うおおおおおおおおおおお!」
「いそげいそげえええ!」
勢いよく走っていくが、多くの住民にとって貴族街など入ったことのない場所。王城への道順など分かるはずがない。
だから住民たちは、遠くに見える王城の姿を目印にしながら、感で道を選んで進んでいく。
先頭を走っていた者が道を間違えたり、早道をしようという魂胆で細道を選んだり、足を止めて貴族の屋敷の門を守護する兵士に道順を聞いたりする者も現れた。
そうした選択の果てに、王城の広前へと住民たちが続々と入っていく。
広場で待っていた係員が動きだし、早く入った者から王の姿が見えるほど前の場所に案内され、それから続々と後ろへ列形成が行われていく。
広場が人で一杯になると、列形成の案内をしていた係員が手振りで信号を送り、広間の出入口で待機していた兵士たちが出入口をすかさず封鎖した。
「ああー、くそ! 入れなかった!」
「ここから見る分にはいいんだろ、なあ!」
住民たちが広間の出入口に集まり、思い思いの声を上げる。
しかし兵士たちは反応せず、封鎖を続けるだけだ。
広場に入れなかった住民たちは、新王の声を少しでも聞こうとする者と、折角の機会だからと貴族街を見学に行く者たちとに分かれた。
そうして王城前の騒動が一段落付き、広場の中で幸運な住民たちが談笑をしていると、急に城の中から「ドンッ」という音が聞こえた。
さらに「ドン、ドン」と音が連続した。
音の正体が分からず、住民たちは困惑から段々と口数が減っていき、やがて広場には「ドンドンドン」と鳴る音だけが響くようになった。
住民たちが不安げに音を鳴らす王城へ視線を向けると、広場に面する窓の一つが開け放たれた。
広場に集まる人たちの背丈の倍以上の高さにある、バルコニーの窓だ。
人が十人ほど立ち入れるバルコニーに、開かれた窓からまず二人の騎士が現われ、バルコニーの左右の端に立った。
その騎士たちから間を置かず、二人の人物が進み出てきた。
二人とも豪奢な衣服を身に着けているが、片方は頭に王冠を乗せた中年の男性で、もう片方は頭に何も載せていない年若い青年。
二人は揃ってバルコニーの前端まで進み出ると、広場に集まった住民たちに大きく手を振った。
その二人が誰なのかを、住民たちはすぐに察し、大きな声で歓声を放ち始めた。
「今の王様だ! そして次の王様だ!」
「王様万歳! 新しい王様万歳!」
「ベンディシオン王家万歳!」
大声での歓声に応える形で再び手を振ってから、王と王子の行動が変化する。
王は頭から冠を外し、王子は軽く膝を曲げてから頭を下げた。
そして冠が王子の頭に乗せられた――王権の交代が行われたのだ。
退位した前王は、新王となった自分の子の肩に手を置き、そして住民たちに見せろとばかりに体を起き上がらせる。
新王となったアビズサビドゥリア・レヒディモ・ベンディシオンは、新王の誕生に湧く住民へと改めて手を振る。
その姿を見て、前王は背を向けて窓から室内へと戻っていった。あたかも、もう自分の出番は終わりだと告げるかのように。
場を任される形になったアビズサビドゥリアが、バルコニーの欄干に手を乗せながら、広場に集まる住民へと口を開いた。
「この場に集まってくれた諸君に告げる。我は約束しよう! 我が統治によって、さらに国を発展させることを!」
力強い宣言に、住民たちは歓声を上げて支持を表明する。
その宣言の後も、アビズサビドゥリアは新王になった所信表明を演説して聞かせたが、広場に集まった者たちは熱狂に浮かれて聞いているかは怪しい状態だった。