191.修行終わり
アビズサビドゥリアが王になる儀式まで、あと数日という時期になった。
アマビプレバシオンは料理修行を続けていて、料理長からある許しを得ることができた。
「うん。料理系の天職でない者の腕前としては、良く仕上がりましたね。家庭料理どころか市井で食堂を開ける腕前であることを保証いたしますよ、姫様」
「本当ですか! それはよかったです!」
料理長の評価とアマビプレバシオンの嬉しそうな様子を見て、他の料理人たちも料理に匙を伸ばして味見し始める。
「おお、美味い。食材の端を使った賄い料理だと考えたら、極上だろ」
「調味料を必要最低限にしてあるのも、家庭料理だとやりくり上手だって評価なるな」
料理人たちが口々に絶賛してくれて、アマビプレバシオンは照れっぱなしになってしまう。
そこでアマビプレバシオンは、赤くなった顔を隠す代わりに、別の料理も披露することにした。
「た、旅先だと竈で焼くパンは作れないので何かないかと書庫で記述を探したら、鍋で焼く平たいパンの作り方を見つけたんですよ」
アマビプレバシオンは小麦を練って丸めた物を取り出すと、拳大に千切ってから粉を振るい、丸く平たく伸ばしていく。そうして作った生地を、竈に置いた平たい鉄鍋の中へ置いた。
小麦生地が焼かれて色づき、やがて良い臭いがし始めた。生地を裏返し、もう片方の面も焼いていく。
そうして出来上がった平たいパン。
アマビプレバシオンは一口分を千切ると、残りを料理長へ。料理長の一口分千切り、その焼かれたパンを口にいれた。
「発酵を省いた固い食味のパンですが、焼かれたばかりであることと薄いために、食べ難さはありませんな」
「このパンは、スープにつけて食べるもののようです。皿代わりにもなるのだとか」
「パンの上に料理を配膳し、まずは料理を食べる。料理の汁気を吸ったパンを、その後に食べる。という段取りなのですな。興味深い」
料理長は興味深そうに味わっているが、美味いと口にはしなかった。
他の料理人たちもパンを口にし、料理長と同じで美味いとは言わず、しかし不味いとも言わない。
その料理人の中には、このパンはこれで正解なのかと疑問に思ったのだろうか、この平たく丸いパンを作ろうとし始める者が現れた。
材料を用意して料理系の天職に身を任せ――天職が勝手に工程の最中に発酵用の酵母を生地に入れてしまって台無しになった。
「ああー。やっぱり、酵母を入れて時間を置いて、フカフカにした方が美味いもんなぁ……」
天職は最適最善の行動をとる。
料理系の天職なら、より食材が上手くなる方法があるなら、その手段を取らないはずがない。
酵母を隠して作ろうとしても、他の方法でパン生地を膨れさせる方法を天職が行ってしまうため、結局はアマビプレバシオンが見つけたレシピでのパン作りは出来なかった。
その事実に、料理実験に失敗した料理人は、自身の後ろ頭を掻いてバツが悪そうな態度になる。
「こうなると、天職に料理をまかせっきりってのも良し悪しだなあ。同じ材料を用意しても、必ず美味しくなる方の料理しか作れないってことだしなあ」
「王城で作る料理はそれで良いんだけどな。わざわざ不味い料理を作る必要なんてないし」
料理人たちが意見を戦わせ始めたところで、料理長がアマビプレバシオンに向かって口を開いた。
「それで姫様。これで料理修行は一段落ということなので?」
「そうですね。お城や屋敷で料理を振舞うことはないでしょうから、これ以上腕を磨く必要はないと思っています」
「それは、少し寂しくなりますな。いやさ、アビズサビドゥリア様が王になられた後は、王城を去られるおつもりなのでしたな。少し早いだけの違いでしたか」
「ふふっ。名残惜しいと言ってくれて嬉しいですよ」
アマビプレバシオンは改めて姿勢を正すと、王族の礼を行った。
「料理長ならびに料理人の方々。私の我が侭にお付き合いくださり、ありがとうございました。充実な時間でした」
料理長はコック帽を脱ぎ、料理人たちは服の皺を伸ばしてから、一礼を返した。
こうして、アマビプレバシオンの短い期間ながらも成長が窺えた料理修行は幕を閉じたのだった。