190.次の王になるために
アビズサビドゥリアは、王になるための式典の準備作業と、王の仕事を引継ぐ作業を行っていた。
それらの作業の合間合間に、色々な人物に会う必要にかられていた。
まずは、アマビプレバシオン以外の兄弟姉妹たち。
アビズサビドゥリアが王になるからには、現王の父親とその妻たち、そして兄弟姉妹たちには王位とは別の道を示す必要がある。
現王と妻たちは、現王が退位するに合わせて離宮へと居を移してもらい、そこで平穏な生活を送らせればいい。妻の中には、王位を退位した夫から離れようとする者も出てくるだろう。アビズサビドゥリアは、仮にそうなったら認める気で準備を進めている。
兄弟姉妹たちには、なりたい職業や、婿入りや嫁入り先にあてがあるのなら、それが叶えられるように道を整える必要がある。
将来になる職業に関しては、天職という絶対的な指針がある。神から与えられる天職に逆らうような酔狂者でなければ、その天職の通りの職場に斡旋したり体験させたりするだけでいい。
アマビプレバシオンより幼い弟妹の中には、未だ天職の儀に至っていない年齢の者もいるが、その者の中に『王』の字が入った天職が現れない限りは、与えられた天職の通りの人生を送るような手筈を整えるだけでいい。
婿や嫁入り先の貴族家は、王族という立場から困ることはない。当人が望む家や人物へ、簡単に送ることが可能だ。
ちなみにアマビプレバシオンに関しては、既にバジゴフィルメンテに嫁入り希望かつ冒険者志望であると知っているため、面談する必要すらない。
そうした家族の面談は、彼ら彼女らはアビズサビドゥリアが『賢王』を授かったときから覚悟を固めていたようで、大した混乱もなくすんなりと話が通った。
「王位を狙おうとする兄弟姉妹が居なかったことに安堵すればよいのか、それとも我を追い落とそうという強い気概を持てと苦言を口にするべきだったのか」
アビズサビドゥリアは、もしも兄弟姉妹が王位を狙ってきた際に返り討ちにできるように整えていた準備が無駄になったと、肩をすくめる。
しかし家族の問題が片付いたのならと、また別の問題に着手することにした。
こちらも将来の去就に関することだが、相手は家族のような身内ではない。
現王に仕えている重鎮たちの役職をどうするかを、アビズサビドゥリアは判断しないといけない。
「現状のままでも、悪くはないのだがな」
今でも国の運営に携わっている者たちだ。その能力には、これまでその職を担ってきたという、担保がある。
それを考えると、続投させるというのも、現実的な選択肢としてはありではあるのだ。
「だが、替えが効かない者でもない」
重鎮になれる者は、国を運営するに適した天職を持ってはいることは必須ではあるものの、爵位の高い貴族家の出身者であることが最大の条件になっている。
なので重鎮たちの天職は、文官系統ではあるものの、取り立てて珍しいものでもない。
アビズサビドゥリアが配下にしている、ジマーグニャ・ロルナマ・アングカピタの『大賢者』のような、とても珍しい天職の者は皆無といっていい。
「希少な天職の者であれば、王城勤めに出すよりも、貴族本家の方を盛り立てるために使うという気持ちもわからんではないが」
つまるところ、爵位の高い家の出身で、取り立てて珍しくもない天職の者であれば、重鎮の席を与えても良いということになる。
だからこそアビズサビドゥリアは、条件の合う能力が高い者がいれば、その重鎮の席を与えようと考えている。
そして席を空けるためには、いまいる重鎮には退席してもらわなければならない。
「瑕疵がなければ、退席を求めることは難しい。しかし、取り引きすることは可能だ。例えば、バジゴフィルメンテの実力を確かめる場を作ってやるとかのな」
昔にアマビプレバシオンの『太夫』の踊りを見て魅了され、そのままアマビプレバシオンに傾倒し続けている重鎮が数人いる。
その重鎮たちに、アマビプレバシオンはバジゴフィルメンテに嫁ぐ気でいると情報を与えたところ、見事なまでの過剰反応を示した。
その者たち曰く、バジゴフィルメンテがアマビプレバシオンに相応しいかを、我々は確かめる必要がある、のだとか。
アビズサビドゥリアが目でバジゴフィルメンテを確認し問題ないと判断したと口にしても、その者たちは頑として譲らなかった。
それならと、アビズサビドゥリアは一つの取り引きを行った。
次王の判断に従えないと口にするのなら、重鎮の席をかけて訴えろ。訴え――バジゴフィルメンテがアマビプレバシオンに不似合いだと判明すれば席はそのままだが、バジゴフィルメンテがアマビプレバシオンに相応しいと判明すれば席を取り上げる。
このアビズサビドゥリアの宣言を、アマビプレバシオンに傾倒する者たちは受け入れ、バジゴフィルメンテの実力がまやかしであることの証明に乗り出した。
その証明の結果はどうなったかといえば、今日も訓練場にてバジゴフィルメンテが無双中であることから分かるだろう。
「方々手を尽くし、あれやこれやと策を巡らして、バジゴフィルメンテに一泡吹かせようと頑張っているようだが」
様々な伝手を使って集める強敵たちを、バジゴフィルメンテは単独で退けて続けている。
バジゴフィルメンテに敗北すれば重鎮の席を失うという噂をアビズサビドゥリアが流してあるため、重鎮でなくなる者たちに協力しようという者も出て来なくなる。
「さて、空いた席に誰を座らせるのか。そして他の重鎮たちに世代交代を促す次の策をどうするかを考えねばな」
アビズサビドゥリアは目を閉じ、『賢王』に身と思考を一時的に任せる。こうすることで、自分が望む将来に繋がる妙案を、『賢王』が作りだしてくれる。
その『賢王』の献策を、アビズサビドゥリアは自分の意思でもって可否を判定し、可と判断したとしても必要とあれば部分部分に修正を加える。
そうして作り上げた策謀を、腹心の者たちやジマーグニャの『大賢者』に提示して意見を募り、さらなる上策へと仕立てていく。
こうして、アビズサビドゥリアが王になるための儀式までの時間は費やされていく。