189.訓練場に
料理長から賄い料理について「見習い以下」という評価を貰い、改善点を教えてもらってから、アマビプレバシオンは調理場の外へと出た。
厳しい評価に逃げ出したわけではなく、料理とは別の目的のために外に出ただけである。
アマビプレバシオンが向かう先は、王城の騎士や兵士が鍛錬に使っている、訓練場。
その場所に近づくに従って、木製武器を打ち合う甲高い音が聞こえてくる。
訓練場に到着すると、騎士や兵士たちが礼をしてくる。
アマビプレバシオンは彼ら彼女らに手を上げる返礼すると、訓練場の光景に目を向ける。
広い訓練場の中央で、多数の兵士や騎士が集まって、一人の青年へと襲い掛かっていた。
アマビプレバシオンがざっと数えたところ、十対一の戦いのようだ。
兵士や騎士たちは無表情――己の天職に身を任せて戦い、青年は顔に笑みを浮かべながら楽しそうに戦っていた。
「はははっ。流石に、これだけ相手の手数が多いと、捌くのだけで手一杯になっちゃうね!」
笑い声と共に感想を口にしている青年は、バジゴフィルメンテだ。
口では手一杯と言っているものの、四方八方から攻めかかられているにもかかわらず、被弾は一つもない。
片手剣の長さの木剣を用い、兵士や騎士が振るう武器を素早く弾いて防御している。その弾かれた武器のうちの幾つかが、他の仲間が振るう武器に当たって不協和音を奏でてもいる。
「弾いた武器を他の方の武器に当ったのは、バジゴフィルメンテ様のことですから、狙ってやっているのでしょうね」
事実、仲間同士で武器を当て合ってしまった兵士や騎士たちは、天職に身を任せることが続けられなかったようで顔に表情が戻ってしまっている。
彼らはすぐに天職に身を任せ直そうとするが、それより先に、バジゴフィルメンテが体を寄せて木剣を振るっていた。
バジゴフィルメンテの木剣は、天職に身を任せていない者の内二人、その太腿の内を撫で当てた。
天職に身を任せていない状態では、天職の能力である『魔物や天職の力を発揮していない者からの攻撃は無効化される』という不思議な防御も効かない。
そのため、太腿に木剣を撫で当てられた二人は、言い訳の余地なく脱落が決定。
二人が離れ、バジゴフィルメンテを囲う人数が八人に減った。
人手が減ったことで、バジゴフィルメンテに積極的に反撃する余裕ができたのだろう。先ほどまでは防御主体だった戦い方が、防御から反撃を繰り出す戦い方へと変化していく。
それからすぐにバシバシと木剣が体に当たる音が響き、四人が模擬戦から脱落した。
「これで半壊っと。さてどうする? 降参する?」
バジゴフィルメンテが問いかけると、対戦相手側の全員の顔に表情が戻った――天職に身を任せることを止めたのだ。その後で、彼らは両手を上げて降参だと示した。
「王城の騎士が五人かかりでも勝てないことは、この一つ前の模擬戦で実証されている。これ以上は無駄だ」
「こっち側が半減した後、俺の天職は堅守の構えをとった。つまり天職が、君に勝てないと判断したんだ。負けを認めるしかない」
その判断を聞いて、バジゴフィルメンテはニッコリと笑顔を返した。
「分かりました、僕の勝ちということですね。それでどうします? また人数を増やして再戦しますか?」
「そうだな。次は『兵士』の天職の者たちを二十人、相手にしてもらおう」
「『兵士』だけですか?」
「『兵士』は人数が多ければ多いほど手強くなるぞ。なにせ人数が多くなると、方陣を用いて戦うようになるからな」
「へぇ、それは面白そうですね」
わくわくとした様子のバジゴフィルメンテを見て、アマビプレバシオンは苦笑してしまう。
「普通は、不利だと文句を言う場面ですよ」
笑った後で、あれだけ楽しそうにしているのなら問題ないと判断を下す。
その後でアマビプレバシオンは、訓練場の中、訓練場の外周、そして訓練場を見れる位置にある王城の窓へと目を向ける。
すると訓練場の外周と王城の窓の幾つかに、人影を認めた。
外周にいたのは、誰かの使用人らしい者。主人からバジゴフィルメンテが戦う様子を見るように申し付けられているのか、携帯用の筆記具で何やらメモを行っている。
王城の窓にいたのは、王城内の仕事中に休憩に入ったと思わしき、貴族らしい衣服の者。バジゴフィルメンテが元気溌剌に方陣を組んだ『兵士』へと向かうのを見て、苦々しそうな顔になっているのが遠目でも確認できた。
そしてアマビプレバシオンは、その貴族らしい者たちの顔に覚えがあった。
「天職の披露の場で『太夫』に魅了された者ですね。魅了してしまったのはかなり前ですし、ちゃんと『治療師』に治してもらったはずなのに、未だに私の信奉者をやっているのですか」
『太夫』の能力を知らなかった故の失敗とはいえ、過去の自分のやらかしが未来の災いになっていることに、アマビプレバシオンは胸を痛める。
「彼ら彼女らに言って聞かせた方が良いのでしょうか。でも下手なことを言うと、王城務めを止めて、私に付いてくると言いだしかねないのですよね」
どうしようかと考えつつ、バジゴフィルメンテの様子は見終わったしと、料理修行のための知識を求めに図書室へと向かうことにしたのだった。