188.料理作り開始
アマビプレバシオンの料理修行は、順調に推移していった。
最初は、城に勤める料理人たちの動きや手つき、そして食材の選び方を見て学んだ。
アマビプレバシオンが特に参考になったのは、料理人たちが作る賄い飯だ。
料理人たちは下級の使用人たちが口にする賄い飯は、一見するとゴミのような食材の端材を使っているのに、見事に美味しそうな料理として出来上がる。
冒険者として活動するのなら食材の無駄を無くす料理も学ぶべきだと、アマビプレバシオンは賄い飯を作る技術を積極的に学ぶことにした。
この判断は、アマビプレバシオンの料理修行に美味い方向に進む切っ掛けとなった。
それはアマビプレバシオンが料理長に、賄い飯の作る技術について質問した後のこと。
「本当に姫様は料理を作る技術を身に着けたいのですね。それでしたら、賄い飯なら、お作りになられても構いませんよ」
「本当ですか!?」
「ええ。もともと賄い飯作りは、料理修行中の者の腕試しのような側面があります。なので姫様が作っても、問題はありません。例え料理作りを失敗しても、それはそれで良い教材になりますので」
「教材、ですか?」
「どうして料理が失敗したのか。食材の焼き煮過ぎか、それとも足りなかったか。調味料の過少か過剰か。そうした失敗の原因を把握し、それをどう補えば美味しく食べられるかを考える。これもまた、料理人としての修行になります」
「そうなのですか? でも、皆さまは調理系の天職をお持ちなんですから、作る料理を失敗なんて有り得ないと思うのですが?」
「ところが、そうでもないのですよ。食材の端材だけを使って料理しようとしても、他にちゃんとした食材が残っていると、天職はそっちを先に使おうとしてしまうんですよ。それに、天職が作る料理は最適最善ではありますが、人には味の好みというものがありますのでね。姫様にも、あと一振り塩を入れたいなって、料理を食べて考えた覚えがないですかね?」
「それは――ないとは言えませんね」
アマビプレバシオンが、王城暮らしをしていた頃は感じていなかった。
しかし、学生として暮らし、バジゴフィルメンテに付いてあちこちへと出かけ、半年の課外授業で冒険者として暮らし、その先々で料理を食べてきた経験から、改めて思ったことがある。
王城で饗される料理は、見た目に美しく、食材は的確に火入れされていて、極上の出来栄えではある。しかし味については、出汁は利いているものの、塩気は極めて薄いと。
天職が作る料理であるからには、その塩気の薄い料理こそが、人の体に最適最善の食べものであることは間違いないだろう。
アマビプレバシオンはそう理解しているが、塩味の強い冒険者向けの料理に口が慣れてしまった今では、もっと塩気を強くしてもいいのにと思ってしまうのを止められなかった。
「天職が作る料理が薄味だと分かっているのでしたら、皆さんが塩を入れて調整してくれればよろしいのでは?」
アマビプレバシオンが咎める口調で告げると、料理長は大きく首を横に振ってきた。
「とんでもない。私どもが天職に身を任せて料理を作り終えた後、その作った料理に新たに手を加えることは厳禁なのです。そんな真似を許してしまっては、料理に毒物を仕込む余地ができてしまいますので」
「最適最善の料理であることが、毒が入る余地がないことの証明になっているわけですね。そしてその証明が、貴方たちを守ることにも繋がるわけですね」
「料理を運んで配膳する使用人についても、必ず天職に身を任せ続けていなければいけません。もし作業の途中で天職に身を任せることを止めた姿があったなら、その者は厳しい取り調べを受ける決まりになっています」
王族の口に入るものにかかわるからには、不審な行動と思われないようにする必要がある。
正当な行動だという証明を、天職は必ず最適最善の行動を行うという特性から、天職に身を任せ続けることで作ることができる。
だが王族の口に入らない料理――賄い飯を作る場合は、そういう証明が要らない。
だから料理人たちは、作り上げた料理を好き勝手に味付けし直すことも可能になる。
そういう事情を知ってから、アマビプレバシオンはふと疑問が沸いた。
「そういう事情があるのでしたら、私が賄い料理を食べるのはダメなのではないですか?」
「そりゃあ、ダメですね。なので姫様が作った料理は、私どもで食べます」
「ええー! 私が作った料理を、私が食べられないのですか!?」
「姫様が一から全部作ったものであれば口になさって良いのでしょうが、いまの姫様にそれだけの技術がおありで?」
アマビプレバシオンは、自分一人で料理を作り上げる自信はなかった。
料理人の動きは見て学んでいるが、学んだ動きを熟せるだけの練習は積んでいない。
そも動きを熟せるようになる練習のために、賄い飯を作ろうとしているのだ。
十全な動きが実現できるまで、料理人たちの助言や手助けが必要であり――つまりそれまでは、アマビプレバシオンは自分で作った料理を口にできないということでもある。
「……分かりました。少しでも早く、一人で料理を作れるように頑張ります!」
「意気込みはご立派です。では早速、賄い飯作りをしていただきます」
料理長が手配してくれた食材の端材を前に、アマビプレバシオンは何を作ろうかと料理を考え始めた。




