186.技術取得
天職『太夫』は、特定の対象に尽くすことで真価を発揮する。
アマビプレバシオンは、自身の天職のその特性を把握した後、バジゴフィルメンテの役に立つように剣技を学ぶことを選択した。
その結果、学園を次席で卒業することに至った。
そしてアマビプレバシオンは、アビズサビドゥリアが戴冠する式典が始まるまでの時間を活用し、より『太夫』を活かすべく行動を開始した。
「というわけで、よろしくお願いしますね」
というアマビプレバシオンの挨拶に、困惑した顔を返すのは王城の料理長だ。
「姫様。ご事情は分かりましたが、本当に料理を学びなさるので?」
「はい。学園の最終学期を通して、私は理解しました。バジゴフィルメンテ様だって料理を作れるのですから、私だって手料理の一つも作れずにはいられないと!」
課外授業での冒険者活動中、必ずしも村や町で宿を取れるとは限らなかった。
ときどき行った野営にて、食事を作る役割は、バジゴフィルメンテとラピザが主として担っていた。
なにせアマビプレバシオンもマーマリナも、料理を作る技能を持ち合わせていなかった。アマビプレバシオンの侍女は貴族家出身者で、身の回りの世話には長けていたが、食事を作ることは不得手だった。マーマリナの侍女チッターチは、食事を作ることは出来たが、それは生鮮食品を必要とする技能だった。
以上の結果、冒険者の旅中で保存食や野草や野獣を調理して美味しく仕上げるのは、バジゴフィルメンテとラピザに任されていた。
そうして作られたバジゴフィルメンテの手料理を口にしながら、アマビプレバシオンは思ったのだ。
バジゴフィルメンテの料理を食べるのではなく、アマビプレバシオンが料理を作って食べさせたいと。
しかし最終学期中は、冒険者活動をやらねばならず、腰を落ち着けて料理を学ぶ機会は作れなかった。
だからこそ、アビズサビドゥリアの即位式が始まる前の暇な時間を使って、アマビプレバシオンは料理を学ぼうと思ったのである。
そういう事情を改めて料理長に伝えると、腕組みで考え込む素振りを返されてしまった。
「姫様がお求めになっているのは、有り物の材料で美味しく料理を仕上げる技術でございましょう。我ら『料理人』の天職を持つ者ならば、どんな物を使っても美味しく料理を作る自信はあります。ですがそれは天職任せの腕前であって、お求めの技術とは違うかと思うのですが」
「その点は理解しています。だから今日は、皆さまの働きぶりを見て、要点を覚えようかと」
「見て覚える、ですか?」
「『天職』の動きは、最適最善です。どうしてその動きをしたのか、その理由を探り、把握し、そして再現することこそが、バジゴフィルメンテ様が提唱する新しい天職の関わり方です。このバジゴフィルメンテ式の方法において、私はなかなかの腕前です。皆さまの動きを見て覚え、その動きの意味を把握することだって、できるはずです」
「はぁ、そういうものでしょうか。ですが見るだけっていうのでしたら、ご自由に。何らかの指導がご入用でしたら、料理の支度を終えた後で質問してください」
料理長は納得しきっていない顔だったが、調理場のどこにいれば自分たちの邪魔にならないとアマビプレバシオンに伝え、自分の仕事に戻っていった。
他の料理人たちも、この会話が聞こえていたようで、チラチラとアマビプレバシオンに視線を送って、気にする素振りを見せていた。
しかしそれは、料理を始める時間になる前まで。
作業開始時間に鳴った瞬間、調理場にいる全ての人が天職に身を任せて無表情に変わり、自動的な動きで料理を開始した。
様々な食材が下拵えされ、的確な大きさに切りそろえられる。そして、それらの食材は焼いかれたり煮られたり蒸されたりなどで、最適に料理されていく。
調理場の至る所で、料理人たちが様々な方法で料理を作り上げていく。
その動きを、アマビプレバシオンはつぶさに観察する。
(行動が似ている人達の天職は、城で多く雇っていると聞いている『料理人』ですね。食材を『料理人』に渡してばかりいるのは、『栄養士』でしょうか。デザートを作っているのは『菓子職人』たちで、料理長は一番動きが良いので『料理人』より上の天職なのは間違いないようですね)
どの動きを取り入れようかと考えながら、アマビプレバシオンは調理場全員の動きを見て学んでいく。
そうやって時間が過ぎ、やがて調理場の人の動きが一人一人と順番に止まる。
やがて全員の動きが止まったところで、その全員の顔に表情が戻った。
どうやら料理は全て終わったようだ。
料理長は、作り上げた料理が『使用人』たちによって運ばれるのを見送ってから、アマビプレバシオンに近寄ってきた。
「姫様、どうでした? なにか学びがありましたか?」
「はい、有意義な時間でした。全て学べたわけではないので、何回か足を運ぶ許可をいただきたいのですが」
「今日のように、調理場の端で立って見ているだけでしたら、何時でも構いませんよ。それで、なにかお知りになりたいことは?」
「そうですね――いえ、今日は止めておきます。今日見た行動の意味を把握してから、質問させていただきます」
アマビプレバシオンは一礼し、調理場の外へと出た。
次に向かうのは、王城の図書室――様々な出版物や資料が本として大量に収められている場所だ。
「食材の栄養の把握から学び始めましょう。野草は薬や毒にも使えるとも聞いたことがありますから、薬関係の書物を当たるのも良いかもしれません。最終手段として、お兄様の『賢王』やその側近の『大賢者』に質問して助言を貰うというのもありですね」
アマビプレバシオンは、そう決めた通りに、食材や薬についての本を読み漁ることにした。