185.進路
アマビプレバシオンは、学園を卒業した後、王城に滞在していた。
本人の希望としては、直ぐにバジゴフィルメンテと一緒に冒険者の旅に出たかった。
それに待ったをかけたのは、兄であり次の王である、アビズサビドゥリアだった。
「近く、戴冠する予定だ。その式典に、アマビプレバシオンも参加して欲しい」
「お兄様、王様になられるのですか? よく、お父様が承知なさいましたね」
「それは、アマビプレバシオンとバジゴフィルメンテのお陰と言える」
アビズサビドゥリアが王になる後押しをした覚えはないのにと、アマビプレバシオンは首を傾げる。
「特に覚えがないのですけれど?」
「バジゴフィルメンテが発見した、新たな天職の関わり方。そしてアマビプレバシオンが育てた、従来の人が天職に従う方法から進展した同調法。これらの発見と普及がされ始め、世は新時代が到来しつつある。この時代の流れに王家が乗り遅れれば、世に混乱が起こることになりかねん」
「その時代の流れに、お父様は乗ることができないと?」
「父上は、良くも悪くも世を平定することには長けているが、変化に即応即断する能力には乏しい。我に国内の問題解決を任せているのも、父上の能力では解決できないか時間がかかるからだ」
「そういった道理を解いて、お父様に王権の移譲を迫ったのですね」
「重鎮どもが、我の意見に大いに賛同しての結果だ。無理強いしてはいない」
王の交代が行われるとあっては、アマビプレバシオンも王族の一人として祝わないわけにはいかない。
下手に式典に出席しないという判断をすれば、「アマビプレバシオンはアビズサビドゥリアが王になることを認めていない」などという嘘の噂が流れかねないからだ。
そのため、アマビプレバシオンは新王誕生の式典が行われるまで、王城に滞在することになった。
そういった事情を、アマビプレバシオンはマーマリナとバジゴフィルメンテに伝えた。
「ということで、マーマリナのご実家の領地に向かうのは、しばらく後になりそうなんです」
「そういうことでしたら、わたくしは王都で人材確保で時間を使わせていただきますわ。わたくしの実家の領地は、魔境を切り取り続けて、絶賛発展中。人はいればいるだけ良いですわ! バジゴフィルメンテ様の教育法を教えれば、年寄りだろうと身体に障害がある方であろうと、現場復帰可能ですわ! というわけで、言ってまいりますわ!」
そういうことなのでと、マーマリナはアマビプレバシオンに言葉を告げると、王都の平民や貧民が集まる区域へと行ってしまった。
その様子を、マーマリナは苦笑し、バジゴフィルメンテはニコニコ笑顔で見送った。
二人きりの状況になり、マーマリナは話題を探しながら、バジゴフィルメンテに声をかける。
「それで、バジゴフィルメンテ様はどうなさりますか? そういえば、ラピザさんが居られないようですけれど?」
最終学期の半年間、アマビプレバシオンとマーマリナが侍女を連れて行ったように、バジゴフィルメンテもラピザを課外授業の供にしていた。
特にラピザの場合は他の侍女とは違い、アマビプレバシオンとマーマリナとバジゴフィルメンテと共に冒険者活動に同行してくれていた。
だからアマビプレバシオンは、これからバジゴフィルメンテが冒険者として生活する中で、ラピザも同行すると考えていた。
しかし、それは考え違いだったことを、バジゴフィルメンテから教えられる。
「ラピザのことは、ハッチェマヒオに再雇用をお願いしたよ。本人もそう望んでいたしね」
「そうなのですか。意外です」
「意外でもないんじゃないかな。だってラピザは常々、次の就職先を探していたんだし」
「そうだったのですか、知りませんでした。それにしても、ハッチェマヒオ様に、ですか?」
「ラピザがそう決断した決め手は、僕とハッチェマヒオが仲直りしたかららしいよ。ハッチェマヒオが僕に反目することを止めたのなら、プルマフロタン辺境伯家に雇い直されても悪い扱いをされないだろう、ってね」
ちゃんとした考えあっての判断と聞いて、アマビプレバシオンもラピザの決断を尊重することにした。
「それでバジゴフィルメンテ様。私の兄――アビズサビドゥリア王子が戴冠するまでの間、どうなさいます? 先に、マーマリナの実家の領地へ向かうのですか?」
「それでも良いけど、マーマリナの人材確保を手伝うのも良いよね。アマビプレバシオンも、実は僕に待っていて欲しいと思っているんでしょ?」
「はい、その通りです。私は、バジゴフィルメンテ様とマーマリナ様と一緒に、冒険者として歩いていきたいです」
そんな会話をしていると、急にバジゴフィルメンテが顔を横向かせた。
それはアマビプレバシオンから視線を外すというよりも、誰かの接近を警戒しての行動のように映った。
どういうことかとアマビプレバシオンも、バジゴフィルメンテが目を向けている方向へと視線を向けた。
すると廊下の遠くの方から、二人に近づいてくる人たちの姿があった。
人物が近づいてきて、姿が分かる距離になった。
それはアビズサビドゥリアと、その護衛騎士たちだった。
護衛連れでどうしたのだろうと、アマビプレバシオンは疑問を抱きながら、アビズサビドゥリアの接近を待った。
アビズサビドゥリアは、二人に接近し終えると、笑顔を見せた。しかしその笑顔は、心から笑っているものではなく、何かしらの企みを腹の内に抱えたもののように、アマビプレバシオンには見えた。
「ちょうど二人に様があったのだ。いや、より詳しく言えば、バジゴフィルメンテに用ができたのだ」
「僕に用、ですか? 士官のお話なら、お断りいたしますが?」
バジゴフィルメンテの歯に衣着せない発言に、アビズサビドゥリアの周りにいる騎士が色めき立とうとする。
しかしそれより先に、アビズサビドゥリアが片手を上げて護衛たちを制止した。
「そういう率直な物言い、嫌いではない。だからこそ身近に置きたいと思ったが、まあ無理強いはせん。安心せよ」
「士官のお話でないとしたら、なんのご用なのでしょうか?」
「うむっ。我は、貴様とアマビプレバシオンの仲について認めておる。共に冒険者として身を立てたいと考えていることも、賛同している」
「その口ぶりですと、アビズサビドゥリア王子以外の方は、そう思っておられないと?」
「仕方あるまい。アマビプレバシオンは、絶世の美女に成長した。天職『太夫』の他者を魅了して骨抜きする特性も鳴りを潜めている。であれば、王家に紐づこうとする者や、アマビプレバシオンの美貌を手中に収めたいと望む者が現れるのは道理であろう」
自分の話題だと知って、アマビプレバシオンは会話に割って入る。
「お兄様。私は、そういったことは」
「分かっておる。そういう輩に、アマビプレバシオンを任せようとは、我も思わん。だが、バジゴフィルメンテには責任がある。アマビプレバシオンを預けるに足る人物だと、そう証明する責任がな」
アビズサビドゥリアが『証明する気はあるか』と問いかける視線を、バジゴフィルメンテに送っている。
対してバジゴフィルメンテは、その視線に圧力すら感じていない素振りで言い返す。
「証明と言われても、僕にできることは、剣振りぐらいですよ?」
「その剣振りにて証明するがいい。アマビプレバシオンの進路に待ったをかける不心得者たちが擁立する刺客を相手にな」
「真剣勝負ですか?」
「あちら側が望むのならば、命をやり取りも辞さなくてよい」
そういうことならと、バジゴフィルメンテはあっさりと了承してしまった。
またバジゴフィルメンテ様はと、アマビプレバシオンは騒動の予感にやきもきする気持ちになった。