184.雇い直しの交渉
ラピザの申し出に、ハッチェマヒオは呆気に取られてしまう。
ハッチェマヒオが何も言えなくなっている間に、バジゴフィルメンテとラピザの間で会話が交わされていく。
「僕から離れる決断をしたんだね。それはどうして?」
「ワタシの天職は『暗殺者』ですから、魔物を相手にする冒険者にはあまり向いていません。それと、王都で転職活動をしていたんですが芳しくなくて、古巣に戻れるのなら戻りたいなと」
「僕に長く勤めてくれたから、離れるというのなら、退職金は包む気でいるけど?」
「有難く受け取らせていただきますが、そのお金で悠々自適な第二の人生という気にはなれませんね」
とんとん拍子にラピザが退職する流れで進む会話に、ハッチェマヒオは待ったをかけた。
「待て待て。まだ僕様は、ラピザを雇い直すとは言っていないぞ! 僕様がどうするか聞いてから、離れる離れないを語れ! 僕様が雇わないと言ったら、貴様は無職になるんだぞ!」
ハッチェマヒオの言葉に、ラピザは雇われる自信がありそうな表情を返してきた。
「絶対に、ハッチェマヒオ様は雇ってくださいますよ」
「そうか限らないだろ。貴様はバジゴフィルメンテの味方だったんだ。敵対者だった僕様に――」
「バジゴフィルメンテ様は、ハッチェマヒオ様のことを常に弟の一人だと認識していました。なので敵対者ではありませんでしたよ」
「――ぐぬっ。だ、だが敵対派閥であったことは間違いあるまい」
「その派閥にしても、オブセイオン様――いえ、オブセイオンが失脚したことで、今や消失したようなものでしょう。それにお二人の仲互いも、先ほどの会話を見る限り、解消されたようですし」
「それは、そうかもしれんが……」
ハッチェマヒオが釈然としない気持ちを抱えていると、ラピザからの自身を売り込む言葉がやってきた。
「ハッチェマヒオ様がプルマフロタン辺境伯家を継いだ後。『暗殺者』の手腕が必要になるときが、必ず来ますよ」
「ふんっ。僕様が誰かを殺せと、貴様に命じると思っているのか。『暗殺者』に頼るぐらいなら、僕様の手で始末をつけるぞ」
ハッチェマヒオが気概を語ったところ、ラピザの返答は首の横振りだった。
「誰かを殺すためではありませんよ。誰かに殺されないためものです」
「要するに、誰かから送ってくる刺客の備えに、貴様を使えということか?」
「ハッチェマヒオ様には敵がいる事が予期されます。バジゴフィルメンテ様を次のプルマフロタン辺境伯にと推す者や、オブセイオン様にすり寄って甘い汁をすすっていたような輩は特に」
そう言われると、そういう未来が来ないとも限らないと、ハッチェマヒオも思ってしまう。
刺客の備えに『暗殺者』を抱えておくのは、悪い手ではない。
そしてラピザ以外の『暗殺者』を手に入れる伝手を、ハッチェマヒオは持っていない。
そんな現状を考えると、ラピザがプルマフロタン辺境伯家に戻ってくることは、良い事のように感じられる。
利点は多く浮かぶ中で、ハッチェマヒオにとって引っかかるのは、やはりバジゴフィルメンテの配下だったという一点だ。
(もしかしたら、バジゴフィルメンテはラピザを使って、僕様を暗殺する気なのではないか)
そんな疑問が頭に浮かんだが、それはないなと否定する。
バジゴフィルメンテの実力があれば、ハッチェマヒオを暗殺することはわけないはずだ。
バジゴフィルメンテは、『剣聖』とは違う天職の動きも修めている。そしてバジゴフィルメンテとラピザは長いこと共同で暮らしていた。それを考えると、修めている動きの中に『暗殺者』がないとは考えられないのだから。
つまりは、バジゴフィルメンテが『暗殺者』を用いる必要がないため、ラピザの転職もラピザ自身の考えの下の判断だと受け止めるべきだ。
「……わかった。プルマフロタン辺境伯家に再就職を約束してやる」
「本当ですか! ありがとうございます。では、この後から早速」
「だが、僕様の近くに侍るのではなく、プルマフロタン辺境伯領の屋敷で勤めてもらうぞ。学園にいる間は、僕様の身の安全は約束されているようなものだからな」
学園は王城の横に建てられている。その立地の関係から、王城を守る騎士が学園も警備している。
そんな場所に『暗殺者』を差し向けてくる輩がいたら、王族は威信をかけて『暗殺者』だけでなくその首謀者まで刈り取るだろう。
だからこそ、学園にいる生徒は安全は保証されている。
「いま気にするべきは、屋敷に軟禁している父上だ。父上をプルマフロタン辺境伯のままにしたい者などいないだろうが、父上を軟禁場所から救い出して、僕様を次期プルマフロタン辺境伯から外させることはできるからな」
「軟禁して半年たっているのに、今更ですか?」
「半年たった今だからだ。時間が経てば、父上が軟禁場所から逃げ出す警戒も薄れる。そしてバジゴフィルメンテが卒業した今こそ、そういった連中は説得に動き出す絶好の機会でもあるからな。だからラピザはプルマフロタン辺境伯領に向かえ。それが聞き入れられないのなら雇わないからな」
ハッチェマヒオが宣言すると、ラピザは考える素振りを短く行うと恭しく頭を下げてきた。
「ハッチェマヒオ様のご用命、承りました。では急いで、プルマフロタン辺境伯領に戻らせていただきます」
あっさりと受け入れられたことに、ハッチェマヒオが面食らう。
その心の隙を突くように、ラピザがススっとハッチェマヒオに近寄ってきた。
「雇われるに従って、給金のすり合わせをしたく。オブセイオンからは、このぐらい給料を頂いておりました」
ラピザが手指で示してきた金額は、なかなかに高額だった。
ハッチェマヒオは、前の学期休みで領地運営の書類をさばいた経験から、そのぐらいの給料を払う余裕はあると判断し、ラピザの提示してきた給料で契約することにした。
かなり前にも書きましたが、嬉しいご報告を。
当作品、書籍化予定でおります。
GAノベル様より10月発売予定で、既に予約開始されております。
詳しい内容は、もう少し経ってから、改めてご報告いたします。