175.一進一退
バジゴフィルメンテの耐え間ない連撃。
それに対して『斧術師』は、片手斧の柄の斧頭近くを持って取り回しを良くし、斧の刃で攻撃を受け止め続ける。
バジゴフィルメンテは、ハッチェマヒオが体格と体重に優れる代わりに、手数と素早さで勝っているようだ。
立ち位置を細かく変えながら、常にハッチェマヒオの防御が薄い場所へ目掛けて、剣の連撃を放ってくる。
これほど激しい運動をすれば、あっという間に息切れしそうなもの。
しかしバジゴフィルメンテの表情は、通常と同じ微笑み顔。息苦しさを欠片も感じていないように見える。
一方でハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテの素早い動きと剣の速度に、目をついていかせるので精一杯になっていた。
(体は『斧術師』が動かしてくれる。だがバジゴフィルメンテの攻撃を見極めようとして、勝手に目玉を上下左右に動かすこと。これが災いして、僕様の視界が回り始めている)
視界が連続的に転回することで、ハッチェマヒオの認識力がついていかなくて頭がくらくらしてくる。
ハッチェマヒオ自身は認識しきれなくとも、『斧術師』は正確に見えているのだろう。
バジゴフィルメンテの連続攻撃を、斧で受け止め続ける音が止むことはない。
しかしハッチェマヒオが認識できないということは、同調法の肝である天職の動きの通りに動こうと意識することができないということでもある。
そのため、いまのハッチェマヒオは、普通に天職に身を任せている状態と同じだ。
ハッチェマヒオは同調法を使うことで、どうにかバジゴフィルメンテと同程度の戦闘力を発揮することができていた。
その前提が崩れたいま、徐々にハッチェマヒオの戦況は劣勢へと傾き始めていた。
(このまま、ずるずると戦況を悪化させるわけにはいかない)
ここでハッチェマヒオは、視界は使い物にならないと諦め、『斧術師』がどう動こうとしているかを感じることで同調法を再開することを試みた。
この半年。ハッチェマヒオは、色々な人との模擬戦を通じて、『斧術師』の動きに詳しくなった。
そして今の状況が防御主体であると念頭に置けば、『斧術師』がどう動き始めたかさえ認識できれば、その後の動きを全て予想することができる。
その自負の通りに、ハッチェマヒオは視界でバジゴフィルメンテの攻撃は捉えられなかったものの、『斧術師』の動きに同調法を発動させながら防御することに成功した。
一度成功してしまえばコツは掴めるもので、ハッチェマヒオは同調法を使った防御で徐々に戦況を建て直すことに成功する。
そうした防御の最中に、ハッチェマヒオの耳にバジゴフィルメンテの声が入ってきた。
「へぇ。この戦い方は、アマビプレバシオンに通用したものだったんだけど、ハッチェマヒオにはダメだったか」
ハッチェマヒオが同調法を使っての防御に成功したことで、バジゴフィルメンテはこの戦い方が意味ないと悟ったらしい。
バジゴフィルメンテはすぐに高速移動を止めると、ハッチェマヒオの正面に立って構え直す。
バジゴフィルメンテが止まって構えたことで、ハッチェマヒオの目も正面に向く。先ほどまで動きに動いていた視界が急に静止状態になったことで、ハッチェマヒオに陸酔いのような眩暈が襲ってきた。
ハッチェマヒオは石の力で眩暈を堪え、『斧術師』との同調法を意識する。
「では、次はこれにしよう」
バジゴフィルメンテは、軽い言葉を吐いた直後に、するすると滑るような足取りで距離を詰めてきた。
『斧術師』はすぐさまに反応し、近づいてきたバジゴフィルメンテに斧を叩きこもうと動きだす。この一撃で決着をつけるためか、斧の刃に風の魔法を纏わせて攻撃している。
ハッチェマヒオも同調法によって、その攻撃を手伝うことにした。
ハッチェマヒオの手にある片手斧が、バジゴフィルメンテが防御で掲げた剣に当たった。
その瞬間にハッチェマヒオの手に伝わった感触は、奇妙なものだった。
斧と剣が当たった音は耳に入ってきたのに、手の感触は軟かい泥土を棒で叩いたかのように手応えが薄い。
この感触の通りに、斧の攻撃は通じていないのだろう、バジゴフィルメンテは痛痒を感じていない微笑み顔だ。
『斧術師』によって何度も斧が振るわれるが、再三同じ手応えが返ってくるばかりで、バジゴフィルメンテに通用している感じは一切ない。
(魔法で威力を底上げしているのに、どうして効いていない!?)
ハッチェマヒオは驚きながらも、同調法を切らさないように努めながら戦い続ける。
そうした攻防が何回か続いたところで、急にバジゴフィルメンテの防御の仕方が変わった。
先ほどまでは剣で受け止めるばかりだったのに、剣で斧を横に流すような形で打ち払ったのだ。
その打ち払いは強烈で、まるで見えない巨人に腕を掴まれて引っ張られたかのよう。
ハッチェマヒオの体は余りの強い打ち払いによって、姿勢を泳がせてしまう。
『斧術師』が直ぐに姿勢を立て直し、再び風を纏った斧でバジゴフィルメンテを攻撃する。
しかし今度も、先ほどと同じように打ち払われ、大きく体勢が崩れる結果になった。
『斧術師』は体勢を再度立て直したが、今度は攻撃することができなかった。
なぜなら、バジゴフィルメンテが剣を鋭く振るい、ハッチェマヒオの片腕を打ち据えようとしてきたからだ。
『斧術師』は、どうにか斧で攻撃を防いだが、この一撃も今までで一番の強さ。それこそ防御ごと吹き飛ばそうとするほどの威力があった。
「さてどうする?」
バジゴフィルメンテが問いかけながら、鋭さと威力が乗った剣を振ってくる。
『斧術師』は、その一撃一撃に翻弄され、またもや防御一辺倒な状態へ。
ハッチェマヒオは口惜しい気持ちを抱えながら、今は耐える時だと判断し、同調法を用いた防御に専念することにした。