174.因縁の対決
卒業生追い出し大会は、いよいよ最終戦となった。
対戦者は、ハッチェマヒオとバジゴフィルメンテだ。
ハッチェマヒオは模擬戦用の片手斧を、バジゴフィルメンテは片手剣を手に、運動場の中央へと歩いていく。
その二人に、最終戦は見逃せないと、周囲の観客からの視線が向けられる。
そんな大量の視線を、二人はまるで気にしていない素振りで歩みを進め、同時に停止場所で立ち止まった。
ハッチェマヒオは、倒すべき敵であるバジゴフィルメンテに厳しい視線を向ける。
「今日こそは――いや、今日だからこそ、僕様が勝つ!」
ハッチェマヒオの大声での宣言。
それを聞いて、観客の反応は冷ややかだ。
「学園絵負け無しと聞くバジゴフィルメンテに、本気で勝てると思っての言葉か?」
「ああいう輩はいるものさ。大言を口にして注目を集めようっていうな」
「これが最終戦だ。せいぜい楽しい試合を見せて欲しいものだ」
そんな感想が、観客たちの口から洩れていることを、ハッチェマヒオの耳が捉えた。
少し前のハッチェマヒオなら、こういった発言に怒りを募らせていただろう。
しかし今のハッチェマヒオの意識は、常にバジゴフィルメンテに集中している。そのため観客の声は、軽い騒音のようにしか聞こえない。
ハッチェマヒオが高集中状態でいることを、バジゴフィルメンテは気付いた様子で話しかけてくる。
「僕と戦うために、ずいぶん頑張ったって聞いたよ」
「戦うためじゃない。勝つためだ。貴様に勝って、僕様こそ次のプルマフロタン辺境伯であると証明してやる」
「爵位が欲しいなら、好きにすればいいよ。僕は必要としていないし」
「そういう問題じゃない。貴様に勝つことで、誰はばかることなく、僕様がプルマフロタン辺境伯であると名乗れるということだ」
「僕に勝たないと、ハッチェマヒオのプライドが許さないって話なわけだね。ようやく理解できたよ」
会話の交換が終わった直後、審判が試合開始を宣言した。
その直後、バジゴフィルメンテは大きく跳び退いた。ハッチェマヒオが何もしていないのに関わらず。
このバジゴフィルメンテの行動には、どういう意図があるのか。
ハッチェマヒオは直感的に理解する。
「僕様の天職は『斧術師』。魔法を使う方が有利な距離まで、あえて下がったということか」
どうしてハッチェマヒオに有利になるように――バジゴフィルメンテが自分を不利に置くような行動をとったのか。
その理由は、バジゴフィルメンテがハッチェマヒオを侮っているからしか有り得なかった。
「その余裕な態度。崩してやろう!」
ハッチェマヒオは怒気を込めた声を放つと、すぐに『斧術師』に身を任せ、そして同調法を使い始めた。
『斧術師』がハッチェマヒオの体を動かし始め、そしてハッチェマヒオは動きに追従する形で体を動かそうと意識する。
こうして同調法が発動し、普通に天職に身を任せるときよりも、数割も速度と威力を増した行動がとれるようになった。
ハッチェマヒオの手から、火の魔法が放たれる。
人の頭ほどの火球が滑空し、バジゴフィルメンテへと向かう。
そんな火球が、続けざまに、二発三発と放たれる。
どの火球も、バジゴフィルメンテに直撃する軌道をとっている。
一方でバジゴフィルメンテは、火球が連続してやってきているにもかかわらず、避ける素振りが全然ない。
もしかして、火球にあえて当たる気なのか。
バジゴフィルメンテの様子を見て、ハッチェマヒオがそう危惧してしまう。
しかしそれは、要らない心配だった。
「僕に遠距離魔法攻撃は通用しないよ」
バジゴフィルメンテが、ハッチェマヒオに、そして観客に伝えるように言葉を放つ。それを終えてから、剣を振るった。
剣の間合いに入った最初の火球が、その剣振りによって真っ二つにされた。分かれて半球となった火球は、バジゴフィルメンテの左右に分かれて脇を通り過ぎ、背後で虚空へと消え去った。
続く第二第三の火球も、同じ結末を辿った。
火球がダメなら。
そうハッチェマヒオが考えたように、『斧術師』も判断したらしい。
ハッチェマヒオの手の先から、石の槍と風の刃の魔法が放たれた。
しかしそれらも、あっさりとバジゴフィルメンテに斬り裂かれ、何の痛痒も与えられないまま消えてしまった。
魔法を斬る妙技に、観客からは歓声があがった。
「魔法とは、斬れるものなのだな」
「馬鹿を言うなよ。あんな真似、武器を扱う『天職』だって出来やしない」
「あのバジゴフィルメンテだからこそできる技、というわけだ」
手放しに誉める観客。
一方でハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテが魔法を斬れたカラクリに気付いた。
バジゴフィルメンテの持つ剣は、学園が用意した、模擬戦用の片手剣。
そんな剣に火球が当たれば、剣身は焼け溶けるのが当然だ。石槍に当たれば砕け、風刃を受ければ両断されるはずでもある。
そうならなかったということは、バジゴフィルメンテの持つ剣は普通の剣ではないということ。
学園側がわざわざ銘剣を用意していないのなら、帰結できる結論は一つしかない。
(バジゴフィルメンテも魔法を使っている。火や風を放つようなものではなく、剣身を強化する類のものをだ)
『斧術師』の天職を持つハッチェマヒオにも、斧の刃に風やら火やらを纏わせて相手を攻撃するという、同じようなことはできる。
しかし、いまバジゴフィルメンテが持っている剣を見ると、そういった現象が起こっているようには見えない。
つまりハッチェマヒオの知らない魔法が、あの剣にはあるということになる。
その魔法の正体について、ハッチェマヒオは期にはなった。しかし、まず気にするべきは試合の行方だろうと、気を引き締め直した。
ちょうどここで『斧術師』もバジゴフィルメンテには遠距離攻撃魔法は効かないと判断したらしく、ハッチェマヒオの体をバジゴフィルメンテへ向かって走らせ始めた。
遠距離戦がダメなら、接近戦へ移る。
最適最善の行動を旨とする、天職らしい当然の選択。
そして当然であるからこそ、この『斧術師』の行動はバジゴフィルメンテに読まれてしまっているようだった。
「まあ、そうくるよねッ!」
ハッチェマヒオの体が走り出したのに合わせるように、バジゴフィルメンテが前へと跳び出した。
両者の距離が急速に縮まっていき、やがて走る勢いをお互いに乗せての攻撃がぶつかり合った。
ハッチェマヒオとバジゴフィルメンテ。そして斧と剣。
ハッチェマヒオの方が体格と体重が上なので、ハッチェマヒオが武器を振るった方が威力がでいる。そして耐久度で言えば、斧の方が剣よりも上だ。
だから普通なら、体格と体重に優れた方が斧を振るえば、それらの条件が劣る側の剣は折れてしまいかねない。
しかし現実は、バジゴフィルメンテの剣は斧と衝突しても健全なままで、更にはギリギリと刃を合わせた状態での押し合いを始めていた。
ハッチェマヒオとバジゴフィルメンテの顔の位置は近い。
そのためハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテの余裕ある微笑み顔を間近で見ることになった。
(涼しい顔をしやがって!)
ハッチェマヒオは苛立ちながらも、同調法を使って武器の競り合いに勝とうとする。
やはり体格で優れているうえ、同調法を使った底上げもしているためか、競り合いにハッチェマヒオが勝り始めた。
そう状況が推移しているにもかかわらず、バジゴフィルメンテは楽しそうな顔のままだ。
「おっと、やっぱり僕の方が不利か。なら、ここまではハッチェマヒオに付き合ってあげたから、ここからは僕の番ってことにするよ」
そうバジゴフィルメンテが宣言した直後、ハッチェマヒオの体が急につんのめった。
先ほどまで競り合いで感じていたバジゴフィルメンテからの圧力が、一瞬にして消え去ったからだ。
『斧術師』が最適最善の行動を取るにしても、その行動を切り替えるための前兆すら掴めなければ、『つんのめる』なんて失敗行動をしでかしても仕方がない。
しかし『斧術師』は直ぐにハッチェマヒオの体の姿勢を立て直し、バジゴフィルメンテに対応しようとする。
バジゴフィルメンテが横薙ぎに振るってきた剣を、『斧術師』は斧で受け止めた。
「僕の連撃に、ついてこれるかな?」
バジゴフィルメンテは、ハッチェマヒオにあえて教えるような宣言をしてから、縦横無尽に空中を走る剣戟を放ってきた。




