172.アマビプレバシオンと『大剣豪』
今回の追い出し大会は、長丁場になっていた。
天職に身を任せての戦いなら、互いの天職の性能差や、天職に身を任せることを失敗したりで、決着が容易くつくことが多い。
しかし、バジゴフィルメンテ式の教育を受けた生徒たちは、自分の意思と天職の力を引き出す動きでもって、粘り強く対戦相手と戦う。
だから一戦一戦の決着までに長い時間がかかってしまっていて、大会自体の進行も遅くなってしまっていた。
そんな状態だったが、大会が後の方になればなるほど、今度は決着までの時間が段々と短くなり始めた。
卒業生の中で成績優秀な者と、在校生の中で成績優秀な者とでは、卒業生の方が明らかに実力が上なためだ。
在校生がどれだけ粘った戦い方をしようと、卒業生の成績優秀者は相手の隙を上手くついて勝利してみせる。
その決着までの時間は、段々と短くなっていく。
それこそ卒業生の中で三番目の成績に認定されたマーマリナの出番は、ほんの数秒だけで終わった。
開始の合図と同時に、マーマリナは対戦相手へと駆け寄り、相手の不用意な攻撃を誘発させた。
その目的も定まっていない攻撃を掻い潜った直後、マーマリナが吠えた。
「そこ、ですわあああああああ!」
マーマリナの手足による連続攻撃が全て命中したことで、対戦相手は失神負けとなった。
今大会始まって以来の瞬殺劇に、観戦している者たちから拍手が送られる。
マーマリナは全身で身振りして称賛に返礼すると、次の対戦者に場所を空けるため、粛々と運動場を後にした。
マーマリナが去り、そして卒業生の中で成績二番目となる、アマビプレバシオンが運動場に現れた。
双剣を手にしているアマビプレバシオン。
それに対するのは、『大剣豪』のトレヴォーソ。
模擬戦開始の合図を待つ二人を、ハッチェマヒオは運動場の脇で次の自分の出番を待ちながら見ていた。
「『大剣豪』の戦闘力を考えれば、トレヴォーソが追い出し大会に出ることは分かるが」
常に『大剣豪』に身を任せているトレヴォーソは、前期でバジゴフィルメンテに負けて傷つきはしたが、今でも天職に身を任せる派閥の金看板のまま。
この追い出し大会でバジゴフィルメンテ式の教育を修めた生徒を打倒できれば、ある程度は天職に身を任せる派閥は復権できる。
もちろん、大して強くない卒業生を倒したところで、評判は上がらない。
だからこそ、績優秀な卒業生と戦わせることは既定路線ではある。
ハッチェマヒオの事前予想では、マーマリナが『大剣豪』の対戦相手に選ばれるだろうと考えていた。
しかしふたを開けてみると、マーマリナは別の生徒を瞬殺して大会を終えており、王女であるアマビプレバシオンが『大剣豪』の相手をしようとしている。
この状況は、ハッチェマヒオの想像の外だった。
「『大剣豪』を打ち負かせるほど、アマビプレバシオン王女はお強いのか?」
ハッチェマヒオはそう訝しみながら、アマビプレバシオンの様子を確かめた。
そして、アマビプレバシオンの意気込んでいる表情を見て、思い違いを理解した。
「あの顔は『大剣豪』に勝つ自信がある表情じゃないな。むしろ強大な相手に勝とうと挑む顔だ」
どうしてそんな顔をアマビプレバシオンがしているのかを、ハッチェマヒオは知らない。
だがアマビプレバシオンが何かを求め、それを手に入れるためには『大剣豪』に勝つことが必須なんだろうと、アマビプレバシオンの真剣な顔つきから予想できた。
それと同時にハッチェマヒオは、アマビプレバシオンが何を求めたかを、大まかに把握していた。
「恐らくは、バジゴフィルメンテに関係することだろう。差し詰め、あいつとの結婚とかか?」
そう言葉を口にして、ハッチェマヒオの胸にキュッと締め付けられる感触が走った。
振り向いてもらえないと分かっていても、ハッチェマヒオはアマビプレバシオンを好きなままでいる。
そんな気持ちでいる人物が、アマビプレバシオンが自分とは別の誰かと結婚すると想像すれば、嫉妬や喪失感から気分が悪くなっても仕方がない。
ハッチェマヒオは、胸に渦巻く悪い気分を深呼吸と共に外に追い出し、改めて運動場へと顔を向ける。
ちょうど審判が模擬戦の開始を告げ、アマビプレバシオンとトレヴォーソが戦い始める瞬間だった。
「ふぅー」
とアマビプレバシオンが大きく呼吸をしてから、双剣を手にトレヴォーソに近づいていく。
トレヴォーソは、『大剣豪』に身を任せている状態のため、無表情かつ無言で剣を構えて立ったまま。
そうして二人は近づいていき、一足で相手へ剣が当てられる距離へ。
その直後、アマビプレバシオンとトレヴォーソの体を動かす『大剣豪』が同時に攻撃を放った。
アマビプレバシオンは右手を振り回すように動かしての横薙ぎ。『大剣豪』は対戦相手まで最短を進む突き。
剣が描く軌道の距離の差で、『大剣豪』の攻撃が先に届く。
そのことはアマビプレバシオンも分かっていたようで、上体を大きく傾かせることで突きを回避する。
攻撃を回避したことで、アマビプレバシオンの体勢に変化が起きた。それは攻撃途中だった、右手の横薙ぎにも影響を与えた。
一直線に横に振っている途中の攻撃の軌道が、体を傾けたことで『大剣豪』に当たるものではなくなった。
攻撃失敗――に思えたが、ここで既にアマビプレバシオンは次の行動に入っていた。
その場でくるりと体を左回転させる。その回転に伴い、アマビプレバシオンの左手の位置が、左側、背後、右側へと移動していく。
そうして移動していった勢いを乗せて、アマビプレバシオンの左手による新たな斬撃が、『大剣豪』へと放たれた。
見事に攻撃失敗を挽回した動きではあるが、相手である『大剣豪』も一筋縄ではいかない強者だ。
『大剣豪』は放っていた突きを引き戻し終えていて、その剣でアマビプレバシオンの新たな攻撃を防いでみせた。
「「おおー」」
初っ端の攻防一つにしては濃密な行動のやり取りに、観客から歓声が漏れた。
その歓声が本当の戦いの始まりを告げる鐘の音だったかのように、アマビプレバシオンと『大剣豪』の動きが共に激しくなり始めた。
アマビプレバシオンは双剣を振りながら踊るような身のこなしで回避行動を取り、『大剣豪』は力を込めた一撃と完璧な防御で対応している。
二人の実力は伯仲しているように、ハッチェマヒオには見えた。
「これは戦いが長引きそうだな」
ハッチェマヒオは、そう言葉を口にしながら、愛を向けている女性か学園で共に学んだ友人のどちらを真に応援するかを迷った。