170.卒業式
この日、バジゴフィルメンテとその同期生たちが卒業する。
卒業生を集めた式が粛々と進み、学園長の言葉が始まる。
「この喜ばしい日に、最終学期生が全員卒業できることを、私は嬉しく感じています」
そうした言葉から始まった学園長の演説。
前期の生徒の中には卒業できる成績に満たなかった者もいたと語った後で、ある人物について言及し始めた。
「同期生全員が卒業することができる。これは、新しく天職との係わり方を発見したバジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタンと、彼の提言を真っ先に信じて実行したアマビプレバシオン・べレザ・ベンディシオンとマーマリナ・プルプラ・コリノアレグル――この三名の力によるものであると、学園長の立場から賛辞を送らせていただきます」
学園長がその三人へ一礼した。すると、卒業生だけでなく在校生から、わっと拍手があがった。
その後も折に触れ、バジゴフィルメンテたちを褒めるようなことを、学園長は口にしていく。
ハッチェマヒオは、そうした卒業式の模様を見ながら、不満から鼻息を吹いた。
「ふんっ。バジゴフィルメンテの活躍があって、前の学園長は罷免されたと聞く。つまり、あの学園長が学園長になれたのは、バジゴフィルメンテのお陰といえる。卒業式の中でおべっかを使って、参列者たちにバジゴフィルメンテにとって良い印象を振りまくことで、その恩に報いろうとしているんだろうさ」
ハッチェマヒオは、斜に構えた考え方をしている自覚はあったが、この予想は当たっているという自負もあった。
そうして不満感を募らせているハッチェマヒオとは裏腹に、卒業式の順調に進行していく。
やがて、学園を卒業する証である短剣が配られる段階へ。
学園長が卒業生の名前を呼ぶ。呼ばれた生徒は壇上へと上がり、学園長から短剣を受け取ると壇下へ。
そうして渡される短剣は、実は実戦で使えるような立派なものではない。
人の指一本分の長さと幅しか剣身がなく、鞘や柄などの拵えも簡素という、大量生産品といえる見た目をしている。
その短剣が渡される順番は、卒業生の成績順。それも悪い方から先に呼ばれる方式だ。
この授与式が始まってから、在校生たちが卒業生に注目する度合いが高まる。
それはなぜかというと、この授与式で呼ばれた順番は、そのまま卒業生追い出し大会で卒業生が登場する順番になるから。
この順番さえ分かれば、追い出し大会に出場を打診されている在校生は、自分の今期の成績を鑑みれば、おおよその対戦相手を予想することができる。
戦う相手が誰かを知るためにも、否応なく注目してしまうというわけだ。
もっとも、ハッチェマヒオには関係ない。
あらかじめバジゴフィルメンテと戦うことは決まっているので、卒業生の成績を気にする意味がない。
「僕様と同じように、前期までのバジゴフィルメンテも、あらかじめ教師に誰と戦うかを教えられていたんだろう」
前期でバジゴフィルメンテは、卒業生ではなく『大剣豪』と特別仕合を組まされていた。そのまえは、どうやら卒業生三人と戦ったという。
対戦相手を混乱させないために、事前に通達してあったと考える方が自然だと、ハッチェマヒオは考えた。
そうした考察をしている間に、次々に卒業生に短剣が配られていく。
対戦相手の予想がついたらしき在校生たちが、小さな声と動きで喜んだり悲しんだりしている。
追い出し大会に出るような成績優秀者は、いまでは殆どがバジゴフィルメンテ式の教育を学んでいる。それも運動場で一同に会して教えを受けてきた。
つまり在校生は、卒業生たちと顔見知りで、そして卒業生の戦い方を熟知している関係だ。
戦う相手がわかれば、勝てそうか否かは直ぐにわかってしまうのだろう。
在校生が悲喜こもごもといった有り様になっている中、卒業式は粛々と進んでいく。
成績優秀者が短剣を渡される段階になる。
壇上へ、マーマリナが上がった。
すると学園長は、今まで短剣を渡す際には生徒に言葉をかけなかったのに、マーマリナには喋りかけた。
「よく頑張りました。卒業後は、ご実家の領地開拓を助けるとのこと。励んでくださいね」
「ありがとうございますわ!」
マーマリナは満面の笑顔で短剣を受け取り、貴族の淑女らしい一礼を送ってから、壇から下りていった。
次はアマビプレバシオンが呼ばれた。
学園長は壇上に来たアマビプレバシオンへ短剣を渡しながら言葉をかける。相手が王女ということもあり、その口調は丁寧だ。
「卒業後はどうなさるのですか?」
「バジゴフィルメンテ様次第ですね」
「そうなのですか。益々のご活躍をお祈りいたします」
短剣を受け取ってアマビプレバシオンが下がり、いよいよ最後の一人の名前が呼ばれる。
「バジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタン」
学園長に名を呼ばれて、バジゴフィルメンテが壇上へと歩いていく。
その歩く身動きは、体の各部の連携があまりにも滑らかすぎて、まるで自然に床を滑っているかのよう。
この歩き方一つで、ハッチェマヒオはバジゴフィルメンテが前よりも腕前を上げていることを直感した。
最後の一人――つまり最優秀卒業生であるバジゴフィルメンテには、他の者とは違う短剣が配られる。
大きさに違いはないが、鞘や柄に綺麗な装飾が入った立派な拵えになっている。
その短剣をバジゴフィルメンテは学園長から受け取る。
そうして学園長は短剣を渡し終えてから、苦笑いに近い表情になりながら声をかけた。
「バジゴフィルメンテ。貴方は我が道を行きなさい。それが貴方のためであり、人の世のためになるでしょうから」
「学園長のお言葉、胸にしっかりと」
バジゴフィルメンテは貴族子息らしい一礼を学園長に送ると、壇上でくるりと回れ右する。そして卒業生と在校生に見えるように、成績優秀者に送られた装飾入りの短剣を掲げた。
卒業生と在校生が共に、バジゴフィルメンテへ拍手を送る。
しかしハッチェマヒオは、その拍手に参加せず、じっとバジゴフィルメンテを見据える。
この後すぐに、卒業生追い出し大会が始まる。
ハッチェマヒオの意識はすでに、バジゴフィルメンテとどう戦うかに集中していた。