169.出戻り
それに待ったをかけるように、教師の言葉が続いた。
「バジゴフィルメンテとの模擬戦では、特例を行うことが許されている」
「特例、とは?」
「従来、模擬戦は一対一が基本だ。だがバジゴフィルメンテと戦う場合は、複数人で挑んでも良いことになっている」
教師は、この特例は使われていると、ハッチェマヒオに語った。
「それで今回、君はどうする? 特例を使って、複数人で挑むことにするか?」
その教師の物言いは、まるでハッチェマヒオはバジゴフィルメンテには勝てないと表明しているかのよう。
ハッチェマヒオは腹を立て、言い返す。
「僕様一人で相手をする。他の奴の手など借りない!」
教師は、ハッチェマヒオがそう言うことは予想済みだったようで、落ち着けと身振りを返してきた。
「知っているんだぞ。君は前学期で、バジゴフィルメンテと戦って負けたそうじゃないか。それも何回も。卒業式には、王族や貴族など色々な人がやってくる。そうした人たちに、恥ずかしい姿を見られたくはないだろう?」
「多数で一人に挑めば、そうはならないとでも?」
「観客は、多数を打ち負かしたバジゴフィルメンテを称賛する。数の劣勢を撥ね退けた強者だとね。逆に一対一で負けた場合だと、個人の勝敗が色濃く観客に認識されてしまう。『大剣豪』だって、バジゴフィルメンテに一対一で負けてしまったことで、以前とは打って変わって期待されないようになった」
そして『大剣豪』が負けたことを切っ掛けに、天職に体を預ける従来法は一気に廃れ、自力で天職の力を引き出すバジゴフィルメンテ式が隆盛した。
「もう一度、改めて聞く。本当に一対一で戦うので、いいんだな?」
教師に念押しされても、ハッチェマヒオの決意は変わらなかった。
「僕様は一人で、バジゴフィルメンテと戦う。そのために、この半年無茶をしてきたんだ。やらないはずがない」
確固たる決意を込めての宣言に、教師は説得を諦めた様子になる。
「分かった。一対一でだな。その方向で周知することにする」
教師は、もう退室していいと、ハッチェマヒオに身振りした。
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテと一対一で戦えることが決定し、意気揚々と職員室から出ていった。
このやり取りが、誰かが盗み聞きしていたようで、次の日には広く学園内で噂されるようになった。
「聞いたかよ。一対一でバジゴフィルメンテ先輩に挑むってよ」
「常勝無敗のバジゴフィルメンテ先輩に勝てると思ってんのかね」
「でも対戦相手は、バジゴフィルメンテ先輩の実の弟である、あのハッチェマヒオでしょ」
「ああ。悔しいことに、この半年の間、俺たちはハッチェマヒオに模擬戦で負け続けた。奴の実録は認めざるを得ない」
「でも、バジゴフィルメンテ先輩に勝てるほどの実力者かというと、なあ?」
こんな会話が、学園中のそこらかしこで聞こえるようになった。
ハッチェマヒオは、その会話の存在を知って、あえて無視することにした。
今学期で色々と無茶な真似をしたのは、追い出し大会でバジゴフィルメンテと戦うためだ。
その対戦相手だと決まった今、ハッチェマヒオが新たに騒動を起こす理由がない。
(好きに言わせておけばいい。僕様が少しでも実力を伸ばす方が先決だ)
ハッチェマヒオは、卒業式が始まるまでの短い期間を全て、実力向上に使うことにした。
その際の対戦相手は、『大剣豪』に身を任せるトレヴォーソ。
バジゴフィルメンテに『大剣豪』は一歩実力が劣るとはいえ、これ以上の相手をハッチェマヒオが用意することはできないから仕方がない。
そうしてハッチェマヒオが特訓している間に、半年の課外授業を終えた最終学期の生徒たちが学園に戻ってきた。
それぞれが方々に散らばって活動していたようで、学園に戻ってくるのも三々五々といった感じだ。
そんな生徒たちの見た目は、見事なまでに両極端だった。
片一方は、実家に半年帰省してきたといった、戦いとは無縁な緩み切った雰囲気を醸し出している生徒たち。その装備品には傷がなくて新品同然だ。
もう片方は、冒険者のように魔境で魔物と戦って暮らしてきたと分かる、殺伐とした雰囲気を身にまとった生徒たち。彼ら彼女らの装備品は、使い込まれて汚れていたり、魔物由来の素材で新調したものだったりだ。
前者は従来法を修めた生徒が多く、後者はバジゴフィルメンテ式を修めた生徒が多い様子だった。
ハッチェマヒオは特訓の隙間時間に、それら生徒たちを観察し、判断を下した。
「半年遊んでいたような奴らは論外として。真面目に辺境に行った奴らも、あまり大した実力は付かなかったようだな」
ほぼ全ての卒業生に勝てる自信が、ハッチェマヒオにはあった。
『ほぼ』と限定したのは、勝てる自信が揺らぐ生徒がいるからだ。
「お二方。わたくしの実家の領地の発展に寄与してくださって、ありがとうございますわ。お陰で、領地開発が一気に進みましたわ!」
「お礼は、もう受け取っているよ。剣や鎧を作ってくれたり、強い魔物と戦わせてくれたりしたじゃないか」
「海産物も、神に祝福されて魔物が入って来ない湾のものとは違っていて、大変美味しかったですよ」
そんな会話をしながら学園に戻っててきたのは、マーマリナ、バジゴフィルメンテ、アマビプレバシオンの三人。
この三人は、真新しい装備に身を包み、綺麗に頭髪や体を磨かれて艶々としている。
それだけ見れば、実家で遊び惚けていたよう見えなくもない。
しかし三人が発している強者の雰囲気は、ほんの少し前まで鉄火場に身を置いていたと分かる強烈なもの。
それこそ、同じように辺境で半年過ごしていたはずの生徒たちですら、三人から距離を置こうとしている様子が見受けられるほど。
「さらに実力を伸ばしてきたか、バジゴフィルメンテ」
ハッチェマヒオは遠目にバジゴフィルメンテの姿を確認すると、大会までに更に実力を伸ばさなければならないと決意し、特訓に戻ることにした。