157.帰郷中
特筆すべきこともなく課外授業が終わり、次の学期までの休息期間に入った。
バジゴフィルメンテを始めとする来期で卒業する生徒たちは、この時期に辺境へと旅立って実地研修に入っている。
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテとアマビプレバシオンに模擬戦で負けて以降、腑抜けた日々を送っていた。だが、この時期に気持ちを入れ替えようと決めた。
「王都に居ては気分の変えようがないからな。故郷に戻ってみるとしよう」
そう思い立ったのならと、ハッチェマヒオは侍女に寮に残るようにと告げてから、すぐにプルマフロタン辺境伯領へと旅立つことにした。
急な出発なことと、休息期間が限られていることもあり、ハッチェマヒオは乗合馬車を利用することにした。
少なくした荷物と共に高速馬車に乗り、プルマフロタン辺境伯領方面の、神に祝福された土地の端まで進む。
そこからは通常の乗合馬車に乗り換え、ゆったりとした進み方で辺境の土地を進みながらプルマフロタン辺境伯領を目指した。
どうして辺境で高速馬車に乗らないのか。
理由は、そもそも高速馬車が辺境には存在しないからである。
どうして存在しないのかというと、馬車が高速移動できるほどに街道が整っていないこともあるが、最大の要因は魔物や盗賊が出るため。
特に盗賊は街道上に罠を仕掛けたりしてくるので、馬車が高速移動中に罠にかかると大事故を起こしかねない。
そのため、罠を見逃さないよう、ゆっくりとした運航になってしまうらしい。
ハッチェマヒオが気楽な一人旅の中で、そういったことを思い出したのは、街道を封鎖する盗賊が現れたからだった。
「止まれ! 金品と食料さえ渡せば、手荒なことはしねえ!」
ハッチェマヒオが馬車から顔を出して、勝手な要求をしている盗賊を見る。
盗賊の数は二十人ほど。剣や槍などの明確な武器を所持しているのは、五人。その他の者たちは、農具や単なる棒を所持している。防具に関しても、先の五人がそれなりの革鎧を着ているだけで、他は木の板を縄で体に括りつけているような有り様だ。
そんな連中の見た目から、ハッチェマヒオは大した相手じゃないと判断を下した。
(あの五人は、戦闘向きの天職を持つ冒険者くずれ。他は、戦闘職でもない者たちだな)
魔物を倒せる実力がある冒険者なら、辺境で生活に困らないだけの報酬を得ることができる。
つまり、あの冒険者崩れは辺境から逃げ帰ってきたような連中に違いないので、大して強くないはずだ。武器を構える姿を見ても、学園の新入生の方がマシといった程度だ。
この乗り合い馬車には、護衛役の冒険者が三人乗っている。
大した騒動もなく決着するだろうと、ハッチェマヒオは考えていた。
しかし当の護衛役の冒険者は、盗賊の数を見て怖気づいたのか、馬車の御者に焦り顔を向けていた。
「多勢に無勢だ。要求を飲んでしまった方が良い」
「そんな! なんのために、貴方たちに護衛を頼んだのかを考えてもらいたい!」
「こっちは三人。向こうは二十人以上。数の上で、圧倒的に不利なんだ。分かってくれ」
情けない冒険者たちの言い分に、ハッチェマヒオは心の中で大きく溜息を吐き出してしまう。
(はぁ~~。盗賊どもの要求を飲むことになったら、僕様のお小遣いも巻き上げられてしまう。それは余りに業腹だ)
ハッチェマヒオは手斧を腰から抜くと、御者台に向かって声を放った。
「おい! 僕様が蹴散らしてやる。文句はないな!」
「え、あの!?」
御者の返事を待たずに、ハッチェマヒオは乗り合い馬車から下りると、盗賊の方へと歩き始める。
そうして歩きながら、盗賊へと声を放った。
「おい、辺境から逃げた落伍者どもと、その手下たち! 僕様が相手をしてやろう! 死にたくなかったら、さっさと散ることだ!」
ハッチェマヒオの言葉に対して、盗賊たちからは笑い声がやってきた。
「はははっ! 坊主が一人で粋がってやがる!」
「おまえ一人で、何ができるってんだ! 大人しく、金と食料を置け。そうすりゃ、殺さないでやる!」
げらげらと笑う盗賊たちを見て、ハッチェマヒオには呆れの感情が湧いた。
「分かった。お前らは死にたいらしい、ということがな!」
ハッチェマヒオは即座に『斧術師』に自分の体を預けた。
直後、『斧術師』が体を動かし始め、ハッチェマヒオの右手が上がる。その右手から、風の魔法が放たれた。
大した防具のない方の盗賊のうち二人が、風の魔法によって体を斬り裂かれて大怪我を負った。
「ぐぎやああ!」「痛てえ、痛てえええよ!」
「あいつ、魔法使い系の天職持ちだ!」
「言うだけあるってことか!?」
剣や槍といった、ちゃんとした武器を持つ盗賊たちが、一斉にハッチェマヒオに近寄ってくる。
魔法を使うものが相手なら、接近戦を仕掛けた方が勝ちやすい。それに、一人を相手にするのなら、大勢で当たった方が勝つ目が高くなる。
それは確かに道理ではあるが、今の状況には当てはまらない。
ハッチェマヒオの天職は、遠距離主体で戦う『魔法使い』ではなく、魔法と斧を両方扱う『斧術師』だ。そして一対多の状況であろうと、完全に体を任せているのならば、『斧術師』は多対戦闘における最適最善の行動を取り続ける。そしてハッチェマヒオは、学園の同級生の中で一番の成績を持つ、強者でもある。
一方で盗賊は、魔境から逃げてきたような連中だ。数を頼りに襲って来ようと、大した脅威にはならない。
つまりどういう結果になるかといえば、ハッチェマヒオはあっさりと武器持ちの盗賊五人を殺害した。
ハッチェマヒオは体の支配権を自身に戻すと、手斧を奮って血糊を振り落してから、再度の警告を残りの盗賊へと放つ。
「頼りにしていた連中は、この有様だ。まだ僕様と戦う気が残っているか?」
そう問いかけると、残りの連中は覚悟を決めた顔になって粗末な武器を向けてきた。
覚悟を見せる盗賊に対し、ハッチェマヒオは『斧術師』に体を任せずに、自分自身の力量でもって火の魔法を手から放った。
五発、盗賊たちの足元に魔法が着弾し、盛大な炎が着弾点から吹きあがった。
その火の迫力にのまれたようで、盗賊たちはその場にへたり込み、粗末な武器を手放してしまっていた。
ハッチェマヒオが、弱々しい姿の盗賊を見て、殺す気が失せた。
「ふんっ。大した意気地もないのに、意地を張ろうとするな。お前らはどうせ戦闘職ではないのだろう。逃げてきた場所に帰り、生産活動に戻るのだな」
忠告するようにいうと、盗賊たちから非難の声がやってきた。
「元の場所で暮らせなくなったから、こうして出て来たんだぞ!」
「そうだ! お前ら冒険者が高い依頼料を取るようになったのが、事の発端なんだ!」
「畑を魔物から守ってくれるよう依頼したら、冬を越すだけの金が手元に残らねえんだ!」
一方的に事情を話す盗賊に対し、ハッチェマヒオは首を傾げる。
冒険者と冒険者組合は、人々から依頼料を貰って活動しているのは確かだ。
しかし依頼者となる人達が逃げ出すほどの暴利を要求するような真似をしては、冒険者も組合も立ち行かなくなる。
そのため、依頼者が「高いなあ」と愚痴を零す余裕があるぐらいまでに、依頼料の上限は決まっているはずだ。
少なくとも、ハッチェマヒオが次期プルマフロタン辺境伯となるべく受けた教育では、そうなっていた。
「おい。お前らが逃げてきたのは、どこの貴族家の領地だ。教えろ」
この街道上にある近隣の土地土地は、プルマフロタン辺境伯家とその寄子貴族たちの領地だ。
盗賊が語るような阿漕な真似をしている貴族がいるのならば、ハッチェマヒオは次期プルマフロタン辺境伯として是正に動かなければならない。
その意気込みによる質問に対して、盗賊たちが放った言葉は衝撃的だった。
「おれらが逃げてきたのは、プルマフロタン辺境伯領だ!」
「そうだ! あのハゲでケチなプルマフロタン辺境伯の所為だ!」
まさかと実の父親の所業なのかと、ハッチェマヒオは愕然とした。