148.いつかの勝利のために
ハッチェマヒオは、自分が発見した、天職の動きと自分の意思で動かす体を同調させる方法の習熟に努めた。
すぐに、この方法を用いれば、『大剣豪』と『斧術師』が互角に戦える段階まで持っていけた。
だがこの事実は、ハッチェマヒオに一つの真実を突き付けていた。
「動きをよく知る『大剣豪』だからこそ、僕様は『斧術師』の次の動きを予想することができているんだ。つまり、相手の動きを良く知ることこそが、この方法で勝つ一番の早道なのは間違いない」
もちろん、『斧術師』の行動の中には、どんな相手にも行うような普遍的な行動はある。
その行動に同調させれば、どんな天職が相手でも優位を取れることは、既に他の従来法を学ぶ生徒を相手に証明されている。
しかしハッチェマヒオが勝ちたい相手は、『大剣豪』にすら勝利してみせた、あのバジゴフィルメンテだ。
確実に勝利を得ようとするのなら、いま『大剣豪』と互角に戦えているぐらいには、バジゴフィルメンテの戦闘行動について把握する必要がある。
そう気づいたハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテの戦う様子を観察することにした。
しかし早々に、観察が出来ないことに気付く羽目になる。
「チッ。バジゴフィルメンテと本気で戦っているのは、アマビプレバシオン王女とマーマリナだけじゃないか」
バジゴフィルメンテは模擬戦を行う頻度自体は多いものの、それは生徒への指導という形のものが殆ど。
気楽に手軽く対戦相手をあしらっている姿は、本気とはほど遠い動きであることが、見ただけで分ってしまう。
例外は、アマビプレバシオンとマーマリナと模擬戦をするとき。
どうやら他の生徒への教材代わり――バジゴフィルメンテ式を修めれば、このぐらいの実力になると伝えるために、模擬戦を披露しているようだった。
しかし、そのアマビプレバシオンとマーマリナの模擬戦にしても、バジゴフィルメンテ式を学ぶ生徒たちの指導に忙しいようで、どちらかが一日一回バジゴフィルメンテと戦うか否かといった頻度だった。
これでは、バジゴフィルメンテの本気の動きを収集するという目的を、達成することは難しい。
そしてハッチェマヒオの学園生活で、バジゴフィルメンテに挑める機会は時間的に限られている。
「ええい、仕方ない。手をこまねいて時間を消費するぐらいなら」
ハッチェマヒオは、一時の敗北を受け入れる決意を固め、バジゴフィルメンテの元へと向かった。
しかし 覚悟をしたといっても、やはり負けるのは嫌なもの。
その嫌な気持ちが入ってしまい、ついついハッチェマヒオの言葉は荒くなってしまう。
「おい、バジゴフィルメンテ! 模擬戦を挑みに来てやったぞ!」
「僕に勝つ目途はたったのかな?」
以前に挑んだ際のことを覚えているのだろう。バジゴフィルメンテは不思議そうな顔だ。その態度は、自身の勝利に揺るぎがないと考えている様に見える。
ハッチェマヒオは腹を立て、ここで自分が新たに発見した方法を見せつけてやろうかという気になる。
(いや、落ち着くんだ。僕様の目的は、バジゴフィルメンテの行動を把握し、それを蓄積することだ。最終的に、僕様がバジゴフィルメンテに勝つことだけを考えろ)
ハッチェマヒオは、怒りの気持ちをぐっと抑えて、普段の自分がやりそうな言動を行うことにした。
「僕様こそが、次のプルマフロタン辺境伯だ。そのことを、バジゴフィルメンテに勝って証明してみせる」
「そんな地位に僕は興味がないから好きにしたらいいけど、挑まれた戦いに負けてやる気はないからね」
お互いに向き合い、そして模擬戦が始まった。
ハッチェマヒオは、今までそうしていた通りに、『斧術師』に体を任せて戦っていく。
前に戦ったのと変わらない様子を見たからか、バジゴフィルメンテの表情に苦笑いが浮かんでいる。
『勝ち目を見つけてないのに、自尊心を守るために挑んできたんだろうな』
そう言いたげな表情だ。
(そういう顔をしていられるのも、あと少しだけだぞ!)
ハッチェマヒオは心の中だけで悪態を吐きながら、目と意識はバジゴフィルメンテの動きの把握に努めていく。
『斧術師』が魔法攻撃をしたら、バジゴフィルメンテはどんあ行動を選択するのか。『斧術師』が攻撃したり防御し終わった後、バジゴフィルメンテはどんな反撃や追撃をしてくるのか。
そうした情報を一つ一つ把握していく。
こうした情報収集のためには、長期戦こそが望ましい。
だからハッチェマヒオは自身の負けが微かに見えた段階で、『斧術師』から体の支配権を戻し、自分の直前の地面に魔法を乱射することでバジゴフィルメンテを引かせ、模擬戦を仕切り直すことを繰り返す。
この時間稼ぎに、バジゴフィルメンテは気付いている様子はある。
しかしハッチェマヒオの真の狙いについてまでは、気付かれてはいない様子でもあった。
「模擬戦を引き延ばして僕が疲れるのを待つ気でいるなら、それは意味ないと忠告しておくよ」
バジゴフィルメンテの汗一つない涼しい顔を見れば、どれだけ戦っても尽きないほどに、体力が有り余っているのだろうと察することができる。
(なら、僕様の体力が尽きるまで、貴様の動きを見せてもらうだけだ)
仕切り直しと引き延ばし戦法でもって、ハッチェマヒオはバジゴフィルメンテの動きを収集していく。
そうしてしばらく戦ったところで、不意にバジゴフィルメンテが周囲に目線を向けた。その後で、ハッチェマヒオに対してすまなさそうな顔を向けてきた。
「指導の続きをしなきゃだから、これで決着にさせてもらうよ」
ここでバジゴフィルメンテの表情が、急に真剣なものに変わった。
ここからバジゴフィルメンテは、決着をつけるために、本気の打ち込みをしてくる。
そうハッチェマヒオは悟り、その本気の打ち込みこそを待ち望んでいたと、バジゴフィルメンテの動きを微細も漏らさないよう観察に入る。
次の瞬間、ハッチェマヒオの視界の中で、バジゴフィルメンテの姿が急に大きくなった。行動の予兆が全く見えない、特殊な移動法のようだ。
ハッチェマヒオの体を動かす『斧術師』でも、バジゴフィルメンテの行動の前兆を掴めなかったのだろう、完全に防御行動の出だしが遅れている。
その行動の遅れが致命的となり、バジゴフィルメンテの剣がハッチェマヒオの首に叩きこまれた。
この打撃の寸前で、バジゴフィルメンテは天職の力を解いていたのだろう。ハッチェマヒオは首を叩かれはしたが、『斧術師』が体を動かしている最中で天職の力が体を守ってくれたこともあり、怪我一つ負うことはなかった。
怪我を負わなかったとしても、首へ一撃を食らってしまえば、それは模擬戦の負けを意味している。
ハッチェマヒオは、『斧術師』から体の支配権を戻すと、普段の自分ならこうするという感じに、悔しがってみせる。
「くそ、くそ! また負けか! 次こそは、絶対に勝ってやるからな!」
ハッチェマヒオは捨て台詞を残し、走ってその場から去ることにした。
その背中に、バジゴフィルメンテ式を学ぶ生徒たちから嘲笑の声がやってくる。
しかしハッチェマヒオは、その声は気にならなかった。
バジゴフィルメンテの戦闘行動の蓄積はできた。特に最後の本気の一撃を見れたことは大きな収穫だ。
それらの戦闘行動に対して、『斧術師』ならどう行動を返すかの情報も蓄積できている。
こうした情報の蓄積の向こうに、勝利という栄冠があると思えば、一時の敗北や嘲笑など気にする必要のないものだ。
「だが、まだまだ情報の蓄積は必要だ。完璧な勝ち筋が見えるまで、何度だって負けてやるぞ」
ハッチェマヒオは、明日からバジゴフィルメンテに負け続ける毎日を送る覚悟を固めた。